Akarisong『輝く鈍色に…ある専業主婦の歌』(33)
アカねぇの入れ替え騒動が、なんだかとんでもない方向に向かい始めてきた。
今回入れ替わったアカネさんを、スタッフにスカウトするはまあ、いいとして。
アカネさんのご主人で、私の上司・課長の浮気心の歌を作るという。
その上で、お嬢さんのエイミちゃんや、部下である私の立場からも歌を作りたいって…商魂逞しいというか、KYというか…いくらなんでもやり過ぎ!
そう反論する私と、あまりの展開に口をぱくぱくする課長と違い、娘のエイミちゃんは目をキラキラさせている。
そりゃ、そうよね。
ふつうの女の子が間接的にでも、カリスマシンガーの歌のモデルになれるってんだから、ときめくわよね。
とりあえず、私が今言うべきいちばん大事なことを言う。
「アカねぇ、私は嫌だけど課長に浮気の話を聞きたいんだったら、さすがにアカネさんの姿のまんまじゃ、話せないんじゃない?」
アカねぇが、目を丸くして言った。
「そうね、さすがエミカ、冷静〜!じゃ、アカネさん。そろそろ元に戻ってもいいかしら?」
アカネさんが、ハッとした顔をする。
「元に戻るのはいいけれど、そうすると今のこの状況に私は戸惑うってことですよね?」
今までのパターンでは元に戻るということは、入れ替わっていた期間の記憶が消えてしまうということだ。
そうすると、今この現状をアカネさん1人だけ訳がわからないという可能性がある。
「ママ、あたしが全部説明するから!」
エイミちゃんがすかさず言った。
課長は相変わらず所在なく、オドオドしている。
ようやく口を開いたと思ったら、私に便乗した懇願。
「アカリさん、お願いだ。早く戻ってくれ」
この状況下で見ていると、実は使えない男なんではないかと感じてしまう。
まあ、ビッグマウスで虚勢張っている割に、アシスタントの女性が休暇で不在だとグダグダになる男性が多い中、課長は割とコツコツやっているふうに見えていたけど、よくよく考えてみれば、この人は常に大勢の彼女がいて、アシスタントが休んでも、他からさりげなくサポートされていたのだから、そりゃ『デキる男』であろう。
「仕事の潤滑油的な浮気だったのかしら?」
嘆息混じりにポロッと出た一言に、アカリ姿のアカネさんがこちらを見て微笑んだ。
アカネねぇの顔なのに、明らかに違う微笑み方だった。
「エミカさん、元に戻った後もあなたとは仲良くなりたいわ。今後ともよろしくお願いしますね」
私をスパイにしたい欲望が出ているような声なら反論もできるが、まるで小さな子どもを諭すような柔らかく優しい声だった。
断ることのできない圧に、思わず頷く。
「エミカ、そろそろ元に戻るわ。アカネさん、いいですか?」
アカねぇがアカネさんを呼ぶ。
「うちら、見ててもいいんですか?」
エイミちゃんが不安そうに聞く。
「大丈夫よ、一瞬だから。マツモト、戻ってからのケアよろしく」
アカねぇも穏やかな口調で答えた。
「了解。アカネさん、万が一記憶が飛んでいたら、全て説明するから大丈夫よ」
マツモトさんも笑顔で応じるが、戻ったらこのマツモトさんの言葉すら覚えていないんじゃ?
今はそこをツッコむのはやめておこう。
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