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さくらももこさんへ。ずっと、私の「憧れの魔法使い」でいてくれますか?


   憧れの人は誰ですか?そう問われた時に、私は同時に何人もの顔が浮かぶ。国民的アイドルに有名な起業家、お世話になった先生にエリート街道まっしぐらの先輩たち。私もこんな風になりたい!と思わせてくれる人が、この世界には沢山いる。
  長い人生その時々で思い浮かぶ憧れの存在は変化していくものであるが、22歳の私が12年以上一貫して仰ぎ見続けている人がいる。しかし私はその人の立ち姿を映像ですら見たことはないし、顔もはっきりとは思い浮かばない。それでも師として慕っている。その人の名前は、さくらももこさんである。

  彼女は、まぎれもなく私にとっては先生であった。彼女は、私に“文章ができることの幅”を教えてくれた。小学4年生のある日彼女の本と出会うまでは、文章なんて所詮は文と文を並べただけの集合体に過ぎないと思っていた。表現や書き方なんかは関係なく、事実や内容を伝えるただの手段であると思っていた。表現で人を楽しませるのは、ドラマやアニメなどの映像や、漫画の役割であると思っていた。故に、彼女のエッセイシリーズは私にとっては衝撃以外何者でもなかった。

  彼女のエッセイシリーズを読んだことのある人はもしかしたら、私と同世代ぐらいの今の若者には少ないかもしれない。コジコジやちびまる子ちゃんに代表される漫画家としてのイメージはやはり相当強い。作家としての活躍を知らない人も多いかもしれないので、ここから少しその魅力について語ってみる。

  彼女は“何でもない日常”を“ももこワールド”として切り取る天才であった。飼っている魚の話、姉と喧嘩した話、学校でおなかが痛くなった話、思春期を迎えた話など、よくよく考えてみれば別段面白くもなんともなさそうなテーマを、これでもかというほどに笑えるエピソードとして描いてしまうのが、さくらももこの力なのである。誰もが通り過ぎてしまう日常、明日には忘れてしまう淡い感情にアンテナを張り、ももこ劇場の演目にしてしまうのである。
  そしてこのアンテナ力もさることながら、人を引き込んでしまう力が何よりの魅力である。エッセイなので、どのエピソードも基本的に彼女の視点から綴られるのであるが、自分がさくらももこなのではないか?この場面を経験したのではないか?と錯覚してしまうほどにいちいち描写に臨場感がある。人を楽しませるために作られたSFやアクションのようなストーリーではなく、何の変哲もない日常に、これだけの臨場感を持たせるのは本当に文章が上手い人じゃないとできない。料理人の腕が本当にわかるのは、豪華な料理ではなく素朴な出し巻き卵である、という通説に少し通じるものを感じてしまう。

  私は何周も何周もシリーズを読んでいる。今でこそ現品がほとんど家にあるが、小学生の頃は図書館で親の名義まで使って大量に借りてずっと読みふけっていた。面白しろおかしい内容の中にも彼女の人生の信念や大切にしている哲学を垣間見ることができてしまうし、漫画家になるという割とハードルの高めな夢を追いかけ続けた日々のエピソードにはアニメで放送されているぐうたらなまるちゃんとは程遠い努力家な一面に心を打たれてしまう。文章ってすごい。こんなことまでできてしまうんだ。そのことを理解するには、小学生の私にとっては十分すぎる教材だった。

  なんというか、ずるい。なんか、悔しい。こんなに爆笑したのに、気づけば一切説教臭くない教えをほどこされてしまっている。私もこんな文章書けるようにならないかな。いつのまにか、“彼女の作品が好き”というよりも“彼女自身のことを尊敬している”に変わっていった。彼女のせいで、文章で人を楽しませてお金を稼いでいる人に対して言葉では表現できないほどの羨ましさを感じるようになってしまった。今でもこの気持ちは変わっていない。
 
  私の憧れるさくらももこさんが憧れていたのは、エロール・ル・カインさんというイギリスの絵本作家の方であった。彼女はその作家先生のことを、「憧れの魔法使い」と表現していた。なるほど、非常によくわかる。自分の知っている世界を超越した存在を、魔法使いとでも表現してしまわないと心の処理が追い付かない感じ。わかる、本当によくわかる。「どうして、この人はこんな絵が描けてしまうのだろうか?」「どうして、この絵はこんなにも素敵なんだろう?」「こんな絵が描けてしまうなんて、魔法使いなのではないの?」と特定の誰かに傾倒したこの気持ち。痛いほどに共感してしまう。なぜなら、この感情はまさに私が彼女に抱き続けている気持ちだから。彼女に憧れてちょっと真似したものを書いたりもしたから。私にとってのさくらももこさんは、永遠の憧れの魔法使いだから。彼女に憧れ続けた日々が、私の人生の中にはあるから。

  先日、私が愛してやまない憧れの魔法使いは、もっともっと遠くの世界に旅立っていった。私の今のこの気持ちを、彼女ならなんと表現するのだろう。私は彼女ではないから、この冷たい感情をただ持て余すことしかできない。ずっとずっと大好きでした。私に文章の面白さや、書く楽しさを教えてくれてありがとうございました。感謝の気持ちをどうやって伝えればいいのだろう。

  さくらももこさんへ。ずっとこれからも、私の「憧れの魔法使い」でいてくれますか?イヤって言われたらどうしようだなんてくだらないことを考えてしまうファン心理も、きっとあなたならわかってくれそうですね。デビューを果たしてからも、本業の漫画にエッセイにアニメの台本にと全速力で駆けた日々も長く続いていたと思います。どうか、どうか、安らかにお休みください。あなたが生み出してくれた世界の一つ一つはいつまでも私たちの心にあり続けます。

#さくらももこ #コラム #エッセイ #大学生

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