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#もにょろぐ 誰も無視しない、舞台の上で。

高校二年生の時、現代文の授業で当てられて、音読をした。
当時教室に通うのがとにかく辛くて、数学の授業をさぼりがちになっていて、でも好きな生物と現代文、古文、体育、音楽……くらいにしかまともに出席できていなかった。
教室の中は、香水と化粧品と制汗スプレーのニオイでいっぱいだった。思春期のみんな楽しそうでいながらどこかピリピリした空気と、さらにたくさんのニオイに酔うようになった。わたしを笑う人はいたけど、クラスで話をすることが出来る人はいなくて。ときどき声をかけてくれる人の笑顔すら、嘲笑なのか微笑みなのかもわからなかった。
振り返ると酔いに対する恐怖と、不安から、軽いパニックを起こしていたように思う。
そんなギリギリの気持ちで出席していた現代文で、先生は言った。
「あなたとっても上手ね! すばらしい!」
高校生になってから先生に褒められたのはこれが初めてだったかもしれない。教室の中は静かだった。いつもコソコソ話声が聞こえていたのに、みんな黙って聞いていた。
それから授業が終わると先生はわたしを捕まえて「あなた演劇興味ない?」と声をかけてくれました。

これが、今のわたしになる大きなきっかけでした。

それからすぐに演劇を始めたかと言うとそうではなく、まずはその年の文化祭で朗読劇をやりつつ、演劇部の照明の手伝いをしました。朗読劇では長崎の原爆にまつわる手記を、演劇部の演目は「祭よ、今宵だけは哀しげにー銀河鉄道と夜ー」を。この夏の経験を通して、剣道部を辞めて演劇部に入る決意をしました。

同じ二年生の演劇部員はわたしのほかに二人。三年生は何人もいたけれど、一年生一人……なんだけど後にいなくなったような……。
ここで出会った同じ学年の二人はそれぞれ別のクラスで、教室でうまくやれない緊張感を感じずに過ごせた。
初めて自分が舞台立った演目は「三つの色の金平糖」、三人の登場人物の一人で何をやってもダメな自分を演劇を通して変えたいと願う川島健二の役。今のわたしはこの川島健二という役を通してさなぎになって、脱皮出来たように思っている。自分自身のことがいっぱいいっぱいで、嫌で嫌でしょうがなかったとき、他人になることを通してその苦しみから脱して新しい自分を獲得できた。

もし、演劇がなかったら。
もし、川島健二じゃなかったら。
たぶん今の自分にはなれなかったと思う。

舞台の上では、自分の視線の動きだったり指先の動きまでも注目される。誰も自分を無視しない。クラスの人がからかい半分で舞台を見に来たことがあった。それまでクスクス笑って指をさしていた人ですら終わると神妙な顔で「びっくりした。すごくよかった」と声をかけてくれた。その時はびっくりして素直に受け止められなかったけど、今でもこうやって思い出すということは自分の大切な記憶のひとつになっているんだと思う。

他校の演劇部の先生が指導に来てくださることもあった。
その先生に「あなたもしかして元子役だったりする?」と聞かれて笑っちゃった。そんなに才能あったならもっと前から演劇をやっていればよかったのになぁ。なんて思ったけど、タイミングだったんだろうな。

小学校高学年の時に転校して、いじめにあった。
「~菌」と言われて避けられて無視されて、かと思えば先生が不在の時にクラスの女子全員に屋上の踊り場に連れていかれて責められたりした。
中学に上がってからも、それを引きずってしまったようで自分の思いを口にすることが難しかった。友達が欲しい、この人と仲良くなりたいと感じるのにそれを表現できない。人の視界の中に自分がいないように感じることもしばしばだった。
高校進学時にちょっとした挫折があって、回復しかけた生きる自信に近い何かがまた失われて、教室に行くことも難しい状況になった。
そういったものを、本当の意味できちんと乗り越えることが出来たのは紛れもなく演劇部で過ごした期間のおかげ。
授業にもまともに出席できていない状態の自分を、クラスとは違った形で受け入れてくれた演劇部の友人のおかげ。
演劇部に誘ってくれた現代文の先生のおかげ。
演劇を見に来てくれた人、褒めてくれた先生、とにかく、かかわったたくさんの。

これからもこの演劇部の記憶については書くことがあるかもしれない。
繰り返し綴りたい、大切な記憶で経験。

先生お元気にされているかな。
友人二人は元気にしているかな。

わたしは続けたかった演技を続けられなかった。他二人は今も演技の世界にいる。眩しいなぁと感じながら、その世界にいられなかった自分を悔しく思うぶぶんもありつつ自分にはできない……とかいろいろ感じつつ、活躍を見ているのがすきです。部室で過ごした日々の延長に、こんなに眩しい舞台があるなんて。

演劇と出会えて、幸運でした。

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