子供を殴っていたのは私だった

その人は殴っていた
子供を、旦那を。

私の目の前で。

人は強烈な体験のあとに
自らを顧みる

忘れもしない2017年9月の晴れた日だった。

娘の腎盂腎炎という病氣の検査入院で小児病棟にいた。

救急病院だったためか
流行りのRSウイルスや
ケガの治療で小児病棟のベッドは
子供たちで埋め尽くされていた。

親は片時も離れず、
小さなベッドで24時間
子供のお世話をしなければならない。

6台の

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子供が生まれたよ

どーも!ろいちんです!

子供が生まれました。

朝、妻から連絡があり、病院へ

特に大きな問題もなく生まれました。

実際に妻のそばに居てやれることはなかったです。

こういう時は気の利いたことをしてあげたいという気持ちもあるものの

なんかすべてが裏目にでるような感じでしたね。

やってあげられたことは一緒にいて手を握っていることと

一緒に息を吸ったり吐いたりするだけでした。

ですが、母子

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ダウン症の子

2人目の子供が産まれる。

妻が待ち望んでいた、待望の女の子だ。

出産日が病院で決められてしまっていたため、「いつ産まれるの?」というワクワク感こそなかったものの、とにかく早く対面したい。

10ヶ月の苦労も、今日のこの日のためにあったのだ。

陣痛促進剤のせいで苦しむ妻を見ているのは辛かったが、あと2時間の我慢だ。

何もできないながらに、ただそう祈っていた。

「出ますよ」という助産師さんの

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出産してから今日までのあれこれ

出産したのだから、出産エピソードを書きたい、書きたいと!思っていましたが、なんだか気持ち的にまったく余裕がなくなかなか書けないでおりました…。

書きたいことは少なくないけど、なんというか、書きたいというより「書かねばならない」というような気持ちが近くて、本当に「書きたい!」と思うまでしばらく待っておりました。

今、娘はすやすや眠っており、好きな曲を聴きながらカフェラテ的なものを飲んでおります。

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あなたのために1曲書きます!(・ω・)ノ<ドーレーミー
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運動って偉大だなぁ

このサークルでは、
・育児の何かを改善することではなく、しんどい気持ちが霞むくらいあったかい気持ちで寄り添うことを目的としています。
・あなたがひとりの人間として抱える気持ちに寄り添います。
・あなたが好きなもの(食べ物とか音楽とか漫画とかなんでもよいです)を教えてください。
・辛いこと、苦しいこと、なんでも書いてみてください。

昨日一日中家にいたから今日はすんごい外にいました。
たくさん寝てく

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双子を授かった話 ⑥ 出産「じゃ、ちょっと産んでくる」

管理入院はやることがない。早産防止のために、基本的には安静にしているだけだからだ(胎児の発育促進のために、「効果はないかもしれないんですが」と言われつつマルトース(麦芽糖)の点滴は受けていた)。

 これはとても贅沢なことでもある。

 ボクらは初産だから、妻が管理入院となってもボクが一人暮らしに戻るだけだ。さして困ることはない。既に上の子がいるご家庭なんかは大変だ。残された夫は子どもの世話をしな

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産休前の最終出社日のこと(ポエム)

落ちる夕日がノスタルジーを加速させる。
ほんとにこんな日が来るとはなぁ。
一人で乗る山手線。
それすらも今後は「贅沢」なものになってしまうのかもしれない。

「産休の挨拶」は長文になってしまった。
今のプロジェクトは本当に思い入れがあるプロジェクトで
感謝したいことや思い出が沢山あった。
挨拶の文章を書いている時は、まだ実感がなかった。
だけど「送信」ボタンを押す時になって
「ほんとにこの文章送る

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産まないことは「逃げ」ですか?#読書感想

産まないことは「逃げ」ですか?
吉田潮 2017年初版

作者、吉田潮さんは編集プロダクション勤務を経てフリーライターになった方だ。
20代で結婚、自身の浮気で離婚、30代半ば付き合った男性と妊活に対して思いが合わず、一度別れるが1年後に再び付き合い再婚、39歳で不妊治療を始め一度の稽留流産、そして夫と二人で歩むことを決めた。
24歳の私からすると、この先15年の女性の人生、想像できる部分と、で

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【告白】スピリチュアルが大嫌い

ウソをつきたくない。

「引き寄せの法則」や
「宇宙の法則」というコトバを
少しでも聞いたことがあると思う。

私は、アメブロで
一年半前から
ブログを書いている。

ジャンルとしては所謂、
スピリチュアル系に分類され
「引き寄せの法則」など

普通の人からは
''怪しい''とされる分野に
住んでいる人だ。

何コレ、やばいw

もともと、私はエンパス(高共感能力)が強くHSPであり、過去世の記憶

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傘を差すことが少なくなった

飛騨に戻ってからというもの、車での移動が多くなった。

雨が降っていようが、駐車場に車を停めて走って店内に入ればいい。

そして仕事柄、雨の中でも自身とカメラにカッパを被せて外にいることが多い。

傘がなくても、生活が回るのだ。

だから梅雨の東京に降りて、当たり前のように傘を持っていなかった自分にちょっとびっくりしてしまった。

お世話になった先輩から結婚式の二次会に呼んでもらい、前入りして仲間

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