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『コメント。~あるnoterの生き様Ⅳ』

著者註:
今回の作品には、一部ネチケットに関わる部分において不快に感じる表現が使用されているため、そういった表現が苦手な方は読まれないことをお勧めします。


~1月3日~

今日なんとなくnoteアプリを開いてなんとなくタイムラインを眺めていたら、こんなnoteを見かけた。

驚いた。何が驚いた、って、その内容だ。

確かにこのnoteでいろんなものが販売されているのは知っている。コラムやエッセイやイラストや音楽と言ったデジタルデータだけじゃなく、絵やアクセサリーやライブのチケットと言ったリアルに直結したもの、クラウドファンディングのような企画ものまで、さまざまなものが販売されているのを僕もたくさん見てきた。

しかし、これは想像すらできなかった。

なるほど、こういうのが発想の転換なのか。大卒と言っても三流大学しか出てこなかった僕にはとうてい思いつかないことじゃないか――と、驚いたのだ。

すげえな、noteって。

~1月5日~

まる二日考えた。
どうせ帰省してもやることが無かったから、考える時間だけはたっぷりあった。

そして、僕は決めた。
まだ誰もやったことがないなら、僕がやろうと。

~1月7日~

『コメント売ります』

このnoteを購入してくださった方のnoteについて、購入者の方のご要望に合わせたコメントを、購入者の方のご要望に合わせたタイミングで書き込みに行きます。
期間は一週間。
コースは以下のようになっています。

1.べたぼめコース

 ひたすらべたぼめします。フォロワー数四〇〇〇前後ある僕のTwitterアカウントでシェアもします。
2.フツウコース
 ひたすら普通のコメントをします。コミュニケーションを求めている方におススメ。
3.ぼろくそコース
 アップされたnoteをぼろくそにたたきます。たたかれるのに快感を覚える方や炎上商法狙いの方におススメ。

その他、細かな打ち合わせは、購入後こちらから問い合わせメール経由で送信するメールアドレスにてやり取りをさせていただきます。
購入された方は、このnoteにスキやコメントさえされなければ、全てが内密のうちに行われることとなりますのでご安心ください。

では、ご依頼お待ちしております!

~1月12日~

くそ。なんだよ。
なんであんなnoteひとつで、こんな目に合わなきゃいけないんだよ。

五日前にアップした『コメント売ります』ってnoteがあるんだけど、そのnoteの内容が気に入らないのか、フォロワー数が毎日どっかどっか減っていくわなんかよくわからない説教メール来るわTwitterは荒らされるわ――いやもうね、予想通り過ぎて笑うしかない状態なんですよ(笑)

確かにさ、倫理観とかそういったものには反するかもしれないよ。僕はコミュ障だからコメントとかあんまりしないから良く解らないけど、コメントって本当は『したくてするもの』であって『誰かに依頼されて書くものじゃない』んだろうからね。

でも、そうは言ってもさ。けっこういそうじゃん?せっかくいろいろがんばって考えてアップしたnoteなのにさ、コメントとか何のリアクションもなくてガッカリしてる人ってさ。
そんな人って、結局『最初の一人』が大事なんだと思うわけよ。

もちろんそれは『最初に書き込みをしてくれる人』でもあるけど、それ以上に『最初に反応してくれた人』でもあって、何人かの人を見てると、その最初の人のリアクションによってその後のnoteの方向性が決まってる、って思えるくらい大事なんだと思うわけ。

でも、noteでそういう人と簡単に出会える人って、もちろん自分から別の人のとこに書き込みができる人とかなら簡単に出会えそうだけど、そうじゃない――例えば僕のようなコミュ障の人とか、そうそう簡単に知らない人のとこに『営業』なんてできないから、やっぱり『最初の一人』に出会うのって大変だったわけよ。
そんな人なら、この『コメント売ります』は役に立つと思うよ?

まあ要するに『サクラ』なわけだけども、それでももしかしたら僕のコメントが何かの役に立つかもしれないし。

要するに使い方の問題なだけじゃないか。

それをまあ――

まあ、いいけどさ。ここまで来たら乗り掛かった舟だし、フォロワー数がゼロになるまでやってやろうじゃないの。

ふん、だ。

~1月14日~

メールが来た。note運営からだった。

最初まさか規約違反とかで注意か何かされるのかと思ってビビったんだけど、メールを開いてみたら違ってて。それがさ、なんと、購入されましたメールだったんだ。

いやあ、うれしかったよ。正直。

だって僕、これまで有料配信なんてしたことなかったから、こんなメールが来るとか知らなくてさ。

だからついついスクショとか撮っちゃったよ、ほら。


カスミさん、っていうんだ。イラストメインの人なんだな。
とりあえずアイコンに使われてたイラストはいわゆるヘタウマ系じゃなくて、むしろすごく丁寧に描き込まれてる感じ。たぶんイラストを描くのに集中しすぎて、他の人のとことかあんまり見てないタイプなんじゃないかな。

とりあえず明日の朝は早いから、お邪魔するのは明日の夜にして、とりあえずお礼とメールアドレス送っておかないと。

――って、どうやって送ればいいんだ、これ?

~1月15日~

仕事も無事に終わった帰宅途中に、僕のスマホがメールの着信を知らせてきた。てっきり仕事関係のメールかとげんなりしつつ開いてみると、見知らぬアドレスからのメールで。そのタイトルが『カスミです』だったから思わずスマホを取り落としそうになる。

――いや、メルアド送ったんだからそりゃ返ってくるだろうけども。

仕事以外でメールのやり取りなんてほとんどしたことないし、noteでもメールとかやり取りする仲の人とかいなかったから、正直慌てるしかなかったんだ。

『メールありがとうございました。申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いいたします』

そう簡潔に書かれたメールの文面を二回読み直して、彼女(だと思うんだけど)が冷やかしじゃなく本気で依頼してきたんだ、ってことだけはハッキリした。――まあ、そうじゃなければ、2千円もnoteに払おう、なんて思わないか。

とりあえず僕は慌てて帰宅して、彼女のメールに返事を書くことにした。
改めての購入のお礼と今回の依頼に関する注意事項(期限付きだとかコースのこととか)を改めて書き終えると、僕は最後に『どのコースを希望されますか?』と書き加えてから、ちょっとドキドキしつつ送信ボタンを押した。

~1月20日~

メールの返事が来た。まったく予想外の返事が。

『3.のぼろくそコースでお願いします』

とだけ書かれた返事が来て、僕は思わずスマホを二度見しましたよ。

だってフツウ、ぼろくそなコメントなんて欲しいと思わないじゃないですか。しかも絵師でもない僕に。

だから慌てて再確認のメールを送ったんですが、その返事もやっぱり同じで。それどころか『内容についてはお任せします』とか追記されてしまいましたよ。丸投げかよと。

まあ、しかたない。お客様のご要望には応えないとだしね。

何とか考えてみますか。

~1月21日~

(カスミへの結果報告メールより)

契約一日目。
本日午前8時にアップされた依頼者のnoteについてコメントを記入しました。
事前に作っておいた自称批評家の架空アカウント『MOD』による、挨拶からの『批評』コメントの体裁で書き込みましたが、絵師さんから見たら『単なる揚げ足取り』のように見える内容であったことから、他のユーザーによるフォローの書き込みによって、これまでの依頼者のnoteの平均コメント数が1だったのに対し、本日のコメント数が12まで増加する結果となりました。
書き込みの内容など問題がありましたら対応いたしますので、取り急ぎお知らせください。

~1月22日~

(カスミへの結果報告メールより)

契約二日目。
本日も先日同様、アップされたnoteにコメントを記入しました。
本日のイラスト、実は個人的にはとても素晴らしかったと思っているのですが、ご依頼に背くわけにはいきませんので、先日と同様、『揚げ足取りっぽい批評』のコメントをさせてもらいました。
さすがに二日目ともなるとフォロワーさんも妙だと感じ始めたようで、コメント数も先日ほどには多くありませんでしたが、先日と同じフォロワーさんによる書き込みが六件あり、彼らが今後常連として書き込みを継続していく可能性は非常に高いものと推測されます。

なお、ご質問のありました件についてですが、『MOD』以外のユーザーのコメントがとても好意的なのは、note独特の『自浄作用』によるものと思われます。

~1月23日~

(カスミへの結果報告メールより)

契約三日目。
本日も先日同様に、アップされたイラストにコメントを記入しました。
本日は趣向を変えて、『本当はこんな批評なんてしたくないんですが、あなたのためにやってあげてるんです』的な書き込みを行った結果、『MOD』への批判コメントも含めて、コメント数が22まで増加しました。
他にもフォロワーさんのnoteだけではなく、Twitterなどの外部SNSでも該当noteがシェアされるようになっていますが、それらすべてがイラストに対して良い評価をしているものばかりで、『MOD』に追従するような批判的なものは見受けられませんでした。

――よし。
僕は結果報告メールの送信ボタンを押しながら、一人スマホの前でほくそえんでいた。

もともとこの『コメント売ります』は買った人のnoteがコメントで活性化することが目的で、現時点までnote独自の自浄作用のようなものによってその目的は達成されているように思えたからだ。

イラストへの批評なんてしたことがないどころかイラストのイの字も理解してなかった僕が、果たしてそんなにうまく『批判』できるのかどうか自信はなかったから、某巨大掲示板の書き込みを参考にしてだましだまし書き込んではいるんだけど、幸か不幸か今のところはボロが出ていないらしく、僕の書いている内容へのツッコミは一つもない。

むしろ彼女のフォロワーさんの中には、本当にMODが批評家だと思って、問い合わせメール経由で批評をやめるよう助言してくる人も出てきてるしまつ。さすがにここまで身バレしないなんて、もう笑うしかないじゃないか。

――そう。
カスミさんからメールが届いたのはそんな時だった。

スマホ片手に馬鹿笑いしながら通り一辺倒の感謝の言葉が並んでるメールを想像して開いてみた僕は、その内容に三度驚かされることとなった。

そこには驚くべき要望が書かれていた。

どう考えてもありえない、そんな要望が。


~1月26日~

(カスミへの結果報告メールより)

契約六日目。
先ほど運営さんによる『MOD』アカウントの強制停止措置がなされました。
これによって現時点で新しいnoteのアップと他のユーザーのnoteへのコメントの書き込みができなくなり、これ以上の『MOD』による荒らし行為は不可能となりましたが、すでに現時点でアップされていた全noteへの一〇〇以上の荒らしコメントの投入が完了しており、また三日目の時点で常連予備軍になっていたフォロワーさんたちのコメントも収まったことから、ご要望は達成されたものと考えられますので、この時点をもってご依頼は完了させていただければと思います。

本当にこのような結末でよろしかったのでしょうか?
『MOD』による荒らし行為は、いわゆるテンプレそのままの『明らかな荒らし行為』であるように見せかけましたので、カスミさんに何らかの問題があるようには見えません。
しかし、今回の荒らし行為によって、カスミさん、あなたのnoteそのもののイメージが大きく崩れ去ったのも事実だと思います。

本来なら僕は、請けた依頼について疑問を挟んではいけない立場だと思いますが、私が今回の依頼を受け付ける際に今回のような結末はまったく想定していなかったので、最後に伺ってみたかったのです。

もしよろしければ、教えてください。

~1月29日~

あれから数日が経過した。
カスミさんのnoteに執拗な荒らし行為をしていた『MOD』は、アカウントの強制停止措置を受けた翌日に僕の手によってnoteから姿を消した。

もともと架空の存在であった彼が姿を消したところで僕にとっては痛くもかゆくもなかったが、最後の三日間のクソコメの大量書き込みで悪いクセがついてしまい、今日にいたるまで自分のnoteを更新することができないでいた。

しかし、僕はまだマシだっただろう。

カスミさんに比べたら、ずっと。

昨日、カスミさんはそれまでアップしていたnote全てを削除し、代わりに一つだけ、トークノートをアップした。それは淡々とした、本当に簡単な別れの挨拶だけを書いた、トークノートだった。

『諸事情によりnoteでの活動を終了いたします。これまでありがとうございました』

たったそれだけが書かれていたそのトークノートに、その日のうちに40以上のコメントが書き込まれた。
荒らし行為をしていたMODに対する批判も含めて、そのどれもがカスミさんに好意的で、同情的で、優しかった。

しかし、そのコメント達に、カスミさんからのレスポンスが返ることはなかった。

彼女は、本気でnoteから去ったのだ。
静かに、余韻を残すことなく、noteから。

~1月31日~

僕がようやく自分のnoteをアップできるようになったころ、カスミさんからメールが届いた。まさか返事が返ってくるとは思ってなかった僕は、慌てて喫煙室に飛び込み、メールをゆっくりと読み始める。

そこには、カスミさんが僕に依頼をした『理由』が書かれていた。

そう。
僕にはとうてい想像もできない『理由』が。

(カスミからのメールより)

お久しぶりです。忘れられてるかもしれませんね。以前あなたにコメントの依頼をしたカスミです。
返事が遅くなってすみませんでした。

今回の件について、多大なご迷惑をおかけしたこと、本当にすみませんでした。たとえ私がnoteを購入した依頼者だったとはいっても、荒らし行為って相当なパワーと精神力を使う作業なんだと聞いてますから、果たしてあの金額が妥当だったのか、もう少しサポートなどで上乗せした方が良かったんじゃないのか、と、今でもちょっと後悔しています。
そんなにお支払いできるほどの余裕は無いのですが、金額と口座番号を教えてもらえれば振り込みますので、必要であれば仰ってください。

とはいえ、たぶんあなたのことですから、お金よりも質問の答えの方を希望されそうですよね。

本当なら誰にも言わずに、自分の胸にしまっておくつもりでいましたが、あそこまでご協力いただけたあなたにならすべてお話しする……えっと、義務があるような気がします。

多少長くなりますが、良ければ読んでやってください。
          ※

私のイラストは、私ではありません。
絵は描いた人そのものだ、なんて言う人もいますけど、少なくとも私にとってはイラストは私自身の投影ではありません。

私のイラストには私はまったく存在しません。
私は私自身が大嫌いだから、私が描きたいものに私自身が入ることなんて絶対にないのです。

つまり、私は私以外の『世界』をイラストにしているんです。
『私がいない世界』を、イラストにしてるんです。

そんな私がnoteに登録したのは、そんな私が描いた『私のいない世界』をネット上に公開することで、『私のいない世界』と『現実の世界』をリンクさせたかったでした。

私が自分の中で完結させていた『私のいない世界』が、ネットという媒体を通して『現実の世界』とつながっていく――それはまさに私にとっては『私のいない世界』が現実になるのと同じことでした。

自分が夢想していた世界が現実になる。
これほどの幸福が他にあるでしょうか?

しかし、そんな幸福も長くは続きませんでした。noteに登録している他のユーザーさんが、私のnoteをフォローし、スキをつけ始めたのです。

普通の人ならきっと、そうやってフォローしてもらえればうれしいでしょうね。あそこはSNSとしても機能していたようですから、それを目的にしてる人とかも当然いたでしょうし。

でも、私はうれしくはありませんでした。
いや、むしろ恐怖すら感じたのです。

ここでも私は人と関わらなくちゃいけないのか、と。
ここでも私は『私』として存在しなくてはいけないのか、と。
ここでも私は、私のいない世界を許してもらえないのか、と。

そんな時でした。タイムライン上にあなたのあのnoteを見たのは。

あなたのnoteを見たとき、私は救世主が現れたかのような気持ちになりました。ああこれですべてが良くなる、って。

そうです。私は自分のnoteに負の感情を注ぎ込んでもらうことで、フォローやスキと言った『私の存在を認めさせる』ような感情をかき消したかったのです。
そうすることで私はあのnoteという場所で幸福でい続けることができるのだ――と、そう思っていたのです。

しかし、実際は違いました。あなたの言う『自浄作用』によって、逆に、私の存在を認めるようなコメントがたくさんつくようになってしまったのです。

あの契約三日目のnoteを見たとき、そしてあなたの報告メールを読んだときの、私の絶望をあなたは想像できますでしょうか。
もうこれで、二度と私は、このnoteで幸福を取り戻すことができなくなったのだ、という絶望を。

なので、私は全てを壊したい、と願ったのです。
あなたに慣れない荒らし行為までさせて。

あれから数日が経った今、私は別の場所で再び幸福を取り戻しました。

誰も私に触れてこない。
誰も私の存在を知らない。

『私のいない世界』という『現実』を。

申し訳ありませんが、このメールを最後に、このアドレスも消去したいと考えてます。もっとも、先ほどの振り込みの件のこともありますので、念のため明日までは解約はしないでおこうと思っていますけど、それ以降はこのアドレスに送信しても私に届くことはないです。

これで、私は全てから解放されるのです。
この世界のすべてから。

本当にありがとうございました。今後二度とお会いすることは無いと思いますが、私はこれからもずっと、あなたのことを忘れず生きていきます。

私のいない世界で。

春見 信吾

~2月22日~

そして。
あれからまた月日が経ち。
そして僕は今日も、飽きもせずnoteを続けている。

『コメント売ります』はまだ削除せずに残していて、だからあの時に離れていった人たちは未だに僕を敬遠しているのだけど、代わりに違う誰かが僕をフォローし、その後に続いているnoteにもスキやコメントを残してくれるようになっていて、実は違う依頼もボチボチとあったりする。

そう。
noteは必ず誰かが繋がってくれる、場所なんだ。
――自分がそう望むか望まないかなど、お構いなしに。

でも。
僕はだからこそ、このnoteを続けている。

『僕がいる世界』である、このnoteを。

(了)

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