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九州のこと(その1)

僕が旅に出る理由は大体2こくらいあって

ひとつめはJリーグの試合が観たいから

ふたつめはドラクエウォークのおみやげを集めたいから

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岸田繁はそう歌っていたが、私も同様だ。

そんなわけで飛び出せ北海道。2月のある日、九州へと向かった。



降り立ったのは福岡空港。空港に着いてまずすることといえば、もちろん喫煙だ。

福岡空港は「世界で一番喫煙所が充実している空港」として私の中で名高い。肩身の狭い喫煙者に対して「ばってん吸ったらよかばい。へきゃっしゅ」と優しい。



タバコに続いて豚骨ラーメンも摂取。

肺も腹も満たし、旅に出るひとつめの理由であるJリーグ観戦のためベスト電器スタジアムへ。
空港から歩いて行ける距離(30分くらいかかるが)なので、徒歩で向かった。

お風呂について書くためのnoteなので詳述はしないが、とにかくアビスパのサッカーがよかった。紺野和也という名前は書いておく(将来ブレイクしたときに『ほら、ここに書いてある!先見の明あるじゃん俺!』というため)。

そして鳥羽。

福岡で生歌の兄弟船を味わう日が来るとは思わなかった。黒い。

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試合終了。さすがに復路も歩く気力はなかったので、福岡空港駅行きのシャトルバスを待つことにしたが、これがとんだバカ判断であった。

まず何の事情かバスが全然来ない。シャトルという言葉の意味を疑いたくなるほど来ない。

そして雨。森高千里じゃなくても歌にしたいくらいの冷たい雨。列をなす人々は「寒い」「風邪ひいちゃう」などと繰り返していた。

とはいえ、こちとら北海道民である。雨ごときに負けるはずはないのだが、気がつけば震えと鼻水が止まらなくなっていた。

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そう、私は寒がりだ。実は全身ヒートテックだったが、死を覚悟するくらい寒かった。

北海道の人間だからといって寒さに強いとは限らない。福岡にも豚骨がダメという人はいるだろう。それと同じことだ。

待つこと数十分、やっとバスに乗車し福岡空港駅へ。そこから地下鉄やら何やらを乗り継ぎ、宿の最寄りである雑餉隈駅へと到着。

「雑餉隈なんて読めない名前をつけるなバカヤロウ!」

芯から冷えた私の八つ当たりだが「興部」を「おこっぺ」と読ませるような土地の人間がそんなことをいってはいけない。



宿でチェックインを済ませ、向かうは銭湯。そう遠くないところに「こがね湯」なる銭湯があることはリサーチ済みだった。

ホテルから徒歩数分の道のり。降り続いていた雨がまたも体温を奪う。

ただ、冷えた身体で飛び込む銭湯がとんでもなく気持ちよいことを知っているので、少しだけ雨に感謝もしていた。
まさに「雨は冷たいけど ぬれていたいの」という心持ちだ。



高架沿いの道を進んでいると、目の前に「こがね湯」が現れた。

「強いっ!」

高田延彦の解説みたいな言葉を発してしまった。

感じたのはレトロとかノスタルジーではない。強さだ。
街にスーパー銭湯ができようとも、世にサウナブームが来ようとも、それらとは一切関係なく、長くそこにあり続けている強さだ。

事前リサーチの際に目を通した福岡県公衆浴場生活衛生同業組合のサイトには
「『湯気の向こうに笑いあり』頑張り続けて66年」
とあった。

私の頑張りは調子がよくても20分が限界なので、66年なんてもはや異次元だ(昭和27年創業らしいので、正確には71年?)。

それでいてお茶目に「湯気の向こうに笑いあり」ときている。「ドーランの下に涙の喜劇人」とはポール牧の言葉だが、これは全く関係がない。

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圧倒されつつ、その姿をしばし眺めた。

夜だったせいもあるだろうが、全ての色がどこかに吸い込まれてしまったかのようだった。
しかしそんな中、唯一色彩を放っているものがあった。

温泉マークをモチーフにしたオブジェだ。色が吹っ飛んでしまった風景の中で、炎のような赤。
ロココ調の造形も素晴らしい。もちろんロココ調が何なのかは知らん。

強すぎる銭湯を前に私の足は震えていた。こんなときはもちろんタバコだ。暖簾をくぐる前に店先の灰皿で一服することとした。

喫煙か禁煙か。ハムレット的問題にぶち当たったが、灰皿があったのでもちろん吸った。



タバコを吸い終えて遂に入店という刹那、あるものに気がついた。

扉に貼られたステッカーだ。
「026 TECHNO」とある。オフロテクノと読むのだろう。

私はテクノという音楽に関して多少の知識を有しているが、オフロテクノとは初耳だ。そういう名前のユニットやパーティが存在するのか。あるいはデトロイトテクノやロッテルダムテクノのように、お風呂発祥のテクノがあるのか。

もう一度ステッカーに目をやる。
温泉マークの意匠を取り入れたイラスト。湯気の先っちょがAphex twinのロゴっぽくないこともない。

モノクロな銭湯にオフロテクノ…。
初めてwindowlickerを聴いたときのような、なんともいえない不思議な気持ちになった。

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気を取り直し、今度こそ扉を開いた。当然のように番台スタイル。

私より一足先に入店した常連さんへ番台の女将が声をかけていた。

「鍵、出払っとうよ」

「高いもん持っとらんけん、大丈夫ばい」と常連さん。

記憶が定かでなく博多弁に自信はないが、この会話から「ロッカーの鍵は番台から借りること」「ただし今はオール貸し出し中であること」がわかった。
つまり私もノーロッカーで入浴しなくてはならない。

旅行中ということもあり、財布の諭吉先生はダウ90000と同じくらいの人数だった。

大丈夫だろうか。

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…いや、素敵な銭湯のお客さんを疑うのか?

…いやいや、もし万が一があれば九州で無一文だぞ?

…いやいやいや、この銭湯に限ってそんなことはないよね?

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火花を散らす性善説と性悪説。鍵が戻るまで待つという案も浮かんだが、それは無粋だ。この銭湯だけは粋であらねばならない。

宵越しの銭なんて持てるかとばかりに全てを脱ぎ捨て、財布もろとも籠に放り込んだ。いざ参らん。



浴場は非常にコンパクトだった。

中央に小判型の湯船。右奥には岩風呂を模した薬湯。そして左奥には水風呂があった。サウナはない。

数は多くないが、左右の壁にはカランがしつらえられていた。シャワーなどという舶来品は見当たらないが、もちろんそれでよい。

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そそくさと洗身、洗髪を済ませて中央の湯船へ。

「熱っ...くはないが温くもない」
なんといおうか、その湯は「妙」というよりなかった。

店構えから相当にストロングなお湯を想像していたが、そうではなかった。しかし肩透かしを喰ったという印象もない。

とにかく妙技というか妙味というか西野妙子というか、それはもう妙によかった。



長居をする湯ではない。ザバッと入ってサッと出る。ここではそれが正解と思えた。

冷え切った身体はすっかり温まっていたし「雑餉隈」も「ざっしょのくま」と読めるようになっていた。もう望むことはない。

脱衣場へと戻った。いうまでもなく財布も何もかも無事だった。

女将は女湯で作業をしているらしかったので、支度を整えてから空っぽの番台に「どうも」と頭を下げて店を出た。



湯上りに向かったのは太宰府天満宮。旅に出るふたつめの理由である、ドラクエウォークのおみやげをゲットするためだ。

無加工でこんな写真が撮れるくらい素敵な場所だったが、おみやげさえ入手できればよかったので滞在10分。バチが当たる暇もない。

野生のニオイ。ワイルドスメル。嫌いではない。



雑餉隈へと戻り、マックスバリュを経由してホテルへ。

「旅の恥はかき捨てて、メシはスーパーで買え」とは私の信条である。

安く上がるというのもあるが、スーパーにはその土地の日常が詰まっている。だけれど、よそ者にとっては見慣れぬ食材、総菜、調味料、飲料のオンパレードだ。

札幌のスーパーに並ぶカツゲン、めんみ、ほっけのフライは道外の人にとって見慣れぬ存在だろうが、私にとっては日常だ。

日常であるスーパーで非日常を味わうという、それこそ妙な感覚は私にとって北海道の外でしかありえない。だから旅先ではスーパーに行くべきなのだ。銭湯も同様である。

というわけで本日のラインナップ。

値引きシールに惹かれたわけでは決してなく、地元感を重視したメンバー構成である。小袋の醤油がちゃんと九州スタイルの甘口だったことは私を笑顔にさせた。そしてイタズラジャーニーは大変面白い番組だということを付け加えておきたい。



サッカー、風呂、ゲーム、スーパー。
相当にダメな旅だが、まだ続く。

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