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漫画考察レビュー:『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎少年は神話となる

※こちらの記事は、2020年10月20日に漫画メディア「東京マンガレビュアーズ」で公開されていたものを一部修正し再掲載しています。情報が古い場合がございますので、あらかじめご了承ください。

3つの「英雄・ヒーロー」の意味

英雄という言葉があります。「才覚や膂力りょりょくでもって崇められるような男性」といった意味で、豪傑と換言することもできます。歴史上の人物で言うなら、フランスのナポレオン・ボナパルトや古代ギリシャのアレクサンドロス大王、日本ではみんな大好き織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などでしょうか。

そして英雄は、英語では「ヒーローhero)」です。大人気漫画『僕のヒーローアカデミア』や先日新シリーズが発表されたアニメ「TIGER & BUNNYタイバニ」のように、窮地に陥ると助けに来てくれる超人で、スーツを着ていたり、マスクを被っていたり、変身するようなイメージが竹谷にはあります。海外では、マーベル・シネマティック・ユニバースMCUという最高連作映画「アベンジャーズ」シリーズや、DCコミックスのスーパーマンやバットマン等に、共通因数を感じる方も少なくないように思います。

ヒーローは「hero」とつづりますが、この言葉のそもそもの意味をたどると「半神」を表していたそうです。文字通り「神と人の子」を指し、ギリシャ神話のヘラクレスやアキレウスはまさに半神デミゴッドです。先に述べたアレクサンドロス大王はヘラクレスとアキレウスが祖先らしく、血統的にもヒーローで、事業実績もヒーローである稀有な人間です。

信じられないような力を持つ神や半神、そして勇知溢れる人物は語りやすく、つまり物語として伝承するに易かったのか、17世紀ほどより物語の主人公そのものがヒーローと呼ばれるようになりました。

週刊少年ジャンプのキャラクターたちが出るアプリゲームに『ジャンプチ ヒーローズ』というものがありますが、このヒーローズという言葉から「ジャンプの主人公(級)たちが登場するゲームなのだろう」と推測することは難しくありません。

つまり、ヒーローは大別するに3つの意味を宿した言葉と言えます。

  1. 勇気と才智ある人物、豪傑

  2. 半神

  3. 物語の主人公

現在まさに公開中の映画「劇場版 『鬼滅の刃』 無限列車編」、その原作漫画『鬼滅の刃』のヒーローは言わずもがな竈門炭治郎かまどたんじろうです。そして彼は、前述したヒーローの意味をすべて網羅したキャラクターなのではないかと考えるに至り、せっかくなら大変そうな「②半神」について書こうと勢いよくアクセルを踏み、このたび打鍵だけんを始めた次第です。

半神となる人間、竈門炭治郎

「少年よ 神話になれ」というフレーズを聞いたことのある方は、多いのではないでしょうか。

ちょうど来たる2021年1月23日公開と発表された『シン・エヴァンゲリオン劇場版』のテレビアニメの主題歌『残酷な天使のテーゼ』の句です。1995年発売のこの歌は、25年たつ今もカラオケで上位ランカーを維持しています。

ここでの「少年」がエヴァンゲリオンのヒーローであるいかりシンジを指すのは多くの方が頷けることと思いますが、では「神話になれ」とはどういうことでしょうか。

これは竹谷のやわらか持論ですが、神話になるには、まさしく神に仲間入りするしかありません。したがって碇シンジに神へなるよう促している歌であると言えます(シンジの名の意味が「神次」という説をどこかで見聞きしたような)。

そして碇シンジと竈門炭治郎には、人間でありながら神、つまり半神となるための要素が含まれています。小難しいことを賢しらに申すと、ユング心理学の元型(無意識下で共通的なイメージ)のひとつに「英雄」というピースがあり、世界中のさまざまな神話伝承の中に出てくる「英雄」は、示し合わせたわけでもないのに共通点をいくつも有しています(シンクロニシティと呼ばれます)。

たとえば、「母の不在」は英雄を英雄たらしむる要素としてかなり有力なものだそうです。碇シンジや竈門炭治郎以外にも、漫画の主人公に母が不在、もしくは登場せず語られず、というのは少なくないように思います。人類はすべて母より生まれます。その生まれた存在をなくすことは、人が人でなくなる物語ために必要な過程なのかもしれません。

さて、竈門炭治郎に焦点を絞ると、物語始点の彼は頑丈な体を備えた頭の固そうな少年であり、人間です。家族がいて、母もいます。

その母と家族が鬼に惨殺され、鬼へと化してしまった妹の禰豆子ねずこを元に戻すため、鬼と接しても殺されずに話を聞き出せるよう、炭治郎は鬼を殺す組織「鬼殺隊きさつたい」の育手そだて鱗滝左近次うろこだきさこんじのもとで尋常ではない鍛錬を始めます(復讐のためではないのが、なんとも炭治郎らしいと思います)。

そして鬼殺隊の最終選別へ行く条件として鱗滝の提示した試練は、「巨岩を斬る」ことでした。岩には割れたり斬られたりした形跡がないので、当然ですが過去に誰も斬ることのできなかった岩です。岩の修業は、『ドラゴンボール』の亀仙人を彷彿とさせますね。

ここで見ていただきたいのは、岩です。

『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴/集英社)1巻より引用

「しめ縄」がされています。神社などで見かけるしめ縄は、外界と神域を隔てるものとして使われます。日本書紀や古事記にある「天照大御神あまてらすおおみかみ天岩戸あめのいわと隠れ」において、天照大御神を二度と引きこもらせないよう戸を塞いだ縄に由来しているのだそうです。

炭治郎がこの岩を斬れば、自ずとしめ縄も斬ることとなります。つまり、鱗滝の意図したところではないとは思いますが、この試練は炭治郎に神域への扉を開かせる契機となりました。

それを証明するかのように、この岩を斬る際の炭治郎は少年・錆兎さびとと少女・真菰まこもと不思議な邂逅を果たし、気づけば岩など放ったらかしで来る日も来る日も錆兎と手合わせをし、やっと勝てたと思ったら岩を斬っていました。『鬼滅の刃』で竹谷の覚えている限り、白昼夢のようなものを炭治郎が見るのは、後先併せてこの場面だけだったように思います。この鍛錬のくだりが「炭治郎日記」という題なのも、その巧みな演出に涎がつつと垂れます。日記は炭治郎が書いている、つまりあくまで「炭治郎によれば」という主観で、事実の定かでない内容が描けるからです。

とがった見方をするなら、神域へ達するためのトランス状態を半年もの長期間続けていたことになります。その果てに、鬼を滅ぼすための日輪刀にちりんとうでもない普通の刀で炭治郎は岩を、しめ縄を斬り、神の領域へ届いたのです。そう考えると、錆兎と真菰は、天からの使いという役割なのかもしれません。

太陽と月、それぞれの神同士の戦い

無事に最終選別を終えた炭治郎は、日輪刀と連絡用手段として鎹鴉かすがいがらすをもらいます。

『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴/集英社)2巻より引用

神話に出てくる烏の筆頭格に八咫烏やたがらすがいますが、八咫烏は太陽の化身であるとされています。また、先ほど岩の神話で挙例した天照大御神は太陽神の性格を帯びています。竹谷の好きなバレーボール漫画『ハイキュー!!』でも、主人公の名が日向翔陽ひなたしょうようと全幅に太陽由来なのですが、彼の属する高校は”からす高校、つまり太陽性が備わっています。

ちなみに、ひげまんじゅうのようにふわふわな推測ですが、戦友となる我妻善逸あがつまぜんいつの鎹鴉が雀なのは、古代中国で用いられた季節の区分「七十二候」において、春分グループに「雀始巣すずめはじめてすくう」と「雷乃発声かみなりすなわちこえをはっす」があるからではないかと勝手に思っています。

日輪刀はもう名が体を表していますが、炭治郎の日輪刀を打った鋼鐵塚蛍はがねづかほたるの説明を見てみます。

『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴/集英社)2巻より引用

太陽に一番近い山・陽光山ようこうざんで取れる砂鉄・猩々緋砂鉄しょうじょうひさてつと鉱石・猩々緋鉱石しょうじょうひこうせきを原料として、日輪刀は生まれます。炭治郎に太陽(日・火)の力が続々と備わっていくのが伝わってきます。猩々は架空の動物で、赤い衣をまとった猿のような生きものだとか。同じく日本を舞台にしたゲーム『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE | 隻狼』にも猩々というキャラクターがいるのですが、彼もまた火に近しい存在で、共通点にこっそりとニヤけています。それにしても、玄関先で説明を始める鋼鐵塚に対し「いいから家に入って」と困り顔な炭治郎が本当に好きです。

一方、鬼の頂点である鬼舞辻無惨きぶつじむざんを見ると、彼はとにかく月の力をまとっています。

まず、鬼は太陽の下を歩けません。したがって活動的になるのは夜、つまり太陽の代わりに月が輝く間のみです。かれの眷属の中でも強靭な鬼たちは十二鬼月じゅうにきづきとされ、十二鬼月はさらに上弦・下弦と分かれます。すべて月に由来していますし、炭治郎と無惨が初めて遭遇し、堅固な因縁が作られる時、無惨が人間として名乗っていた名は「月彦つきひこ」です。

『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴/集英社)より引用

無惨は太陽を克服したい、というモチベーションで行動しています。それはつまり太陽へ憧れているようにも見え、だからこそ対照的に月の力を徹底して集めているのかもしれません(物語後半の核心に迫るためここでは割愛しますが、「月」の力の中でもトップクラスのものを、無惨は手中に収めています)。

月の悪神である無惨が唯一どうにもならないのが太陽だけであり、したがって太陽の力を蓄積しつつある炭治郎は増しに脅威となるわけです。

そしてその炭治郎にも唯一、太陽の神へとなりゆくためには足らない要素があります。

炭治郎が覚えた「呼吸」、人に人ならざる力を与える技法は、「水」なのです。

『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴/集英社)1巻より引用

太陽は火の塊です(科学的に述べると違うかもしれませんが)。水、海、湖といった言葉に「み」が含まれ、かつてはその音だけで「水」を意味していたように、陽と日と火の読み方が「ひ」なのも偶然ではないと思います。つまり、炭治郎は太陽神天照大御神あまてらすおおみかみめいた岩としめ縄を斬り神域に届き、太陽の化身である烏を共にし、天高い山で太陽を多量に浴びた石で作られた刀をき、しかしそれでいて水の技を用いるのです。

ゆえに炭治郎は半神を進む過程にあり、神へ至る要素はまだ補完されていません。もし彼の技に太陽が加わったとしたら、その時は満を持して太陽神へと成る時なのでしょう。

それと、これはあまり太陽神とは関係ありませんが、炭治郎のどこまでも深い優しさは、太陽のようにぽかぽかとしているなあといつも思います。どんな境遇になったとしても、こういう人間でありたいものです。

あたたかな太陽の半神ヒーローと冷ややかな月の悪神との戦いは、週刊少年ジャンプでは完結し、現在劇場版公開、そして2020年12月4日にいよいよ最終23巻の発売となっています。この記事を書いているのは映画公開日2020年10月16日の翌日なのですが、SNSは『鬼滅の刃』に関する投稿で老若男女の熱いパトスがほとばしっています。

この熱狂はもはや、神を慕うそれではないでしょうか。

お読みくださりありがとうございました。


イラスト・ゲームイラスト制作会社ミリアッシュ代表竹谷彰人のTwitter用バナーです。竹谷の似顔絵が描かれています。

「全チュウチュウ、ねずみの呼吸!」という超ド級にくだらないネタを本文に挟もうと思って挟めなかった秋雨の下で。

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