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VS 共栄湯(あつ湯五番勝負第5戦)

「5つの熱い湯に入る」という旅もいよいよラストとなった。最後の対戦相手は共栄湯。最初から決めていた。

引退試合の相手は重要だ。
高田にとっての田村、天龍にとってのオカダ、猪木にとってのフライ。
猪木の引退試合が対フライっていまだにしっくりこないよねなどと思いつつ、いざ共栄湯へ。

共栄湯を含め、かつての私が温浴施設で重きを置いていたのはサウナだ。
「サウナ最高だぜ!イェイイェイ!」とダブルピースで浮かれていたのだが、はしゃいでいたのは私だけでなかった。
猫も杓子もサウナハットを被り、MOKUタオルを握りしめ、川辺にテントサウナを立て、アウフグースを浴び、「ととのった~」と言っている。

エンターテイメント化、非日常化、肥大化するサウナ(ブーム)。
学園祭の盛り上がりにすらついて行けなかった人間がこぼれ落ちたのは当然だった。サウナブームが悪いわけではない。波に乗れない私が悪いのだ。
といいつつ「バカなヤングはとってもアクティブ それを横目で舌ウチひとつ」なんて唄いながら、負け惜しみに「サウナも銭湯も日常であるべきだ」と思ったりしている。

共栄湯は我が家から最寄りの銭湯である。徒歩数分の距離だ。にも関わらず、訪問回数は決して多くない。私的銭湯訪問回数ランキングがあるとすれば、共栄湯は恐らくトップ5にも入らないだろう。

別に共栄湯が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。
ではなぜ足を運ぶ機会が少ないのか。それは「近いから」である。「いつでも行けるし、今日のところは...」と別の銭湯へ向かってしまうのだ。

銭湯は日常であるべきだ。

日常とは何か。うまく説明することはできないが、物理的な距離は日常と非日常を分ける重要な要素だろう。
例えばテレビ塔やススキノ、隣の区に暮らす母親は私の日常にあるが、通天閣や歌舞伎町、アメリカに暮らすシャロン・ストーンは私の日常にない。

物理的な距離が日常か否かの判断に関わるのであれば、共栄湯は私の日常においてド真ん中に存在する銭湯でなければならない。
でも実際のところは違う。

これは、おかしなことだ。
「銭湯は日常であるべきだ」と、どの口が言っているんだ。

つまり、共栄湯に行くことは矛盾した自分と向き合うことだ。最後の地を共栄湯にした所以である。

共栄湯に「あつ湯」のイメージはなかった。そもそも、どんな浴槽がいくつあったのかいまいち思い出せない。サウナに重きを置いていたせいもあるし、それほど足を運んでこなかったせいもある。

改めて浴槽を眺める。右が主浴槽、左が薬湯、そしてセンターの湯は確かに「熱湯」と表記がある。
最早ためらうことはない。4つの銭湯にしっかり鍛えていただいた。内股気味に恐る恐る足先をつけていた私はもういない。

切れ味のある熱さ。噴出するジェットが憎い。
すぐに身体が赤みがかった。

そして、赤みがかった肌を眺めつつ、ふと思う。
「果たしてこれは日常か?」
自分が自分であるっちゅうことにギモンを持つが如く、思案した。

改めて「熱湯」の表記に目をやる。

「あつゆ」と読むのか「ねっとう」と読むのか。普通に考えたら「ねっとう」だろうが、「ねっとう」だとちょっと熱すぎというか、沸騰しているくらいのイメージだ 。となると「あつゆ」なのだろうか。でもそれなら「あつ湯」と書けばよさそうだから、やっぱ「ねっとう」なのだろうか。いやいや…。

「読み方なんてどっちでもいいよ!」
誰かが言う。

「湯が熱いってわかりゃそれでいいんだよ!」

「お前はいっつもそうだ!どうでもいいことを延々と!」 

「湯舟がでかい!湯が熱い!気持ちいい!以上!理屈ばっかこねんな!」

「日常だの矛盾だのシャロン・ストーンだのうるせーんだよ!風呂くらい好きに入れ!」

「シャロン・ストーンは別にいいじゃないですか!」と反論しようにも、声の主がわからない。わからないけど、なかなか痛いところを突いてきやがる。

あつ湯、というか銭湯はフィジカルな体験でしかない。
ライブハウスに行かなくても音楽を、スタジアムに行かなくてもプロ野球やJリーグを、程度の差は当然あるにせよ楽しめる。でも銭湯が楽しめるのは銭湯だけだ。

そしてその体験は「湯舟がでかい!湯が熱い!気持ちいい!以上!」でしかない。確かにその通りだ。理屈はいらない。

延々と理屈をこねながら生きてきたが、あつ湯たちはそんな自分に強烈な、いや熱烈な気づきを与えてくれた。

誰かが「書を捨てよ、銭湯に行こう」とか何とか言ったらしいが、その通りだ。

誰かが「Don't think. Sento」とか何とか言ったらしいが、これもその通りだ。

声の主は誰だったのか。

小沢健二か?

ラジャ・ライオンか?

屯田兵か?

美香保の大塚か?

ていぬか?

おふろニスタさんか?

プロサウナーか?

俺か?

シャロン・ストーンか?

また考えてしまっていた。
ちょっと銭湯行ってくる。

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