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日進湯と遅れた飛行機のこと

11月12日(日)、夕暮れ。
さいたまスーパーアリーナを見上げながら呟いた。

「アリーナはこんなにもデカいのに、俺はなんて小さいんだ」

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前日、初雪を観測した札幌から東京へとやって来た。ただの移動日で終わるはずだったのだが、インポッシブル単独ライブ「HELL GAME 5」が催されるというので、ルミネtheよしもとへと足を運んだ。

たまたまタイミングが合ったという大変失礼な理由で観に行ったのだが、信じられないくらい面白かった。伏線回収も長尺エモコントもなく、ほぼ全てのネタがエロ or 死。ある意味で人間の全部。笑いの根源。最高。

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翌12日、J2最終節のためNACK5スタジアムへ。

J3降格の可能性を残してシーズンを終えた大宮の皆さんがお怒りだった。気持ちはわかる。

氷川神社が崩れるのではというくらいのブーイングを背に、ラーメン屋を経て日進湯さんへ。

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はじめましての日進湯さんには番台、相撲中継、曲がった背中の常連さんと、おおよそ銭湯の全てがあった。

この湯に限ったことではないが、旅先(道外)と札幌の銭湯は何かが違う。
銭湯の文化的、歴史的な背景を知れば、その「何か」が具体的に見えてくるのだろうが、私は難しいことが嫌いなので「うーむ、何か違うな」と思いながら身体を清めるに留まっている。

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湯船は2つ。向かって左手の比較的小さいほうには「熱」の表示。

…ふふ、何が「熱」だ。所詮、埼玉だろう。

「ぬっふぉん!」

「熱」はあまりに熱かった。雪こそ降っていなかったが、冷たい埼玉の風にやられた身体が痺れた。

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相撲中継を背に、さいたまスーパーアリーナへ。もちろんドラクエウォークの土産目当てだ。

歩くこと30分、無事にせんべいスライムをゲットし、さて羽田へ向かおうかという刹那、メールが。

「AIRDOより遅延のお知らせ」

ま、あるよね。

メールを開くと
「100分の遅延となり、新しい出発時刻は21時55分です」
とのこと。

いや、100分って。それはもう遅延じゃなくて別の便だろう。どうしたものか。

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とりあえず、自分を落ち着かせるべく喫煙所に入った。

飛行機の遅れ自体は別に大したことじゃない。問題は千歳から札幌までの移動手段だ。バスもJRも恐らくない。

タクシー?とんでもない額になる。
空港泊?おっさんには無理だ。

ヒッチハイク、徒歩、小走り、ムーンウォークなど他にも選択肢は色々浮かんだが、いずれも現実的ではないだろう。

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飛行機の遅延ごときで狼狽えている自分が情けない。

「アリーナはこんなにもデカいのに、俺はなんて小さいんだ」

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そういえば、あのアリーナの、あの屋根の上で高田延彦がかつて叫んだ。
「お前ら、男だ」
と。

飛行機の遅れごときでクヨクヨしていてはダメだ。俺は男だ。

意を決し、宇都宮線へと乗り込んだ。

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品川で京急に乗り換え。
「おお、発車メロディが『赤い電車』だ」
と品川に来るたび思う。
赤ではない電車に乗っかって羽田へひとっとび。

空港に到着するや否や、またメールが来た。経験上「やっぱ定刻で飛びます!さっきの無し!」ということが稀にあると知っている。
期待してメールを開くと
「さらに20分遅れます」
とのこと。

時間がありすぎる。そして、やることが無さ過ぎる。

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こっちは腹を満たして風呂にまで入っているのだ。これ以上、やりたいことなどない。むしろ「もう何もしたくない」という状態だ。

ここは禁じ手の酒しかあるまい。
尿意を嫌ってフライト前の飲酒は避けるようにしているが、もうどうでもよい。失禁ニキに慌てるCAネキ。上等だバカヤロウ。

羽田にはHUB(英国風パブ)が入っている。いざ。

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「相席になってしまいますけど…」

申し訳なさそうに店員さんは告げた。
言葉にはしなかったが「嫌だ」と表情に出ていたのだろう、店員さんは
「寒いですけど、テラス席なら」
と続けた。

オッケーに決まってんだろ、道民をナメるな。

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悲しいことに、むしろ私が東京の11月をナメていた。ガタガタ震えながらのジントニック。

次々に飛び立っていく飛行機を恨めしく眺めていると、対岸で花火が上がった。

「ああ、ディズニーランドか」

あの大輪の下では家族連れやカップルがキャッキャウフフと笑顔を浮かべているに違いない。
例のカチューシャを装着し、チュロスを齧りながら「また来ようね!」なんて言っているのだ。それは別に構わない。あなたが幸せなら、それでよい。でも隠れミッキーを探す前に、対岸のおっさんを想って欲しい。僕はここにいるよ。

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出発1時間前に保安検査場を通過し、性懲りもなくタバコを吸っていると、あっという間に搭乗。搭乗の際に「申し訳ございません」と配られた封筒には1万5,000円が入っていた。

疲れとアルコールでどうでもよくなっていたので「ちゃんとピン札だな」などと変なところに感心した。

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0時、千歳着。

結論をいうと、北海道中央バスの臨時便で無事に帰宅を果たした。家に着いたのは2時だったが、帰ってこられただけでもありがたい。正直あきらめていたが、インポッシブルなことなんてないのだ。

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数時間後には出勤となったが、仕事をこなすのはインポッシブルだった。

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