見出し画像

九州のこと(その2)

旅人の朝は早い。

朝6時、私は福岡市中央区の唐人町駅にいた。そう、PayPayドームでドラクエウォークのおみやげを手に入れるためである。

駅からドームまでは若干の距離がある。知らない街での早朝散歩。悪くない。

途中、珍妙なモニュメントに出会った。

「健腸長寿」とある。ヤクルト発祥の地だそうだ。色合いがコカコーラゼロなのは見逃してやってほしい。

スーパー大企業であるヤクルトが生まれた地となれば記念碑が建つのは当然だが、なんというか、小さいのだ。
小柄な私でも上から余裕で覗き込めるくらい小さい。

もっとも、本物のヤクルトはかなり小さいので、相対的にはデカい碑ということになる。

私は福岡の地で相対性理論を理解した。

ヤクルトに思いを馳せながら歩くこと数分、PayPayドームに辿り着いた。
ヤクルトを思いながらのPayPayドームとは野球的不整合を生じさせてしまっているが、私の野球レベルは「ソフトバンク?ダイエーじゃなくて?ピッチャーの工藤ってまだいる?」程度なので、気にすることはない。

無事におみやげを入手し、博多バスターミナルへ。高速バス「とよのくに号」に乗車し、いざ大分。



「とよのくに号」には追加料金を支払えば隣のシートも独占できるというオプションがあったので、お金持ちの私はもちろんお願いした。

本当のお金持ちは高速バスに乗らないことぐらい知っているが、いわせておいてほしい。
「おっさんのくせに真緑パンツ⁉︎」とかもいわないでいただきたい。

ほぼ定刻通りに大分着。
ホテルに荷物を預け、まずはメシである。

24時間ぶりの豚骨。チェーン店らしいが、北海道にはない店なのでよしとする。というか、チェーン店を見下す風潮はよくない。うまかった。



バスターミナルへ戻り、シャトルバスでレゾナックドーム大分へ。今日は一日ドーム三昧だ。24時間ぶりの豚骨に続き、24時間ぶりのJリーグである。

なんかきれいな写真が撮れたので大満足。
スタジアムを後にし、大分県立美術館へ向かった。

「麗子像って怖ぇな」といえるくらいに絵心のある私が美術館を訪ねるのは当然なのだが、今回は特に明確な理由があった。

いいちこの企画展が催されていたのである。大分でいいちこ。酒飲みとして行かないわけにはいかない。また君に恋してる。

「孤愁」とある。
おっさんの一人旅には刺さりすぎた。

美術館の次は別府へ。

もちろんドラクエウォークのおみやげ目当てである。温泉には入らなかった。入ったら負けだ。

赤い熱泥。「赤」も「熱」も「泥」も怖い。さすが地獄。

再び大分駅に戻り、いよいよ銭湯である。
事前リサーチの結果、駅近くにある「あたみ温泉」にお邪魔しようと決めていた。

しかし大分で「あたみ」とは、なかなかのアナーキーぶりだ。しかも平仮名。何か事情があるのだろうと、訪問前に調べさせていただいた。

今年で60年目を迎えるこちらの温泉は元々は「熱海温泉」という名前だったのですが、段々、熱海に申し訳ない気持ちになり、末子さんが平仮名の「あたみ温泉」に改名されたんだとか。

https://onsen.unknownjapan.co.jp/article/2016/11/16/142?format=amp

「段々、熱海に申し訳ない気持ちになり」

突然ではなく、段々。なんと奥ゆかしいことか。
「段々」は古来から謳われてきた、和の精神そのものだ。

DAN DAN 心魅かれてく。
Dang Dang 気になる。

万葉集にもそんな歌がある。

「平仮名にしたところで…」なんていってはいけない。
いずれにしても、よい銭湯だろうと確信した。

こんな風情ある佇まいながら、大分駅から徒歩3分程度である。

駅近で天然温泉100%。
大分、住めるぞ。いや、住まわせてくれ。
駅の近くにこんな銭湯があるうえ、穴井夕子と財前直美を輩出しているなんて、大分すげーぜ。

あたみ温泉は当然のように番台スタイルだった。お金を支払った7秒後には素っ裸となり、52秒後には洗身&洗髪を終え、あっという間にReady to 湯船。

湯船は2つ。向かって左は「あついお湯」とある。

…「あついお湯」って。

お湯は熱い。熱い水をお湯と呼ぶのだから、当たり前だ。
「おかしな変態」とか「エロい淫乱ナース」とはいわないだろう。
「あついお湯ってwww」と思いつつ、足を浸けた。

「ぐふぅっ!あついお湯!」

看板に偽りはなかった。いちゃもんをつけた自分を恥じるしかない。



とにかく熱い。はちゃめちゃに熱い。札幌の銭湯で鍛えていただいているおかげで、ちょっとやそっとの熱さには動じない身体になっているが、さすがにひるんでしまった。

気がつくと常連らしきお客さんたちが私を冷ややかに見ていた。

「こいつ、熱の概念ないのか?」と思っていたに違いない。常連さんはみな、隣の湯船に浸かっていた。



九州男児の前で醜態をさらすわけにはいかない。えいやっと勢いよく肩まで身を沈めた。

熱い。やっぱり熱い。

かけ流し、つまりこの熱さは地球の体温だ。

体温を感じるというのは、一線を越えるということだ。

私はいま地球と一線を越えている。
私は地球のためにあり、地球は私のためにある。
私が地球で、地球が私だ。

一体となったのだ、この地球(ほし)と。



熱い温泉がキマりすぎて開宗しそうになったが、ギリギリで我に返った。

さすがに長湯はまずいと、隣の湯船に移った。向かって右側のその湯は「ややぬるめ」とある。

「ややぬるめ」

これもまた奇妙な日本語だ。

水(お湯)の温度をあえて5段階で評価するならば
「冷たい→やや冷たい→ぬるい→やや熱い→熱い」
になるだろう。

「ややぬるめ」とは一体。

恐る恐る「ややぬるめ」の湯に足を浸した。

「ややぬるいな!」

またしても私が迂闊だった。本当に、ややぬるかった。
もちろん最高だった。

サウナも水風呂もない。その清々しさはきっと自信だ。メニューが「中華そば」のみのラーメン屋は確実に美味い。

穴という穴から温泉を吸収した。九州だけに。

湯の後にはスーパー「マルショク」へ立ち寄った。九州のローカルチェーンらしい。

旅先でのスーパーがいかに尊いかは「九州のこと(その1)」に記した通りだが、旅先スーパーはローカルチェーンであればなおよい。
そんなわけでマルショクプレゼンツのラインナップがこちらだ。

注目すべきは「やせうま」である。
その名前は知っていたが、一体それが何なのかは全くわかっていなかった。

私が抱いていた「やせうま」のイメージはこうだ。

天才的な画力は存分に発揮できたが、もちろんこれは間違っていた。
「やせうま」とはWikipediaによれば以下のようなものらしい。

小麦粉で作った平たい麺をゆでたものにきな粉と砂糖をまぶした食べ物[1]。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/やせうま

「戦後のアイデアおやつ」といったところだろうか。申し訳ないが、全く美味そうではない。



何の期待もなく口へと「やせうま」を運んだ。

「うめー!」
ビジホの一室におっさんの嬌声が轟いた。

程よい甘さにしっとり食感!うめー!アルフォートよりうめー!カントリーマアムくらいうめー!

作り手の裁量で出来が相当に左右されると思われるが、さすが地元スーパーといわざるを得ないクオリティだった。

酒と甘味は犬と猿、猪木と馬場、おぼんとこぼんというべき関係性だが、「やせうま」とローカルのワンカップ焼酎は蜜月だった。

ラベルのイラストに惹かれてジャケ買いしたのだが、大正解だった。

どういう意図でこのイラストが採用されたのかはわからないが、とにかく「バカで貧乏」であることは一撃で 伝わる。そしてコピーだ。

「なしか!」というのは「なんでだ!」といった意味らしい。母ちゃんを軽々ディスっているのも今の時代にミスマッチでよい。

なお翌朝はこうだった。

設楽さんが俺のメシを羨ましがっているように見えるが、偶然である。

そそくさと惣菜&パンをやっつけ、またしても「とよのくに号」で福岡空港へと戻った。

空港のHIGHTIDE STOREさんで購入したセルフ土産が可愛すぎるので、最後にご査収いただきたい。

銭湯のために旅をしたことは過去にも、そしてこれからも多分ない。銭湯はそんな高尚なものではないのだ。そして、だから銭湯はよいといえる。

でも、旅を振り返ったら銭湯が一番の思い出だったってことはあってよい。
あのスタジアムとあの豚骨と、あのハーコーな銭湯は眩しいくらいの思い出だ。またいつか。ラブ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?