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君がこの世界に生まれた日のこと

41週目4日、分娩時間32時間。

母子手帳に記された記録を見て笑いが出た。私のお産体験は想像以上に過酷なものだった。今振り返っても軽いトラウマレベルだ。お産は交通事故にあったぐらいのダメージを受ける、男性は死んでしまうレベルの痛み、鼻からスイカなどなどこれまでたくさんのお産の壮絶さは聞いてきたつもりだった。しかしいざ自分の出産を体験すると、母の偉大さ、いや女性の母体のすごさを改めて実感すると共に二度と味わいたくないという気持ちも生まれた。それほど大変な大変なお産だったのだ。

出産予定日を軽く1週間超えて、SNS界隈では超過ランド突入などと比喩されていたがまさに私も決して楽しくは過ごせない超過ランドへ入園していた。高齢で初産ということもあり遅れることは想定していたが、それでもこれほど超えるとは思っていなかった。

とにかく予定日を過ぎたあたりから前駆陣痛、夜中の本陣痛が1週間は続き、それでも子宮口がなかなか開かず寝不足と気力が失われていく日々を過ごした。これは本陣痛かと思われ誘発剤も打ったにも関わらずやはり子宮口が開かず赤ちゃんは下りてきていないと何度も出戻り妊婦になった。普段はポジティブな私でも予定日を大幅に超えていること、体力気力ともに限界だった。いつまでこれを繰り返せばいいのかと…どうして生まれてきてくれないんだろうとネガティブな気持ちが渦巻いていた。

しかしその時は突然にやってきた。生産期ギリギリの日が近づき計画管理入院へ。夜中にくる本陣痛でまた試みたがやはり生まれる気配はなく、その時の私は陣痛よりもお股が割れそうな痛みでどの体勢も辛くすでにメンタルは崩壊していた。

「お母さん、あっち向いて!心拍低下!」

誘発剤の準備をしていた助産師さんが突然そう言って大きな声をあげた。繋がれていたモニターからいつもと違う音が鳴り、病室は一気に騒然となった。ついに息子も限界がきたのか…とさらなる不安が襲って震えが止まらなくなった。心拍の急低下が2回ほど続き、ようやく医師が登場。とても冷静に子宮口が開いてないので赤ちゃんこのままだと苦しくなるので、取り出しましょうかと言われた。

「どうか元気なうちに取り出してください…」

私は涙ながらに訴えた。いや、ほんともうなんでもいいから取り出してほしかったし、何よりこの痛みから解放されたい一心だった。

こうして緊急帝王切開となり、ドラマで見るような展開が自分の身に起こり不思議な気分になっていた。でもようやく息子に会える、やっとやっとだ。どうか元気で生まれて欲しいと心拍低下が気になりながらも願う気持ちで、気が付けばストレッチャーに乗せられ、なかなかのスピードで移動していく。ストレッチャーから見上げた流れていく天井の風景を今でも覚えている。

大学病院だったので全て整っていたため、とてもスムーズだった。オペ室に入ると麻酔科の先生方が待ち構えており、さっきまでの騒々しさはなくなっていた。なんだろう、これからすることが当たり前かのような落ち着いた雰囲気にお腹を切る怖さは感じなかった。

麻酔をしてからしばらくして耐え難い陣痛がスーッと遠のいていくのを感じて体がようやく痛みから解放され安堵した。布で覆われて胸が下は見えない。その後は麻酔が効いているかどうかの確認があり、あれよあれよと手術は始まった。

大丈夫ですからねと麻酔科の先生や手術担当の看護師さんが何度も励ましてくれた。15分ぐらいだろうか?いや20分ぐらいか?

「お母さん、お腹押しますよー!」

と言われて、もちろん何も感じないままその時はきた。

オギャー!

すぐに聞こえてきた元気な産声。おめでとうございますと、執刀医の先生方のとても冷静で静かなお祝いの言葉。(自然分娩などで産んだ場合は助産師さんがいるのでもっと明るくおめでとうございます~~!となるけど、オペ室なのでみんなとても冷静なおめでとうでしたねと後から研修医の子から聞いた…笑)

「綺麗にしてからお母さんのところに連れて行きますからね!」

助産師さんが現れて君は連れてこられた。君は赤黒い顔で少し顔をしかめて泣き顔だった。息子もしんどい想いをしたもんな…私は顔だけ横にして手で少しだけ触れました。

「やっと産まれたね~」

予定日から11日後、まさにその言葉に尽きる瞬間だった。

その後、息子はNICUに連れていかれて色々な検査を行った。

私はその後の処置をするのに少しだけ眠くなる麻酔を入れてもらい、気が付けばもう病室だった。

夫は突然だったため間に合わなかったけれど、病室に戻ってきてから息子と初対面。私は寝たきりのため抱っこができず、夫が最初に抱っこした。その姿をベッドから見て、新たな家族の風景がここから始まるのだなと思った。

とにかく大変な大変な出産。そして医療の力でこの世に生まれてきた君。今まで大きな病気もなく入院もしたことなく、注射すら怖くて苦手だった私は、初めて自分の体を切ることに何のためらいもなかった。それほど命のリレーは自然と乗り越えられる術を母体にはインプットされてるのではとさえ思える。とにかくどうにかしても君はこの世に生まれてくるべき存在だったってことなのだ。



そんな君へ

どんな景色が待っているだろう?
どんな色を見るだろう?どんな音を聞くだろう?
その小さな手で何をつかみ、何を感じるだろう?

共に生きる友や愛する人と巡り合い、君を助ける音楽や芸術に出会い、この世の自然の尊さの中で君なりの居場所を創れますように

君の名前は感性と自然を融合した名前だよ

今のこの世界は幸せと言えるものではない
未来が明るいものだとも簡単には思えない
生きる事も辛いこともきっとあるかも知れない

でも存在するだけで価値があるものがあるとすればそれは君だよ
それだけはどうか覚えていて
それだけは伝えておきたいよ

君が生まれた日に願ったたくさんのこと
君に出会えたこの世界はやっぱり美しいよ
ただただ、生まれてきてくれてありがとう


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