●ドイツの哲学者ヤスパースが考え出した戦後ドイツの虚構伝説
　　第二次世界大戦終了後、敗戦の西ドイツにおいて論陣を張った、ドイツを代表する論客で哲学者ヤスパースは、次のような興味深い説を展開した。
――ナチスが政権を掌握してから敗戦によって滅亡するまで、ドイツ国民はナチスという悪逆非道な集団によって、国家を乗っ取られていたのである。国民はナチスの恐怖政治と言論統制によって、生活の隅々まで監視され一切反抗することを許されず、無理矢理侵略戦争に駆り立てられた。ナチスはドイツ史上において、突然変異で現れた悪魔のような集団であり、極めて例外的な現象である。このようなギャング集団が国家を乗っ取って、悪逆三昧の限りを尽くしたために、ドイツ国民もそれに巻き込まれて、大変な被害を被った。従ってドイツ国民自身が、ナチスに虐げられた被害者なのだ。諸悪の根源はナチスという特殊な集団にあるのであって、ドイツ国民自体には何の責任もない――。
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　ヒトラーは決して狂人ではなく、暗愚な人物でもなかった。そしてまたドイツ国民自身も、決して集団発狂していたわけではないし、恐怖政治によって無理矢理、侵略戦争に駆り立てられたわけでもない。彼らはナチスに共鳴し、第三帝国が崩壊するまでヒトラーに忠誠を尽くした。

T４計画に関しては、多くの国民はナチスを恐れてひそかに噂話をするだけでしたが、やがて教会関係者からは反対の声が上がり始め、カトリック教会のフォン・ガーレン枢機卿が、「安楽死は殺戮である」という説教を、ひるむことなく行いました。すると、ヒットラーはキリスト教会を敵に回すことを嫌ったためか、1941年8月24日に中止命令を出しました。1年半という短い期間に約7万人の障害者が殺戮されました。

しかしながら、その後も障害者の殺戮は目立たない方法で続けられ、最終的には1945年までの間に、20万人を超える障害者が殺されることになりました。安楽死計画がヒットラーの意思だけで行われたものでないことは明らかでした。なお、T４計画は、成人を対象とする計画でしたが、それと並行して、先天性の障害のある子どもたちも5000人近く殺されていました。これには小児科医もかかわっていたと言われています。