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【不定期連載小説】 幻想とじゃれあって(2)

↓↓前のお話↓↓


 駅前広場には、噴水周りで涼を取ろうと皆集まってる。
 僕は今時なハンディファンを手に持っているわけなく、去年の誕生日にもらった扇子を仰いでいた。
 行き交う人々はサングラスにそれこそ、ハンディファン片手。帽子もファッション目的ではない暑さ対策。首には冷たいネックバンド。
 貸しスペースでキッチンカーが割高だけどふわふわで、果肉入りのシロップを使ったかき氷を販売しているため、前には長蛇の列が出来ていた。
 バス停の日陰で涼む老夫婦と、無邪気に遊ぶ幼子は恐らくその方達の孫だろうか。

「ごめん、待ったかな?」

「ううん、今来たとこだよ」

 少し息を切らせて額から汗を流す六花に僕はそっとハンカチを渡す。

「いいよ、持ってきてるから」

 六花はそう言うと、かつて優花が使っていたハンカチをバッグの中から取り出した。

「それって……」

「ああ、お母さんがね。お姉ちゃんの服とか私が使ったらって言うから……こういった小物とかも貰ったの」

「へぇ……」

 確かによく見ると、優花が着ていた服にも見える。ただ一つ違うのは、六花は伸ばしていた髪を切った。元々、優花と同じ腰まで届くほどのロングのストレートだったが、今は方にかかるくらいのセミロングで、少し毛先を遊ばせている。更に今日はそれをポニーテールにしているから、僕としては嬉しい限りだ。

「……どうしたの?」

「いや、なんというか……やっぱり髪切って良くなったなって」

 僕が照れながら言うと、六花はクスクスと笑った。その笑顔に優花の面影を感じる。
 そりゃ双子、一卵性双生児だから似てはいるが、口角、目尻、頬の肉付きが少し違う。

「実はね、お姉ちゃんとは髪型揃えようって約束だったの。前から今年の夏はバッサリ切ろうって話してて……」

「そうだったのか」

 その約束を果たしたというわけだ。僕は遠くの夏の雲を見る。刹那、優花との思い出を振り返った。

「そんなことより、早く行こうよ」

「そうだな」

 僕らはそう言うと、駅から南の方へと歩き出した。

 今から行くのは優花との思い出の地。つまり、デートをした場所だ。
 僕からすれば久しぶりに来る場所であるが、六花にとっては初めての場所だ。

 夏の日差しに耐えながら、歩みを進める。六花は少し大きめの日傘を差していたが、僕は徐ろに持ち手を奪った。
 さり気のない優しさアピールに見えるかもしれないが、なんとなくやらなきゃ気がすまなかった。六花は最初は驚いていたがありがとう」と、小さな声で呟いた。 
 太陽が高い時間だったこともあり、六花は殆ど日傘の陰に納まっている。

「大丈夫? 暑くない?」

「平気だよ」

 ならいいけどと、六花は再び前を向いた。僕は強がりな性格だから、暑さに反骨精神むき出しで挑んでいる。
 六花はハンディファンを片手に歩いている。
 少し坂を登り、住宅街を抜けると、小高い丘の上にある公園へたどり着く。
 その公園からは、海を一望でき、もうすぐある、花火大会の人気スポットでもある。
 普段は人気の少ない公園で、僕らは木陰のベンチに座り、水分補給を行う。もちろん、スポーツドリンクを飲む。

「生き返るなぁ」

 傍の自動販売機で買ったばかりだから、キンキンに冷えている。体の奥の方へとまるで染み込んで来るように感じた。

「ほんと、生き返る」

 六花はハンカチで汗を拭いながら言う。
 爽やかなパステルカラーのワンピース、あじさい柄のハンカチ、以前にも似たような光景を見たような気がした。

「ここって、お姉ちゃんとの初デートの場所なんでしょう?」

「そうだよ。初デートはここで花火大会を見に来るってやつだった」

 浴衣を着ることはなかったが、二人でここまでワイワイ言いながら歩るき、途中途中、飲み物を買ったりコンビニでソーダ味の棒アイスを買ったりした。あの時は結構な道のりだなと、そう感じたが今日はそうでもなかった。
 そういえばあの時の優花も、今日の六花と似たワンピースを着てたっけな。
 その日のうちにお互いのファーストキスを済ませて、手を繋いで、花火に目を輝かせた。
 周りのカップルや家族連れも、花火に夢中になっていたし、僕らも同じくそうした。
 だけど、付き合いたての二人だから、お互いをちらっと見ては目が合って少し照れての繰り返しだった。
 花火が終わってからは、しばらく人気が引くまでまさに今、六花と座っているこのベンチで二人、何を話すわけでもなくぼーっとしていた。
 花火の余韻を味わっているつもりだったが、何を話せばいいかわからなくなっていたのに近い。

 大体の家族連れが帰って、殆どカップルのみが取り残された公園では、熱いキスをする大人達とともに僕らがいた。
 周りを見ては唾を飲む僕にしびれを切らしたのか、優花は僕のシャツの袖を引き寄せ、一つ口吻を交わす。
 初めは唇を重ねただけ。しかし、それを離した時の優花の顔に僕はとてつもない興奮を覚えたことを今でもハッキリ覚えている。
 少し垂れた瞳、半開きの口、化粧のせいか頬は少し赤らんでおり、眉も下がり眉。まるで、僕に何かを求めるような表情だった。
 さっき見た隣のカッコいいお兄さんと美人のお姉さん達の真似をするように僕はまた唇を寄せた。
 優花はもちろん、それを目を閉じて受け入れるがままだった。
 最初のキスとは違い、見様見真似で舌を優花の口の中へ入れると、同じ様に優花の舌が僕の口へ入ってくる。
 お互いの舌を絡めあっていると、頭の中が真っ白になっていく。ずっとこのままでいたい。そう思ってると、息が続かなくなりお互いに息継ぎをするが、その吐息ですら興奮させる。
 よく外国の映画で見るキスシーンは作り物だとばかり思っていたが、確かに、こうも情熱的になるものなのかと、僕は少し感心していた。
 それを気取られたのか、優花は少し怒ったように『私以外のこと、考えてたでしょ?』と、言った。
 僕はそんなことはないと言い、続きをする。永遠に、このキスをするわけにはいかないことは理解っているが、やめ時がない。
 少し目を開くと、こんなにも淫らな優花が居る。これを独り占め出来ている優越感にも浸っていたい。
 だが、あっけなくそれは終りを迎えた。隣のカップルが『あの子達、高校生よね?』と、噂話を始めたからだ。
 途端に恥ずかしくなり、僕らは少し距離をとった。
 すると、今度はクスクス笑う声が聞こえて『聞こえちゃったかな……でも可愛いね。ああいうの』と、ハッキリ聞こえた。
 居た堪れなくなった僕らは早々に公園を後にした。

「悠馬君?」

「……ああごめん。ちょっと優花のこと思い出してた」

 六花は僕の顔を覗き込み、今にもキスをするのかという距離まで顔を寄せていた。

「ま、仕方ないよね。お姉ちゃんとの思い出の場所だもん。思い出しちゃうよね」

「なんというか……ごめん」

「いいよ、謝んなくて。だって、理解ってて来てるんだから」

 そう言った六花に、僕は優花を重ねて見てしまった。
 違う。目の前に居るのは優花ではなく、妹の、双子の妹である六花だ。

「どうしたの? 思い詰めた顔をしてるけど」

「いや……たまにわからなくなるんだ。六花は六花なのに、不意に優花に見えてしまう」

「そりゃ、双子だからね」

「それもあるけど……」

 けど、あまりにも似すぎている。そういうものなのか? 僕はそう、自分に言い聞かせる自身がなかった。
 容姿が似ているのはわかる。だが、言動もその他の仕草も、ここまで似るものなのか? だとしたら、僕は双子を侮っていたのかもしれない。
 彼女達は、殆ど同じであると?
 だとしたら、僕はやはり六花を優花の代わりとしてしか見ていないのか……?

「悠馬君がどう考えてるかわからないけど、私は私であって、半分くらい私じゃないから」

「どういう意味だ?」

 僕は頭を抱えた。そりゃそうだ。何を言ってるのか、さっぱりわからなかった。誂っているだけなのかも、わからない。

「だって、私とお姉ちゃん、ニワトリで言えば同じ卵から生まれてきたんだよ? それって、私達殆ど同じってことだから」

「六花は優花であり、優花は六花である、と?」

「そう。だって性格も趣味も趣向も、嫌いな食べ物も、好きな食べ物も、食べる順番も全く一緒。これってなんかすごくない?」

「でも、人格は違うだろ。SF小説でもクローン人間は個々の人格、意思がある。だから、六花と優花は別人だ」

「違う。私達は特別」

 何を言ってる? 何が間違っているんだ?

「私とお姉ちゃんは、科学では証明できない、なんだかわからないけど以心伝心というか……テレパシーというか……」

「通じ合っているってことか?」

「そう。だから、お姉ちゃんが悠馬君とデートしたらその記憶は私にも入ってくる」

「そんなの……ありえない……」

「そう思うのも無理もない。私だって人に言うの初めてだから」

「優花は知ってたのか?」

「……知ってる」

「だったら……」

 うるさい僕の口を塞ぐように、六花はキスをしてきた。
 いきなりだったから、引き剥がすと、六花は無邪気に笑っていた。

「でも、一番大事なことは秘密。これだけは私とお姉ちゃんだけの秘密。流石に悠馬君にも教えられない」

 六花はそう言うと、僕のスマホを奪い取った。

「これでしょ? 初デート。花火大会の日の」

 六花はどうしてか、僕のスマホのロックを解除して、優花とここへ来たときの写真を探し出した。

「消去っと」

「な……」

 僕は固く握りしめた拳を、引っ込めながら六花を睨んだ。
 僕と優花の大事な思い出だ。それを無下にされてしまったのだから、怒りしかない。
 いくら、仮の恋人同士とはいえ、この仕打は許すことが出来なかった。

「……帰る」

 僕はそう言うと、六花からスマホを奪い返し足早に公園を去った。
 六花は、早足で歩く僕の後ろをずっと着いてきていた。
 特に声をかけることもなく、さっきの行為を詫びることなく、黙って着いてきている。
 駅に着いた頃、電車を待っていると突然声をかけられた。

「萱野じゃん」

「真宮?」

 真宮佳澄。同じクラスの女子である。猫のような可愛らしさが男子から人気を得ている、可愛い子ランキング上位者。夏だからか、髪をバッサリ切ったようだ。校則もあり、綺麗な黒髪がショートボブに切りそろえられている。

「こっち来てるなんて、どうしたの?」

「いやちょっと用事で……」

「はぁはぁ……悠馬君、歩くの早すぎ……」

「えっ……優花?」

「違う違う。優花の妹の六花」

 六花を優花に見間違えた真宮は、驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。

「橘六花です。お姉ちゃんの同級生さん……ですかね」

「あ、ううん、そうだよ。私は真宮佳澄。優花とは席が隣だったんだ。それにしても似てるなぁ」

 事実を受け入れたのか、真宮はジロジロと六花を観察していた。

「そりゃ、双子ですから」

「そうだぞ。生まれた時の妙でな、二人は学年違いになったんだ」

「あ、そうか。なくはない話か……いや、そうか?」

 真宮は首を傾げながら少し考え事をしていた。 

「にしても……事故で亡くなった彼女の妹とって……」

「……」

 僕は黙ることしかできなかった。そりゃそうだ、そんな取っ替え引っ替えみたいなこと、倫理的にどうかって話だ。

「私から言い寄ったんです」

 六花は少し強めの語気で言う。
 少しムキになった様子と、自分が真剣であることを伝えようとするところが、どこか優花に似ている。

「本当にそっくり……」

 真宮もそう感じたのだろうか、そう呟いた。

「僕も驚いてるんだ。元々、ここまで似ていたのか。たまに優花が憑依したような気がしてならないこともある」

「憑依? まさか心霊現象、とでもいうの?」

「そうとまでは言わないけど、表現として、憑依が合うかなって」

 真宮の驚く顔と、少し怪訝な顔。僕はその両方を見た後に少し考えた。
 我ながらキザな表現だったかもしれない。憑依とは、言わば心霊が取り憑くということ。即ち優花の霊、魂が六花に取り憑くということ。
 そんなことが、ありえるのか?
 でも、そうと表現する以外、似ているで済ませられないこの感覚は……。

「私は私って言ってくれたのは、悠馬君じゃない」

 六花が放った言葉に、僕はハッとして彼女を見つめた。六花は眉間にシワを寄せてこちらを見ていた。
 暫く、見つめ合って沈黙が流れた。駅の喧騒のお蔭で重い空気にはならず、だが、気不味さだけは三人を包み込んでいた。
 そして乗る予定の電車が来ると、真宮は足早に乗り込んだ。それを追いかけるように六花も電車に乗り込み、僕はその電車を黙って見送った。

 一人になったところで、自販機でコーヒーを買い、休憩所で一服ついた。
 間違えて加糖のコーヒーを買ってしまい、その甘さに項垂れながら、同じ様に頭を下げて項垂れていた。

「何やってるんだ……」

 別に楽しみにしていたわけではないが、嫌な気分になる予定なんてなかった。
 僕は六花との関係を、どうしたいのかわからなくなっていた。
 僕だって、恋人を失った悲しみくらいはある。だけど、その双子の妹を代わりとして見るのは違うと考える自分と、別にそれでいいじゃないかという自分が脳内で討論をしている。
 頼む、暫く黙っていてくれ。
 僕はそう思いながら家とは反対方向のホームへ行き、一番遠くの駅へ向かった。


↓↓次のお話↓↓

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