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【取材記事】障がいの垣根を超えて海を楽しむユニバーサルなビーチを全国へ! “車いすでは海を楽しめない“の既成概念をぶち破る「ユニバーサルビーチプロジェクト」の挑戦

「車いすでは海を楽しめない」という既成概念をぶち破りたい——。そんな想いから、障がいの有無を問わず、海を楽しめる環境を全国に普及する活動を行うNPO法人須磨ユニバーサルビーチプロジェクト。神戸の須磨海岸を拠点に、「ビーチマット」を用いた砂浜のバリアフリー化を実現するほか、水陸両用車いす「ヒッポキャンプ」を導入して、誰もが海を楽しめる“ユニバーサルデザインなビーチ” を作るプロジェクトを進めています。

これまで延べ20県、23箇所のビーチでユニバーサル化を実施。令和3年度からは、中学社会公民の教科書に「SDGs達成に向けた先進事例」として掲載され、その取り組みが注目を集めています。今回は、NPO法人須磨ユニバーサルビーチプロジェクト事務局長の土原翔吾さんにプロジェクト立ち上げの経緯や活動への想い、今後の展望について伺いました。

お話を伺った方

土原翔吾(つちはら しょうご)様
NPO法人須磨ユニバーサルビーチプロジェクト事務局長
神戸大学大学院修了。理科教師をしていたが、不登校生徒の出会いと代表木戸との出会いをきっかけに教師を辞める。フリーランスで広報・事業支援をしながら、須磨ユニバーサルビーチプロジェクトの運営に携わる。ひょうごユニバーサル社会づくり賞、IAUD国際ユニバーサルデザイン賞金賞、教育出版中学公民の教科書掲載。妻の地元の稲美町に移住し、町長選挙に出馬。平成生まれ初の町長を目指した。2022年10月より就労支援事業所B型を立ち上げ予定。



オーストラリアで目にした「ビーチマット」の存在。「車いすで海を楽しむ」という前例のない体験を日本で広めたい

砂浜の走行をサポートする「ビーチマット」と車イスに乗ったまま海に入れる「ヒッポキャンプ(水陸両用車イス)」

mySDG編集部:まずはじめに「ユニバーサルビーチプロジェクト」とは、どんなプロジェクトなのでしょうか?

土原さん
:「みんなが海を楽しめるようにしよう」というプロジェクトなんですが、“みんな”というのは障がいのある方をはじめベビーカーを使用する子育て世代やお年寄りといった多様な方々を対象としています。障がいをお持ちだと、海に入れない、山に遊びに行けないと思いがちなんですが、サポートするアイテムであったり、アイデアであったり、人の優しさで誰もが海を楽しめるようにしようというのがプロジェクトの目的です。

mySDG編集部:2016年に神戸・須磨の海好きな12人の有志メンバーから始まったということですが、活動のきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

土原さん:車いすユーザであるユニバーサルビーチプロジェクト代表の木戸俊介がリバビリでオーストラリアを訪れた際、車椅子でも砂浜を進めるよう「ビーチマット」を敷いて、海を楽しんでいる人々の光景を目にしたそうです。そこから「日本でもやりたい」と声を上げたのが最初のきっかけになります。

紆余曲折を経てアメリカからの輸入に踏み切った「ビーチマット」。クラウドファンディングで159万円の支援を集め、無事導入に至る。

土原さん:そうですね。僕も木戸と出会い、ほかのメンバーとともに活動を始めました。その後、神戸ライフセービングクラブに所属する、日本で唯一の車椅子ライフセーバーである古中信也さんとの出会いが大きな転機になります。ちょうどその頃、ユニバーサルビーチを目指してビーチマットの導入を検討していた時期だったのですが、神戸ライフセービングクラブとオーストラリアのライフセービングクラブが姉妹提携をしていることがわかり、一気に導入が加速します。

そこから本格的に日本導入に向けて動くことになり、「日本でやるならどこでやる?」となったんです。活動に携わっていたメンバーは神戸にゆかりのある方々ばかりだったので、地元神戸でみんなが楽しめる海を作っていこうということで、本格始動したという経緯です。

mySDG編集部:なるほど。ビーチマットの存在は、車いすユーザーにとって海を楽しむために欠かせないもののように感じます。なぜこれまで日本にはなかったのか不思議に感じるほどです。

ヒッポキャンプ(水陸両用車イス)導入のために寄付金82万円が集まり、「車いすのまま海を楽しむ」を実現。

土原さん:まさにその通りですよね。そもそも車いすで海に入りたいと考える人はいないという先入観があったからかもしれません。単純に、「車いすで海に入る」選択肢がないから誰もやらなかっただけなんですけどね。神戸市に提案した際も、そういった疑問の声が上がったんです。なので僕らとしては、「車いすで海に入る」という今までしたことがない体験ができるんだったら人は絶対に来ると説得してやり始めました。案の定といいますか、「海に入れるんだ。じゃあ行こう!」という感覚で、たくさんの方に来ていただけて非常にうれしかったですね。

「娘のあんなうれしそうな顔を見るのは初めて」 参加者の声がすべての原動力に

娘さんの見たことのない笑顔に思わずお父様も服のまま海の中へ……!

mySDG編集部:実際にユニバーサルビーチプロジェクトに参加されたご家族からは、どんな感想があがっているのでしょうか? うれしかった感想や意外だった発見などあれば、ぜひお伺いしたいです。

土原さん
: これまでもスタッフやボランティアのメンバー間で語り継がれるようなエピソードは本当に色々あります。なかでも印象的だったのは、僕らの活動を見て、初めて遊びに来てくださったあるご家族のエピソードです。娘さんが障がいを持たれていて、これまで一度も海に入ったことがないと。来られたときは、娘さんだけ海に入る予定だったので、ご両親は水着をお持ちではなかったんです。

ところが、実際に娘さんが海に入られてうれしそうな表情を見ているうちに、お父様まで思わず服のまま海に入られてしまって……! ずぶ濡れの状態で「どうやって帰りましょう」みたいな感じになってしまっているんですが、「娘のあんなうれしそうな顔を見るのは初めてだから」ってお父様まですごく笑顔でイキイキされていました。あらためて、このプロジェクトは「実現できると思わなかったことを体験してもらえる場所」なんだなと、その光景を見たメンバーも心にグッとくるものがありました。

mySDG編集部:本人だけじゃなく、周囲を支える家族の方もかなり喜んでくださるんですね。

土原さん:そうですね。一方で、車いすユーザーの男性の方が小さなお子さんを連れて来られるケースもありました。お子さんはまだ言葉ではうまく表現できないんですが、パパと一緒に海に入れたのがすごくうれしかったみたいで。「息子もこんなにテンション上がるんですね」と、これまで見たことのないお子さんの表情を見て、感動されていましたね。

mySDG編集部:うわー、それはうれしいですね! ほかのエピソードもまだまだお伺いしたいです。

土原さん:娘さんが小さいときに、お父さまが事故に遭い、車いすで生活されているご家族がいらっしゃいました。娘さんは、「友達は海にもキャンプに行ってるから、私も行きたい」と言うものの、ご両親は「今はまだ行けないよ」となかなか応じることができなかったそうです。そのうち娘さんが大きくなるにつれて、だんだんそういうことも口にしなくなったようで……。お父さんは車いすだから、仕方ないと。

するとある日、娘さんがうれしそうにやって来て「パパ、ここだったら一緒に行けるよ」って、僕らのホームページを見つけてくれたみたいなんです。僕らの活動であれば、一緒に海に入れるというのを知って、「ここに行こうよ」ってお父様に声をかけて来てくれたっていう。そのエピソードを話すお父様がめちゃめちゃ幸せそうでしたね。こういうエピソードが山ほどあるので、僕らもずっとやり続けられていられる感じです。

続けるために直面する「人」と「お金」の課題。個人・団体・企業など、想いを共有する仲間の存在で突破していく

海辺で行われるさまざまなイベントにも「ビーチマット」の活用で車いすでの参加が可能に。

mySDG編集部: SDGsの活動もそうですが、活動自体が直接売り上げにつながるわけではなく、さらに成果が定量化できるわけでもないので、続けるのが難しいという声を企業様からお聞きすることがあります。今回のユニバーサルビーチプロジェクトについても続けることのハードルの高さを感じられていますか?

土原さん:ハードルは高いですね。まず課題が2つあって、1つ目が「人の課題」、2つ目が「お金の課題」です。人の課題に関しては、手伝ってくれる人がどこまでいるのか。やはりビーチマットを敷いたり、車いすで海に入る際にサポートしたりするボランティアの数は結構な人数が必要なので、どうやって確保していくかですね。

2つ目のお金の課題は、ヒッポキャンプ(水陸両用車いす)やビーチマットにかかる費用についてです。海外製なのでやはり価格が高いんですよね。なので僕らとしては、海外と直接契約して、できるだけ安く導入できるようにしたり、日本財団様と共同して導入コストを抑える取り組みを行ったり、僕らの方で導入コストの課題を解決できたらいいなと動いています。

mySDG編集部:なるほど。人の課題でいうと、例えば1回開催するに当たってどれくらいの人数規模があれば成り立つものなんですか?

土原さん:いらっしゃる方にもよりますけど、5〜10人いれば大丈夫ですね。とはいえ、期間中に同じ人にずっと来てもらうのは難しいので、メンバーは友達に声をかけて呼んできてもらったりして、どんどん周りを巻き込んでボランティアを集めるよう心がけています。メンバーが交互に参加するとして、コミュニティとして100人200人ぐらいいれば、ずっと回るという感じでしょうか。さすかに難しいですよね。やはり続けないと人は増えていかないし、増えていく状態になるまで旗を振り続けるのってすごく大変なんですよね。

mySDG編集部:実際にお話を伺うと、こうしてボランティアの方々が集まって続いているということが本当に奇跡に近いことだなと思いました。

土原さん:ありがとうございます。現在のボランティアメンバーは、子育てが一段落された50代の方が多いので、今後は若い方にも広めていきたいですね。ボランティア活動を通して、得られる経験は本当にたくさんあるので、そのあたりを今後はしっかり発信していきたいと思います。

「大きな世界は小さなチャレンジからはじまる」 体験を通して挑戦する心を応援したい

ユニバーサルビーチプロジェクトのメンバー。これまで600人以上ものボランティアに支えられプロジェクトを実施している。

mySDG編集部:では最後に、今後の展望や読者の方々へのメッセージなどをお聞かせいただけますか。

土原さん
:わかりやすい部分でいくと、まず一つ目の展望は活動を全国に広めていくことです。これまで延べ20県、23箇所のビーチで出張ユニバールビーチを開催し、姉妹プロジェクトとして南知多(愛知)では「一般社団法人南知多ユニバーサルビーチプロジェクト」、福岡県ももち浜では「特定非営利活動法人ももち浜ユニバーサルビーチプロジェクト」が発足され、連携しながら活動を開始しています。今後はさらに全国北から南まであらゆるビーチで誰もが海を楽しめる環境を実現していきたいと考えています。

そして2つ目は、海以外にも山とかキャンプとか田植えとか、いろんなアクティビティを追加していくことです。僕らとしては、「みんなの『できない』を『できた!』に変える」を合言葉に掲げていて、体験を通してチャレンジのきっかけづくりを大切にしています。「もっとポジティブに挑戦していこう」「大きな挑戦は小さな挑戦から始まるよ」ということを打ち出していけたらいいなと思っています。

「出張ユニバーサルビーチ」と名付け、全国各地に「ビーチマット」と「ヒッポキャンプ(水陸両用車いす)」をレンタルしている。

土原さん:そうですね。「大きな世界は小さなチャレンジからはじまる」という言葉をメンバーとともに考えたのですが、海や山を超えて、一つの体験を積み重ねていく。そんなチャレンジをもっともっと応援していけたらいいなと思っています。

mySDG編集部:素晴らしいですね。ぜひ多くの若者たちに活動を知ってもらい、人の課題を解決して、今後全国に活動が根付くといいですね。土原さん、本日はありがとうございました。

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