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アルハラに遭っても飲みたい酒がここにある

「お酒も飲めない、踊りも踊れない。お前に何ができるんだ」
 飲み会中に何気なく言われたその言葉は私を傷つけて、酒嫌いにするには十分だった。その3か月後に医者から禁酒を命じられた時に、「酒を断る言い訳が出来たのだけは救いだ」とつい思ってしまうほどには憤りを感じていた。
 私は当時短期大学の2年生。そこでは民族舞踊サークルに所属していた。そのサークルは世界中の国の様々な踊りを踊るサークルで、一回り以上年の離れた先輩も遊びにやってくるような歴史あるサークルだった。
 年の離れた先輩方との交流はもっぱら飲み会での飲みニュケーションだ。飲み会そのものは楽しかったけど、私は飲みニュケーションのうまい取り方がわからなくて困っていた。
 元々人とコミュニケーションを取るのが苦手。20歳になってからお酒を飲めるようになったのはいいけど、母譲りの下戸でお酒をあまり飲めず、呑んだとしても甘いカクテルだけ。
 加えてサークル以外にも課題がたくさんあって、アルバイトにも行かなければならなくて飲み会に参加できない事が何度かあり、参加しても二次会の途中で帰る事が多かった。和やかに断ると言う事が苦手だった私はつい突っぱねるような言い方をして飲み会を断っていた。その結果一部のOBに嫌われていた。
 冒頭のセリフを言ったのは私を嫌っていたOBの一人だ。言われた時点で私の飲酒量は限界ギリギリだった。だからウーロン茶に切り替えていたのだが、先輩にはそれがご不満だったらしい。この時の周囲の反応は覚えていないが、その場にいた人間が誰も助けてくれなかったのははっきりと覚えている。
 確かに私は物覚えが悪くて運動音痴で、ダンスを覚えるのは人より苦労した。だけどその頃の私はサークルの部長を任せられていたし、大きなイベントも成功させたばかりだった。お酒が飲めなくて空気が読めないくらいでここまで言われなければならなかった事に腹が立った。意地になった私は限界をオーバーしながらも酒を飲んだ。家に帰る事もしんどくて父親に迎えに来てもらった。そこまでしても、そのOBは私を認めてくれなかった。
 それ以降、私はお酒が嫌いになった。幸い普段付き合いがある友人の中に酒のみはいなかったから、全然困る事はなかった。
 
 そんな私は今、仕事が休みの日はノンアルコール飲料をお供に録画したバラエティ番組の消化や、youtubeやAmazon primeを観て過ごしている。医者からの禁酒命令はまだ続いているから、気分だけでも味わいたくてノンアルコール飲料を買っている。
 お酒嫌いの私が酒を飲みたくなった理由は今の職場の飲み会がとても楽しかったからだ。
 今の職場は私も含めてオタクもしくは多趣味な人間が多い。普段も仕事の休憩中に話をするけど、飲み会ではさらに深く同僚や上司の好きな物の話を聞けた。
 上司や同僚が聞かせてくれる、プレイしているゲームや好きなアーティスト、競馬、フットサル、映画等の話は聞いてて面白くて興味深い。私がお笑い好きなのも同僚は知っていて、よく話を聞いてくれる。皆、好きな事の話に集中したいので無理やり酒を勧めてくる事はしない。たまに仕事の事で叱られる事はあるけれど、アルハラには遭わなかった。
 自分が好きな物の話をするのも、人が好きな物の話をするのも楽しい。私以外の飲み会の参加者の傍らにはいつもお酒があって、より楽しそうに見えた。飲み会はいつもジュースやウーロン茶でやり過ごしていた私だったが、一緒にお酒を飲みたいと思えるようになった。それがきっかけでノンアルコールのカクテルや梅酒を買ってきて飲むようになったのだった。
 
 お酒はうまみ調味料だ。美味しい料理をより美味しくしてくれるし、楽しい事をより楽しくしてくれる。そしてなかなか仲良くなれない人との仲を取りまとめてくれる。人生を豊かにしてくれるのだ。
 もっと早く気づけたらあんなトラウマを背負わなくてよかったのかともふと思ったけど、それは土台無理な話だった。だってあの頃の私は酒がなくても仲良くなれる人、楽しいと思えるものを大切にしたかった。酒でしか繋がれない関係なんてむなしいし、必要ないと思っていた。
 実際、「お酒がなければ繋がれなかったり、楽しめない関係なんてダメだ」という人もいる。だってお酒がなくたって趣味は楽しめる。料理はおいしい。仲のいい友達とはお酒抜きで一日を過ごしても楽しい。
 だけど私が働いているのはコールセンター。年齢が大学生~アラカンの主婦まで幅広いので職場の人間関係は割とあっさりしている。座席も毎日代わるし、シフトによって休憩時間もバラバラ。仕事中に少し関わっているだけでは興味を惹かれるほど深い趣味の話は出来ない。何より皆、それぞれお酒なしで一緒に楽しめる友達や家族は別の世界にちゃんと存在している。それでも会社にいる時は少しでもいい空気を作っておきたい。
 だから酒といううま味調味料がなければまとまらない程度でも、職場の人との関係はちょうどいい。

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