米国バイデン政権によるOECDブループリント(第1の柱)に対する評価――包摂的枠組み会合運営委員会におけるプレゼン資料(2021年4月8日)の紹介

1.バイデン政権の目指す税制改革

バイデン政権の税制改革に向けた姿勢としては、共和党政権下で進められた2017年税制改革(Tax Cuts and Jobs Act of 2017, TCJA)で大きく引き下げられた法人税率の回復(28%への引上げ)とともに様々な増税策を打ち出すことが表明されている。

その中で注目されたのが、多国籍企業の利益移転に対する強硬な姿勢である。GILTI税制の強化策とあわせて、「底辺への競争」の終焉と題したパートでは、BEATをSHIELD (Stopping Harmful Inversions and Ending Low-tax Developments)に置き換えることで、他の経済大国(large economies)に対して最低税負担の確保に向けた取組を促すことが宣言された。SHIELD税制は、軽課税国への所得移転についてアメリカ税法上の損金算入を否定し、源泉地国としてのアメリカが他国の設定する税水準に影響を及ぼすことを目指している。これは、OECD/G20が進めている国際課税見直しの第2の柱、特にUTPRに対応するものと位置付けられよう。

こうして、バイデン政権が第2の柱(最低税率の国際的合意)に対する支持を公にし、その国内法制化の意欲を表明したことから、かえって第1の柱に対する態度は消極的なものではないかと考えられていた。

なぜなら、トランプ政権が、OECD/G20の協議の場において進められている第1の柱に関する議論(市場国への課税権の再配分)に否定的であったのは、アメリカの議会の意見を反映したものだと前交渉担当者のHarter氏が明らかにしていたからである。2020年選挙後の上院は民主党・共和党が50-50で同数であり、条約批准が難しい状況は依然として変わらない以上、アメリカの消極的な態度の象徴であったセーフハーバー提案をイエレン財務長官が撤回したと報じられながらも、法律・条約の改正が必要な第1の柱にアメリカが合意するとは私は考えていなかった(第1の柱と第2の柱の切離しを目指していると考えていた)。

そのさなか、アメリカが課税権の再配分について新たな提案を行なったというニュースが流れた。ここでは、その内容を概観し、今後の影響について検討してみたい。なおプレゼン資料は、購読しているLaw360から入手した。

2.OECD/G20プロジェクトに関するアメリカの提案

プレゼン資料は、第1の柱に関して、複雑さ、特に「範囲と関連する執行上の問題」が合意を妨げていると指摘する。さらに、「アメリカは、アメリカ企業に対して差別的となる結果を受け入れることできない」と強調している。
では何が複雑化をもたらしているかといえば、自動化されたデジタルサービス(ADS)と消費者向けビジネス(CFB)を他の経済活動から区別する明確な目的も原則もないことだと述べている。

ここでアメリカが提案するのは、「量的基準(quantitative criteria)」に基づく包括的な適用範囲(comprehensive scoping)の設計である。ブループリントで示された再配分対象利益の水準を維持しつつ、適用対象となる多国籍企業グループを100社未満にとどめることで、主観的な適用範囲の区別を最小化し、執行可能性を実現することを意図したものと説明されている。

具体的な量的スクリーニング基準は次の2つの要素に注目する。

・収入:総収入(total revenue)閾値は容易に適用でき、多くの多国籍企業を第一段階で排除できる。
・利益マージン:利益マージン閾値は、もっとも無形資産に駆動され、もっとも収益性が高く、かつもっとも利益移転の可能性が高い多国籍企業を確定することに役立つ。

第1の柱に関するその他の構成ブロックについては、次のような評価が簡潔に与えられている。

・ネクサス(nexus)
アメリカは、第1の柱が途上国に便益を与えることを確保するために、閾値設定について柔軟な姿勢を示すとしている。
・事業区分(segmentation)
ビジネスラインに区分することを排除または最小化するアプローチを支持する。
・税の安定性(tax certainty)
税の安定性がアメリカにとって重要な政策目標であることは、変わらず強調されている。拘束的な、例外を許さない(non-optional)紛争予防・解決手続が税の安定性の重要な側面であることを指摘し、ブループリントの税の安定性に関するパートで示された方向を広範に支持すると表明している。
・その他の構成ブロック
その他の構成ブロックについては、一般的に望ましい方向に進んでいると評価している。

結果として、アメリカの新提案と報道された内容は、ブループリントが想定した適用範囲の事業基準(ADS+CFB)を解体し、収入閾値および利益マージン閾値という量的基準に置き換えること、そしてその結果として適用対象企業を100社未満に絞り込むことを提案するものであった。その意味では、これまでOECD/G20において積み上げられた議論を覆すものではなく、「新しい」提案と呼ぶのは誤解を招くであろう。
プレゼン資料では、このほかの論点にあまり記述が割かれていないのは上述の通りである。課税権の再配分の適用対象となった多国籍企業グループについては、ブループリントで示された対象利益の算定や配分方法(収入を市場国に紐づけるソーシングルール、利益配分など)に関するルールを大きく変更することまでアメリカは意図していないのではないかと思われる(なお、ネクサスについては緩和を許容することが示唆されている)。また、利益Bに関するルールについては沈黙している。

3.提案の影響

ブループリントで示された第1の柱の適用範囲における「原則の欠如」は、すでに実務家からも指摘されていた。多国間交渉の宿痾として恣意的な線引きが行われており、合意形成のためには、大きな影響を受ける産業界の納得感が失われている状況を克服する必要があった。
今回のアメリカ政府の提案は、”稼ぎすぎている”多国籍企業(特にIT系企業)への課税問題が動機となった今回の議論の出発点に立ち返るものといえるかもしれない。突然降って湧いた「消費者向けビジネス」という類型に驚いた企業も胸をなでおろすに違いない。

もっとも、量的スクリーニングという言葉自体は、2020年6月にGrinberg教授名義で公表された提言に登場していた。Grinberg教授は共和党との距離が近く、当時の財務省関係者と議論した結果を公表したのではないかと推測される(なお、Grinberg教授はバイデン政権で財務省のDeputy Assistant Secretary (Multilateral Negotiations)に任命されている)。
ただ、この際に示された要素は、売上テスト(turnover test)および多国籍企業利益率テスト(MNE profitability test)にとどまることなく、些少残余利益テスト(de minimis residual profits test)、活動スクリーン(activities screen)といったテストを用意するものであった。これらの追加的なテストは、包摂的枠組み会合の掲げた適用枠組みを量的に構成するためのものであって(例えば、活動スクリーンは、消費者ブランディング活動(consumer-branding activity)および質量なき規模(scale without mass)を特定するために要求されるテストである。)、包摂的枠組み会合で行われていた議論の枠内に踏みとどまることを意識した結果であったのかもしれない。

また、Harter氏が、ドイツが雇用者当たり利益および有形資産に係るリターンを閾値とする量的基準を提案したことを紹介していた。逆にいえば、こうした量的基準が採用されなかった理由(反対国の存在)があったのではないかと推測される。つまり、量的基準によって過剰包摂(over-inclusive)がもたらされると考えられたのではないだろうか。それがいかなる事業かは不明であるが(たしかに資源や金融が含まれそうだ)、2021年において、この理由が消滅したわけでもなかろう。今回の提案によって、質的基準(ADS+CFB)が量的基準に置き換えられ、OECD/G20での合意が成立すると楽観的に考えるわけにもいかない。

こうした疑問は残るが、さしあたりサンタマン氏は歓迎の意向を表明している。国際課税ルールの見直しを強く訴えていたフランスも、大規模なデジタル企業が含まれることを理由に、「非常に前向きで建設的」な提案だと評価しているようだ。

簡単に見た通り、今回の提案は、アメリカ政府が第1の柱に合意する条件(量的基準の採用+対象100社未満)を公にした点が重要であるように思われる。アメリカが「譲歩」したというイメージの流布は、バイデン政権の多国間主義の尊重姿勢を歓迎する雰囲気とあいまって、合意を後押しするものとなるかもしれない。合意自体の価値(混沌の回避)を強調してきたOECD事務局にとっては、関係国を説得する重要な材料となろう。

最後に、たとえ合意が成立しても議会を通るかは不確実なのがアメリカ政治の難しさである。もっとも、実質的にトランプ政権下におけるポジションの焼き直しであるので、議会の支持を広範に得る見通しもそれなりにあるのかもしれない(と期待したい)。


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