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酔いどれ男のさま酔い飲み歩記~第54回「ハモニカ横丁にあった名物マスターの酒場」

「一人酒」、それは孤独な酒飲みのように聞こえるだろうが、実はそうでもない。私は一人酒という言葉を酒場で飲み歩く時に使っている。にぎやかな雰囲気に包まれれば、その店に居る人は全員、飲み仲間だ。

withコロナでようやく一人酒が再開した。が、まだまだ心置きなく飲めるようになるまでの道のりは遠い。ならば、体験談エッセイでも書くとするか。酔いどれ男のさま酔い飲み歩記~第54回「ハモニカ横丁にあった名物マスターの酒場」である。


はじめに

信州に住んでいるので、東京に出てくるときには中央本線の特急に乗る。三鷹駅を過ぎると、1駅ごとに個性豊かな駅前繁華街を持つ街が現れる。思わず途中下車したくなるのだが、特急は素知らぬ顔で通過していってしまう。

そのなかの一つが三鷹の次の吉祥寺。駅の北側にあるハモニカ横丁は、狭い路地に酒場が居並んでいる昔ながらのディープさ漂う酒場街と聞いている。ディープという言葉にはすっかり慣れっこになっているが、吉祥寺はどんな雰囲気なのだろうか。

今夜は腰を据えて飲むとするか。

吉祥寺「はんなり」~若者たちの雰囲気に乗り切れないまま

吉祥寺飲み歩きは大相撲秋場所観戦とのセットプラン。しかも久々の千秋楽観戦だった。場所前の注目は大関日馬富士の綱取りだったが、期待に応えて日馬富士は全勝で突っ走り、千秋楽結びで1敗の横綱白鵬と激突することになった。

そんなわけで、申し分のない大相撲観戦に前夜から気分は高揚していた。おまけにディープなハモニカ横丁で飲むとあれば、ますます気分は高まる・・・はずだった。

横丁に入って面食らったのは若者たちの多さ。断っておくが若者が飲み歩いちゃいけないとは言っていない。てっきり酒飲みオヤジたちの聖地だと思い込んでいたからだ。イメージとのギャップなのでどうしようもない。

最初に訪れたのはオープンスペースの「はんなり」。小路に面した野ざらしのロケーションがいい。生ビールと焼きとりのハツ元、やっこを注文。付き出しは温泉卵だ。本来なら、ここから飲み歩きのギアを上げていきたいところ。

だが、どうにもこうにも乗り切れない。

出足がやや遅くなったこともあり、横丁の酒場中が若い世代で埋め尽くされている。オープンスペースだから余計に周りが見えるし聞こえる。まるであちらこちらで大学のコンパをやっているような感じ。どこか落ち着かないなあ。

まあ、口開けなんで、ここは軽く締めておこう。

吉祥寺「美舟」~渋い酒場で少し乗って来たかな?

こういう時は2軒目が非常に重要である。ここで波に乗れなければ、本日の飲み歩きは一気にダメになってしまう。カンを頼りにやって来たのは居酒屋「美舟」。オヤジさんか女将さん一人で切り盛りするような小ぢんまりした店かと思ったら、中は意外に広い。

まずは焼酎のお湯割りとモツ煮を頼んで、人心地つける。店構えはなかなか渋く、昭和の雰囲気も漂う。ただ、やっぱり吉祥寺なんだな。カウンターの隣には若い女の子2人連れ、その隣も若いカップル。落ち着かないので、まだ街に馴染んでないんだろう。

と、そこへ常連の中年男が来店。

正直ホッとした。オヤジたちが一人ふらりと集う、あるいは2、3人で来て会社の愚痴をこぼす。激渋酒場はこうであってほしい。ただこれは、あくまでも酒飲みオヤジの願望である。若い人たちとワイワイ飲むことだって否定はしないよ。

ようやく落ち着いたところで、追加の日本酒とタコ刺しを頂戴する。燗酒を傾けながらメニューを眺めると「カンガルーの唐揚げ」の文字が。店構えからは想像できない珍味を出しているんだな。こりゃ若者たちにも人気のはずだよ。

吉祥寺「ささの葉」~ついに見つけた!これぞディープ酒場だ

2軒飲み歩いでホドホドには飲んだ。でも何か足りない。ハモニカ横丁は昔からの飲み屋街なのだから、必ずディープな酒場があるはずだ。人混みをかき分けながら、小路を隅々まで歩いてみる。そして、小路の奥まったところに1軒の酒場を見つけた。

「ささの葉」という屋号が見える。ちょうど何人かのお客が帰ったところらしく、入れ違いでカウンターに座る。ふと見れば年配男性が一人で切り盛りしている。この人が大将ならぬマスター。早速、焼酎を注文しよう・・・と・・・

マスター「臭いのは大丈夫ですか?」

いきなり聞き返されて驚いた。乙類焼酎を出すつもりなのだなと思い「全然大丈夫です」と答えた。すると、香りの強い麦焼酎(銘柄は失念しました)を出してきた。これが「ささの葉」の流儀。飲み物はマスターにお任せすればいいらしい。

食べ物も同じである。メニューも品書きも見当たらない。カウンターのガラスケースの中から見つくろってもらうスタイル。本日のおススメは「マグロの山かけ」。それもてんこ盛りで目の前に出してくれる。さらに・・・

マスター「醤油は東と西があるけど、どっちにします?」

こんなことを聞かれたのは初めて。店によっては醤油など卓上に乗せっぱなしのところだってある。マスターのこだわりぶりはさすが。ちなみに東とは野田醤油、西は若干甘みのある大分の醤油。ここは東京では珍しい「西」でいくか。

そんなわけでマスターが超個性派なら、ご常連も面白い人ばかり。隣り合わせた中年男性とタイ人女性のカップルとも、すっかりなじんで話が弾む。マスターはマスターで、入ってきたお客に例外なく「てんこ盛り山かけ」を勧めている。これはすごいぞ。

せっかくなので、ハモニカ横丁の変遷についても聞いてみた。店の配置は昔から変わっていないそうだが、若い人たちが集まるようになったのは最近になってからだという。若者たちのパワーは街に活気を呼び込んでくれるので、悪いことではない。

だけれども、横丁と名の付く酒場街に昔の情緒やディープな場末感を味わいたい人は、どうしても馴染まない。話の節々に、マスターも常連さんも「違和感」を覚えているんだろうなあと気づく。俺だけじゃなかったんだな。

芋焼酎三岳をいただきながら、いろいろな話を聞かせてもらった。ようやくハモニカ横丁本来のディープな一人酒ができた。口開けに比べるとテンションはグッと上がっている。時間さえ許せば、もっともっと飲みたかったなあ。

〇〇〇
今回はここまでとします。読んでいただきありがとうございました。なお、このエッセイは2012年9月の忘備録なので、店の情報など現在とは異なる場合があります。


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