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漫画考察レビュー:『3月のライオン』の英題「March comes in like a lion」が意味するもの

皆さん、才能はありますか。

竹谷には、そう呼べるものが現在ありません。しかしそれでは万事生きるには大変だからと、道中拾った石ころを磨いて周囲に玉であると認めてもらえるよう、日々どうにかなりそうだと少し切歯扼腕しながら生きています。

今回のレビューを書くにあたり、「才能って何だろう」などと青そうなことを改めて考えました。もちろん、その答えは千差万別でしょうし、真の天才というような方々からすれば「考えたこともない」と一蹴されそうな問いだとも思います。

しばらく黙々と首を捻ってから、竹谷はこう考えるに到りました。

「これしかない」と言えること。

自分の中で「これしかない」と思えるような、何か心の拠り所となるような、漫画『進撃の巨人』で言うなら「酔っぱらえる」ようなもの。それは言い換えるに、「これならやれる」という肯定の言葉です。

バレーボールしかない、なら、バレーボールはできる。

ピクロスしかない、なら、ピクロスはできる。

「これならやれる」と胸を張って言えることが、竹谷にはまだありません。さりとて冷たいことに時間と世界は待ってくれないので、なんとか双方にしがみついている今です。

また、「才能がある」と自らを顧みて思うことと、周囲からそう認識されることは、似ているようでいてその実まったく異なったベクトルがあるように感じています。

たとえば、とある道のプロに中学生でなり、そこいらの大人より高給をもらう少年、と聞いたらどうでしょうか。「若いのにすごい」と多くの方々が称賛し、ひとによっては羨望や嫉妬を抱くかもしれません。

しかし当の少年は、自身をどう思っているのでしょうか。自身を才能の溢れる、稀有な人物だと評しているでしょうか。

それとも、自分など何もない、生きていても仕方のない人間だと、どこからともなく湧き出づる孤独感に苛まされているでしょうか。

さて、英国の春のことわざにこういうものがあります。

March comes in like a lion and goes out like a lamb.

みんな大好きDeepL翻訳にかけると「3月はライオンのように入ってきて、子羊のように出ていく」と訳されました。

アメリカのスーパーニュースメディアであるCNNの記事では、その意味をこう表現しています。

This well-known proverb means that March is a month in which you can experience a Lion's fierce roar of frigid cold, the long white teeth of biting winds that can cut through flesh; and the gentle softness, the warmth of fluffy white fleece, and the innocent kiss of sunshine like a docile newborn lamb.
https://edition.cnn.com/2021/03/02/weather/weather-proverb-march-lion-lamb/index.html

「この有名なことわざは、3月はライオンの猛烈な寒気の咆哮、肉を切り裂くような風の長い白い歯、そして生まれたばかりのおとなしい子羊のような優しい柔らかさ、ふわふわの白いフリースの暖かさ、無邪気な太陽の光のキスを体験できる月であることを意味しています」

イケメンDeepL翻訳さんにかかれば長文でもこの通りです。なんとも叙情的な表現のパレードですが、季節の変わり目である3月は荒々しく始まり穏やかな天気で終わる、というのが、このことわざの意と言えるでしょう。

そして、このことわざの前半部分を用いた英題が、副次的に付けられている漫画があります。

March comes in like a lion.

今回オススメする『3月のライオン』は、ひとが”才能”と向き合い苦しみもがくさまに心を打たれ、そしてひとが繋がっていくあたたかさに心が震える漫画です。

”天才”を放っておかない人々のあたたかさ

主人公の男子高校生・桐山零きりやまれいは、中学生にして将棋のプロとなり、天才と呼ばれる少年です。皆に注目され、倒したいライバル、または闘いたくない相手として認識されています。

しかし、桐山かれ自身は、ある種の呪いであるかのように、将棋漬けの毎日を送っています。ひたすら将棋に深々と没頭し、誰かと仲良くなることも上手にできず、痩せ細り、寝食もあまり意に介さないありさまです。

そのさなかのある日、桐山は、三姉妹とおじいちゃん、そしてたくさんのねこたちが暮らす川本家と出会い、なかば巻き込まれるようにして関係を築いていきます。

遠ざけん、と最初はぶっきらスティックでそっけない態度を取っていた桐山ですが、次第に心地良さを覚え、川本家からもらうあたたかさを伝導していくかのごとくに、周囲の人々ともゆっくりと交誼が結ばれていきます。

その人々が、本当にかっこいい。

桐山の人生の場と言える将棋界、学校、自宅それぞれに、かれを放っておかない人々がいます。個人的には、島田開しまだかい八段という作中屈指の渋い棋士が大好きです。『3月のライオン』はアニメ化されているのですが、島田を担当した声優・三木眞一郎さんの演技もぜひ聴いていただきたいです。

放っておかない、という姿勢は、全人類に先天的に備わっているものではなく、個々人の意志の強さによるものだと思っています。

優しいひとは、優しくあろうと努力しているひとです。どうでもいい、と無視する方が気楽で簡単であるにもかかわらず、あえて難しい道を採らんとするひとたちです。

桐山のまわりには、強くあろうと思うひとたちが集まり、かれは徐々に頼ることを覚えていきます。

そして、そういう人々が桐山を思いやり、手助けするのは、桐山にそうさせる何かがあるからです。かれの生い立ちは、読んでいて時折つらさを覚えるほど、悲しくて苦しいものです。

それでも、折れず腐らず、桐山は闘ってきました。

だからこそ、かれがもっと安らかに日々を過ごしていけるよう、川本家の皆や学校の先生や友人、そして棋士たちは、桐山に歩みを寄せてくれるのでしょう。

そして、これは持論ですが、物事は基本的に、振り子のバランスで成り立っていると考えています。押すと、その善し悪しを問わず、同量が戻ってきます。

陰口を叩けば叩かれるし、優しくあろうと努めれば優しくされるし、お金は使えば入ってきます。

”頼る”ことを覚えた桐山に、次に待っているのは”頼られる”ことです。

人生順風満帆で一片の憂い事なし、というひとはいません。皆が皆、未来に対する不安や恐怖、過去から追いかけてくる罪悪を抱えながら、一向に正解の定かならぬ現在を選び取って生きています。当然、桐山を放っておかないひとたちにもまた、かれらの人生があります。

それはまさに、3月の始まりの気候のように、人生の荒々しい高波に正面相対せざるを得ない時もあるはずです。

不器用だけど素直で優しい少年は、易々とは穏やかになりそうにない、恩人たちの天候を前にどう立ち向かっていくのか。もらったあたたかさを返していこうと日進月歩していく桐山の姿に、得も言われぬ熱さを覚えます。

羽海野チカ先生の絵のあたたかさ

さて、漫画『呪術廻戦』の領域展開風に申せば”無期限随時減量中”の太ましい身ではあるのですが、先日久々にサッポロ一番のカップラーメンを食べるという甘美な罪を犯しました。

こちらはなんと『3月のライオン』とのコラボで、羽海野チカ先生の描き下ろしイラストが入っています。

描かれたイラストをまじまじと観ながら、羽海野チカ先生の絵は本当に優しくてあたたかいなあと思いました。

読んでいて時折つらさを覚える、と先ほど書きましたが、それでもどんどんページをめくっていけるのは、先生の絵そのものの優しさが、ずっと漫画の根底を流れているからだと思いました。

ちなみに、めくると言えばこのカップラーメン、フタの裏側にもイラストが描かれています。

モモちゃんかわいい、とほんわか和みながらフタをペリペリと剥がしきってのち気づいたのですが、お湯を注ぐ前にふたを取り払ってしまっていました。こんなことは人生で初めてです。

この時の竹谷は軽いパニックに陥り、冷静に考えればそんなわけはないのですが、もうこのカップラーメンの麺を完全に戻すことはできない、と途方に暮れていました。「家畜に神はいないっ!!」という剣士アルガスの台詞が頭を過ぎるほどでした。

そのままモモちゃんとねこさんの絵を眺め、少し笑ってから、この写真を撮りました。我ながら、なかなか哀愁のある画ではないでしょうか。

もう一度、『3月のライオン』の副題を書きます。

March comes in like a lion.

この由来となったことわざの後半部分「goes out like a lamb」は、まさに羽海野チカ先生の絵を表しているのかもしれない。そんなことを、剥がれたフタのイラストを眺めながら思い、勇み立ってデスクに向かったというのが、このレビューの発端です。

また、最後となりますが、3月は棋士の方々にとって非常に重要な月だそうです。

順位戦は六月にはじまり月1局ずつ、三月までかけてやります。三月の最終局に昇級(降級)をかけた棋士は、この漫画のタイトル通り、ライオンになるのです。
『3月のライオン』2巻P124、先崎学のライオン将棋コラムより

獅子の如く強くあらねば、棋士として生きていけない。その生き方を選ぶすべての棋士の皆さんの決意と覚悟に、最大の敬意を表します。

そして、『3月のライオン』に登場するすべてのひとたちが、子羊の「ふわふわの白いフリース」のように、優しくやわらかい物語を紡いでいきますように。


お読みくださりありがとうございました!

東京都府中には「らいおんラーメン」というお店があり、3月にそこでラーメンをいただきながら「3月のらいおんラーメン」という愚行を犯そうとして留まりました。危ないところでした。

2022年1月24日追記:
ありったけの熱量で書いたことを評価していただいたのか、note公式の方がツイートしてくださり、200を超えるスキを頂戴した思い入れ深いレビューです(東京マンガビュアーズさんの全記事中1位のスキ数となりました)。

▽株式会社ミリアッシュはイラスト制作会社です▽

▼岡山のeスポーツ会社DEPORTARデポルターレを設立しました▼

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