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だから、私は空を目指した。【陸】

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バスでの一件以降、結奈とは会話らしい会話をせず、未奈は少しあの頃と変わった景色を眺めていた。
最寄りのバス停に着くと、すぐに父の実家が見える。
インターホンを押すと祖父が出てきて「よく来たな……おお未奈、大きくなったな」と、出迎えてくれた。

居間に通されると、懐かしい匂いがした。

祖母の仏壇に結奈と共に手を合わせると、祖父がお茶を運んできた。

「それにしても、よく帰ってきた……経緯はどうかは知らんが、とにかく生きておっただけでもよかった」

祖父は未奈を見ながらそういう。

「元々少し大人びてたが……うむ、ええ女になったの」

「おじいちゃん、それセクハラだよ」

未奈がそう言うと祖父は笑った。
祖父は昔からプレイボーイで、祖母はよく怒っていた。
そんな祖母が先に逝ってしまうとはと、祖母が亡くなった時の祖父の落胆具合は今でも鮮明に覚えている。
そして、奥から見覚えのある姿が見えた。

「あ、騒がしいと思ったら、お客さんかい?」

わかる。時が経っていたとしてもわかる。
少しシワと白髪が増えていたが、すぐに父であると理解した。

「義洋……」

「うっ!」

途端に未奈は蹲って苦しみだす。
胸の奥からズキンズキンと痛みが押し寄せる。まるで、傷が開いたかのようひりついた痛み。
何かが解けたような感覚と共に、鈍い痛みへと姿を変える。

「お姉ちゃん!」

未奈の体が発光する。切り取られたかのように、一つの光の玉が父に向かって飛んでいく。
光の玉がスッと父の体に溶け込むと、父は痛みを感じたのか、胸に手をやった。

「未奈……」

父の口からその言葉が溢れたことに、祖父と結奈は驚愕する。

「お、お父さん……記憶ないんじゃ」

「お主から戻ったのじゃ」

突然、神様が現れ、結奈の言葉を遮った。
未奈の前に立つと、じっと未奈を眺める。

「ふむ……ちと早かったか」

その神々しさは、流石に神様といったところか。
その姿に驚きを隠せない祖父と少し冷静な父。

「言ったじゃろ。体を治すのは容易いが、魂は別じゃと。一度砕けてしまった魂を元通りにするのは至難の業。ただ幸いにも魂には治癒力がある。時間はかかるが、お主の父の魂の欠片を包帯の代わりにしたんじゃ」

「未奈を探しに山へ入って、夢中で駆けずり回っていた時に、神社に辿り着いた。そこで、横たわってた未奈を見つけたけど、神様に叱られた。けど、その後に丁度いいから少し魂を差し出せって言われて、未奈を助けるにはそれしかないって言われて素直に従った……。すると、記憶が無くなって未奈はおろか、悠子のこと、家族のことすら忘れてしまっていた……」

まるで懺悔をするように父は言う。
跪いて頭を垂れている様が、どこか切なさを感じた。

「でも、お父さんのお陰で今こうして私、生きている」

元は一つだったものが砕けて元には戻らないように、魂も宝石のように砕け散ってしまっては価値をなくす。
その破片を丁寧にくっつけても、どうしても目には見えない隙間が生じる。魂に関してはその隙間があってはならない。だからその隙間である傷口を、覆うように保護をしなければいけない。

その傷口を覆うための包帯が父である義洋の記憶だった。

「まあ、ほとんど治っておるから安心せえ……ただやはり多少の副作用は出ておるな……」

副作用とは何か、未奈には理解できなかった。

「無理やり足りないものを足した部分があるからの……やはり、捻れが生じておる」

「捻れ?」

「今のお主の魂は、二十年前の傷ついた魂の隙間を今のお主の魂で埋めている状態じゃ。そのせいで、停まっていた十歳の魂と今の魂が反発を起こしておる」

「どうにかできないんですか!あなた、神様なんでしょ!」

結奈がそう叫ぶと、神様は顰めっ面を浮かべ鬱陶しそうにした。

「そうギャンギャン騒ぐな……手はある。が……辛いことになるかもしれん。未奈にその覚悟があるかどうかじゃが……」

「私、やります」

立ち上がった未奈の脚先は半透明になっていた。
思わず、結奈は絶句し泣き出しそうになっていた。

「覚悟はあるか……では」

神様が念じると、まるでそこに天国への階段のような光の螺旋階段が出現した。
一段ずつゆっくり登っていく。一段ごとに胸の奥が痛む。それはまるで通行料を払うように魂が削られているようだった。

「お姉ちゃん!どうして行っちゃうのよ!」

未奈の足に縋ろうとした結奈がその場で転ぶ。
それを見下ろす様に未奈はまた一段、また一段と階段を登っていく。

「お姉ちゃん!私……待ってるからね。お姉ちゃんが帰ってくるのを!」

未奈の姿がスッと宙に消える。箒星のように、光の尾を残して未奈が消える様を呆然と三人は見ていた。

「魂は治癒力があるって仰りましたよね」

「ああ、あくまでもそれは接着剤という意味じゃ」

「足りないものを足したって言うのは……」

「魂も成長はする。じゃから、今のお主の魂を傷口に埋めてくっつけようとしたんじゃ」

「それで反発を起こして不安定になってると?」

「そうじゃ、それに……まあこれは魂を正してからでもええじゃろう」

未奈の意識はスーッと遠ざかるように小さくなった。

そして闇に包まれた後、瞼を開いた。


【続く】


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