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【不定期連載小説】幻想とじゃれあって(3-2)

↓↓前のお話↓↓


 先生の部屋は、恐らくクラスの人間の想像のつかないほど簡素なものだった。
 グレーのソファーと、お揃いの色のクッション。特に柄のないシンプルな黒いカーテンが、点けっぱなしの空調の風に揺れていた。

「ごめんね。ちょっと待ってて」

 先生はそう言うと、買った食材を冷蔵庫へ入れていた。
 私生活をのぞき見ているようで、少し背徳感を抱いた。

「……どうかした?」

「いえ……思ってたよりなんというか」

「意外と地味だって言いたいんでしょ? まあ、昔から派手な色よりかは地味目のほうが好きだから、どうしてもこうなっちゃうのよね」

 学校でのイメージは、綺麗でオシャレで俗に言う憧れのお姉さんのようなイメージ。
 だけど、今の服装もそうだし眼鏡に若干寝癖のついた髪。なんというか、地味だ。
 あんまりジロジロ見るのは良くないと思い、若干伏目がちになりながら、冷蔵庫へどんどん食料が収められていくのを見ていた。

「でもなんで、送ろうなんて……まだ電車ありますし、一人で帰れますよ?」

「大切な人を亡くして、一人でこんなところまで来るような精神状態の教え子を置いておけるわけないじゃない」

 言えないこともある。その大切な人の妹と、デートをしててそして喧嘩をしてこんな所まで来ただなんて、言えるはずもなかった。
 買い物袋が空になると、先生は「少し待ってて」といい、寝室へと向かった。
 僕はリビングで立ち尽くしていた。またも伏目がちで、興味があるけどなんだか見てはいけないものを見ている気がしてならなかった。
 数分後、先生が出てくるとそこにはいつもの南澤先生が居た。

「化粧していたんですね。なんか、何時も通りって感じがします」

「やっぱりね……親御さんに会うって思ったらちゃんとしないとなって」

「先生のイメージに関わりますもんね。やっぱり、人って見た目が影響しますから、だらしなかったらそういう印象与えますから」

「えらく解ったようなこと言うじゃない。まあ、その通りなんだけどね。じゃ、行きましょうか」

 先生はキーケースを手に取ると玄関へ向かう。もちろん僕もそれに付いて行く。
 駐車場でさっきまで乗っていた車に乗り込み、エンジンが掛かる。
 二人きりの密室空間と考えれば少し、興奮もするのだろうがさっきまで先生の部屋で二人きりだったと思えば、断然そっちのほうが興奮しただろうに、僕はそんな気を見せずにどちらかといえば、昔に会っていた知り合いのお姉さんと一緒にいる感覚、そこには性的な好奇心は一切なかった。

 辺りは暗く、車窓を楽しむには街灯も少なく、僕は先生と同じ様に前方だけをじっと見ていた。

「そういえば、橘さんってお姉さんか妹さんいたんだっけ?」

「どうしてです? 急に」

「いや、前に橘さんにそっくりな人に会ってね、声掛けても人違いって言われてね」

「あー多分妹の六花ですね。学年は違いますが、双子らしいです」

「珍しいわね、学年違いの双子って。じゃあその六花ちゃんだったのかしらね」

「それって何時ですか?」

「確か四月に入ってからだった気がするわ。入学式の準備とかで学校にいたんだけど、その帰りに学校の前で会ったの。でもうちの制服ちゃんと着てたから、優花ちゃんかと思ったから声掛けたんだけど」

「六花って結構いたずら好きで、たまに優花ので服着たりしてますからね。その一環で優花の制服着て学校行ったんじゃないですかね」

 僕も何度か騙されたことがある。言うには、なりすましてデートもしていただとか。

「可愛らしい妹さんね」

「……僕には怖いくらいですよ」

 僕が少し重い声で言うと、車内を静寂が包み込んだ。山間の道ということもあり、より静寂が引き立てられて、空気は重くなった。

「双子だからってのもあるんですけど、似過ぎてるんですよ。二人。実は、今日六花と優花との思い出の地巡りをしてたんです。そしたら、ちょっとした所作だとか言動だとか、優花の様に思えて……」

 煮え切らない様子が滲み出てしまったと思う。僕は歯切れの悪さと、自己嫌悪の波に揺れる気持ちのまま声を発していた。

「それで、別れてからなんか考え事したくて気付いたらこんな所まで来てて」

「やっぱり、一人で帰さなくて正解ね。次は反対の端の駅まで言ってたんじゃない? そうしたらいよいよ帰れなくなるわよ」

「はい……っ!」

 少し明るい道へと出て、そこに居た人影に僕は驚いた。

「どうしたの?」

 赤信号で車が止まると、信号待ちをしていた六花がこちらを見ながら横断歩道を渡る。ジッとこちらをまるで睨みつける様に。
 そして運転席の窓をノックして、先生はそれに応える様に窓を開けた。

「橘……さん? あ、六花ちゃんの方か」

「いやだな先生。自分の生徒の見分けもつかないんですか? 私ですよ。橘優花」

「六花……悪い冗談はやめろよ」

「悠馬君まで……ちゃんと自分の彼女の見分けくらいできたら? ちょうどよかった、乗せてもらえませんか? 南澤先生」

 その気味の悪さに先生は固まっていた。

「だから、冗談は……」

「冗談じゃないよ?」

 そこにいる少女は僕の声を遮るようにドスの利いた声で言う。

「ね、だから私も乗せてよ。先生」

 少女は先生の腕を掴んで言う。何かがおかしい……そう感じるのに、うまくそれに対処できないもどかしさ。

「……とにかく、乗せましょう、先生」

「……そう、ね」

「僕も後ろに座ります」

 少女を車内に引き入れる。後部座席に座り僕は助手席から後部座席へ移動した。

「へえ、ちゃんと横に座ってくれるんだ」

「ちゃんとって……というかいつまで悪い冗談を続ける気なんだ」

 そこにいる六花の顔をした、優花の顔をした少女が気味悪く薄ら笑いを浮かべる。

「だから冗談じゃないんだよ。悠馬君。やっと話せるのに、やっと、やっとやっと!寂しかったんだよ? 悠馬君、ずっと私のこと六花だって勘違いしてるし、皆だってどうして私の声無視してさ」

「ちょ、ちょっと橘さん、何言ってるの? だってあなた、一ヶ月前に事故で……」

「だからそれは六花でしょ? なのに皆私が死んだみたいに……」

「いやいや待てよ。ちゃんと検死でも……」

 自称優花が僕の太ももに爪を立てる。食い込んだ爪に沿って痛みが滲んだインクのように現れる。
 そちらの顔を覗くとひたすらに笑みを浮かべる。薄気味悪さに身の毛が逆立った。

「私達って特別なの。私達姉妹は双子で……」

「知ってるよそんなことっ!だから何なんだよ、ずっとさっ!」

 僕は痺れを切らして声を荒げる。それを見ても自称優花は笑っている。

「じゃあ教えてあげる……私と六花の秘密と、悠馬君との秘密」

「……僕との秘密?」

 車は変わらず走っているが、先生は高台にある公園に広い駐車場があるから、そこに向かい、そこで話そうと言い、それに了承した自称優花も僕も暫く黙りこくった。

 窓の外には街灯に群がる羽根虫。隣には自称優花。運転席に南澤先生。
 僕は一体、何をしているのかわからなくなった。


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