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龍神考(13) ー竹に籠る霊性ー

「神(かみ=KAMI)」が「示す」と「申す」からなることは、「神」とは人間に真理や真実を申し示す存在であると同時に、また逆に人間が感謝や崇敬の念や祈願を申し示す対象であることも示しています。
 
 前回は「神」を構成する「申」がそもそもは走る雷光の象形文字で、「伸びる」や「天の神」を意味する文字として生まれた点に注目し、雷光=「申」は雲の中で発生することから、「神=KAMI」同様に「雲=KUMO」もK+母音とM+母音の組み合わせによる読み方となったのだと結論しました。

神(かみ、かむ)と口の動き

「神」と「雲」の文字は伝来時の中国での読み(音読み)は「シン」や「ジン」と「ウン」であり、「かみ」と「くも」とはまったく異なります。
 私たちの先祖は、「神」と「雲」の文字を受け入れる際にそれぞれの意味を把握した上で、それらに相当する独自の言葉「かみ」と「くも」を読み方として用いるようになったのです。

「神」は「かみ」の他に「かむ」と読む場合もありますが、「かむ」と聞いてまず私たちの頭に浮かぶのは、「噛む」という動詞だと思います。

「噛む」は口の動きを表す言葉ですが、前述のように「神」も「申し示す」という口の動きを表す言葉からなります。

「雲」の原字「云」が雲の立ち上がる象形文字であることと同時に、言葉を発する意味で「いう」と読むこともある点を前回確認しましたように、「雲」も口の動きと関係する言葉ということになります。
 そして口の動きを示す「云」=「雲」の中で、「神」の口の動きを表す「申す」が象形する「申」=雷光が発生するのです。

 また食べ物を口の中で「噛む」ことを繰り返す様を表す擬態語の「もぐもぐ」の中には「ぐも」(「雲(くも)」の濁音化)が含まれ、雲やそれに似た煙が立ち昇る様を表す言葉に「もくもく」があります。その濁音化が「もぐもぐ」です。

2022年8月5日夕刻の福岡平野に「もくもく」と立ち昇る積乱雲にかかる虹


「神」が言葉を発することや口の動きに由来することは、神前にお供えする御神酒にも窺えます。御神酒自体が神聖視されたりしますが、そのお酒を醸造することを「かもす」と謂い、大昔は米を「もぐもぐ」噛んで吐き出したものを容器に入れて発酵させて造ったことに由来します。
 後世の「物議を醸す」という表現も「醸す」が議論、つまり言葉を発する、口の動きに関係していることを暗示しています。

「神=KAMI」に「雨=AME、AMA」を祈る際に奉納された「馬=ME、UMA」も「駒=KOMA」と呼んだりしますが、この漢字は「馬」+「句」であり、「句」は「言葉を区切る」という意味です。
 尤も「駒」の場合の「句」は「クルッと曲がる」の意味とされますが、そもそも「曲がる」状態を示す文字の中で敢えて「口」を含む「句」が用いられている点が意味深長ではないでしょうか?

 以上の考察から「神(かみ、かむ)」、「醸(かも)す」、「雲(くも)」、「駒(こま)」というK+母音とM+母音の組み合わせには、言葉を発する、噛むなど口の動きに関係していることがより一層明らかとなってきました。

「雲(くも)」とともに現れる「申=雷光」に由来する「神(かみ)」に、「醸(かも)した」酒や降雨・止雨祈願に黒・白の「駒(こま)」を捧げる…。
 この「神事(かみごと)」の連環の中にこれらの言葉があるわけです。

竹の空洞に籠る霊性

 さて、これら一連の気づきにつながった「龗(おかみ)」と「籠(こも)る」をもう一度振り返ってみましょう。
◉「龗(おかみ=OKAMI)」=「雨」+「口口口」+「龍」→「雲」+「龍」
◉「籠(こも=KOMO)る」=「竹」+「龍」


「龍(りゅう、りょう、たつ)」は、「雨」+「口口口」つまり「雨」+「云」=「雲(くも=KUMO)」が加わることで、K+母音とM+母音を含む「龗(おかみ=OKAMI)」と読みが変化します。

 しかし「龍(りゅう、りょう、たつ)」は「竹」が加わっても「籠(こも)る」と読みます。
「竹(たけ)」にK+母音とM+母音の読みはないのに、「こも(=KOMO)る」となるのはどうしてでしょうか?


 そこで「竹」についていろいろ思い返してみたところ、他の木にはないある特徴に気づきました。

 それは「音が鳴る」ことです。人間が竹を叩いたり、強い風で竹同士がぶつかり合ったりする時に、中が空洞の竹は音が鳴ります。
 また竹を切断するとポッカリと口を開いたようにも見えます。
 その「口を開いた」竹で音を打ち鳴らすこともできます。
 以上は、竹が言葉を発していると想像することもできます。人間が口を動かして言葉を発することも、言い換えると、音を発しているということでもあります。

 私が長年住んでいたロシアではポプラが恋愛をテーマにした歌によく出てくる点に気づき、改めてポプラを調べてみると、風で葉が擦れ合う音が際立っていることが特徴の一つだと知りました。ポプラの葉の擦れ合う音が、ざわつくような落ち着かない恋心を連想させるからでしょうか?

 そこからの推察ですが、音が鳴る、または音が特徴的な木々には、民族や文化の違いを超えて、何か特別なものや親近感が感じられてきたのではないでしょうか?そういう音が鳴る木として重視された一種が竹だったと思います。

 神社やお寺のお祭りでは太鼓や笛などが用いられますが、それらの楽器は中が空洞です。大昔には銅鐸が作られ、それは後に鈴や鐘になり、祭祀で用いられたり、社殿や御堂の正面に吊るされて神仏への挨拶に使われます。

 しかし楽器や鈴、鐘などを人工的に作ることができるようになる以前は、自然の空洞の物体が珍重されたはずでしょう。その一つが竹です。
 ということは竹の貴重さは、自然つまり人の手が加わっていない、言わば神々がお造りになったそのままの形の空洞にあると考えられます。
 そしてその自然の空洞から音が発生する。ここに霊性が感じられたのではないでしょうか?

竹の霊性とシャーマン

 このようにみてくると、神事つまり神々との感応のために音を重視する考え方が一層際立ってきます。 
 しかし祭祀を行なう人間はただの音だけでなく、言葉を発することもできます。

 そこで思い出されるのが、日本神話に登場する武内宿禰というシャーマン。
 神々に感謝や祈りの言葉を捧げ、また神託を請い、受け取る能力を持ち、日本では「審神者(さにわ)」とも呼ばれます。
 一文字で「巫(ふ・かんなぎ)」とも表され、特に女性の場合を「巫」、男性は「覡」とし、併せて「巫覡(ふげき)」という言葉もあります。

 日本神話に記されるシャーマン武内宿禰の活躍はおよそ次のような感じです。
 14代仲哀天皇が九州の熊襲(くまそ)征伐のため現在の福岡市東区香椎の香椎宮古宮に御滞陣の折、神託を請うべく琴を弾いておられたところ、海を隔てた新羅を親征せよと神託を受けられますが、海の向こうには国など見えないとおっしゃって神託をお疑いになったため、俄かに崩御されました。
 神はさらに、神功皇后の胎内に宿っていた仲哀天皇の皇子が皇位を継承すべしと御託宣になります。
 そこで武内宿禰は神に、神の御名前と神功皇后の胎内の皇子の性別を質問されたところ、その神は住吉大神であり、皇子は男児であるとの神託を受けられました。

 ここは次の二点で日本の神話と信仰思想における極めて重要な部分になります。
 まず、男系男子による皇位継承原則が神慮として示されていることです。
 次に、神慮を疑い、神慮に反する者は天皇ですら神罰を蒙り、最悪の場合は生命を落とすことです。
 日本の皇位継承について考えるに当たって、これら二点は決して忘れてはならないと思います。

香椎宮付近に降臨するような雲(2023年5月11日己巳、香椎宮弁財天社縁日に参詣後の帰路撮影)


 さて、古事記では「建内宿禰」、日本書紀では「武内宿禰」と表記されますが、その末裔には「竹内」さんもいるようです。
 
「たけうち」という姓は、神仏との感応に必要な音を自然に発し、また人間が叩くことで音を発する「竹」に由来し、その音を発生させる「竹の内側」に籠る霊性を念頭に作られた姓ではないでしょうか?

 日本語では文字も大切ですが、それ以上に口を動かして発する言霊つまり音霊が重視されます。
 漢字は、個々の言霊にある特定のニュアンスを加えるために付されるものです。
 また漢字の意味に応じて読み方=言霊を変えるのも日本語独自の特徴です。

「たけうちのすくね」が「武内宿禰」や「建内宿禰」とされたのは、12代景行天皇以降の国内平定から神功皇后の新羅遠征などの軍事的成功を経て、15代応神天皇と16代仁徳天皇による国家再建まで歴代天皇を補佐した功績が念頭に置かれているのではないでしょうか?

 しかしそれら「武」や「建」の大元には、神々との感応のために用いられた神木「竹(たけ)」があると思います。
「武」は「ぶ」や「む」と読み、「建」は「けん」や「こん」で、それらは伝来時の中国での読みに近く、どう訛っても「たけ」にはなりません。
 しかし「竹」の音読みは「ちく」で、「たけ」はその訛りとも考えられます。
「たけ」と読む文字は「岳」や「嶽」など山岳信仰と関係する言葉もあり、さらに考察すべきことは多いですので、今回は「たけ」の言霊が武内宿禰のシャーマンとしての本来の役割や資質、能力を暗示するものという仮説を挙げるに留めておきましょう。
 
 そして「龍」に「竹」が加わると「籠(こも=KOMO)」る、と読みがK+母音とM+母音の組み合わせに変わるのは、「竹(たけ)」が自然のまま、つまり神々がお造りになったそのままの形で、「神(かみ=KAMI)」との感応に必要な音を発する神木だからだと思われます。

皇祖神天照大御神の奉祀に始まる福岡県新宮町の六所神社本殿と竹林(2022年11月30日朝撮影)

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