見出し画像

平台越しのマツエ・レイ~「本屋さん、あつまる。」の個人的な記録~

2020年2月23日、日曜日の午後。気持ちのいい晴天で、2月とは思えない暖かさだった。
私は渋谷パルコ8階「ほぼ日曜日」に向かっていた。そこで開催されている「本屋さん、あつまる。」というイベントに行くためだ。告知には、本屋や出版社など8団体が本を出品するほか、トークイベントや飲めるスペースまであると書かれていた。
私が目指していたのは、赤坂にある書店・双子のライオン堂が出しているブース。厳密には、そのブースで1時間だけ「助っ人」をする予定の編集者、マツエ・レイ(仮名)であった。

経緯

時を戻そう。2019年12月31日、火曜日。
私は自宅アパートのPCから、福岡の出版社・書肆侃侃房に、メールを送付した。応募原稿を添付したメールだ。同社が4月に創刊する文学ムックの、新人小説の募集にエントリーするためだった。
最優秀作品はムックに掲載され、作者には原稿料が支払われるという。「○○賞」という名前も賞金もないが、選ばれれば多数の人に読んでもらう機会が与えられる。実質、立派なコンテストだ。

あれから1ヶ月と23日が経過した。
書肆侃侃房のサイトでは、新文芸ムックのタイトルが「ことばと」に決定し、佐々木敦さんが編集長になったという情報が1月に発表された。同氏のツイッターで、書肆侃侃房の代表・田島安江さんと、社員のマツエ・レイが編集に携わることも明らかになった。
しかし、1月頭に作品受領のメールが来て以降、私個人に対して連絡が来ることはなかった。

最優秀作品、もう決まったのか?
作者にはもう連絡が行ってるのか?
私のは選ばれてない?
それともまだ決まってないだけ?
誰かに内定はしてるけど、連絡は後日なのか?

1月中は「まだ選考中かなー」という気持ちでやり過ごせたが、2月中旬を過ぎた辺りから急にしんどくなってきた。
頑張って執筆していた時間のことを思い出すと「いける」という希望的観測が頭をもたげる。しかし次の瞬間、もう最優秀作品の作者には連絡が行っているかもしれないという憶測がよぎる。すでに結果を勝ち取って喜んでいる誰かがいる一方で、私は何も知らずに「いける」とか思っているのかもしれないと想像した途端、自分が果てしなく間抜けに感じられ「ぎゃあああ」と叫び出したくなる。
結果を出せるレベルの作品を書けていないのに、「頑張ったから」「時間をかけたから」という理由で調子に乗っているだけなのか、私は。自分が客観的な評価でどの程度のレベルなのか、どうやったら把握できるようになるんだろう。恥ずかしい。自分が自分であることを辞めたい。生まれ直したい。朝吹真理子さんあたりの家系に。

「ことばと」編集作業は、今どの辺りまで進んでいるのか。
書肆侃侃房のサイトの情報はアップデートされていない。しかしツイッターを見ていると、小説「デッドライン」が話題の哲学者・千葉雅也さんが「ことばと」に載せる作品を編集部に送ったと呟いていて、もうムックの輪郭ができつつある感じがする。
同じ頃、マツエ・レイのツイートに、こんな言葉が現れた。

「ゲラ」
「やっぱり素晴らしかった」
「友情も恋も仕事も、こんなかたちで書けるなんて」

これが誰の作品なのか、という情報はない。
まさか「最優秀作品」?
少なくとも編集作業は、すでにゲラをチェックする段階まで来ているらしい。
この段階まで進んでいて、私には何の連絡も来ていない――もう期待するだけ無駄か?

真実を知りたくて、マツエ・レイと佐々木さんと千葉さんのツイッターを一日に何度も確認するという病的な状態に陥っている。で、そんなことをしても分からないものは分からない。
ツイッターに飽きると、石井ゆかりさんやしいたけ.さんの星占いを読む。情報がない以上、占いしか拠り所にすべきものがない。「1月半ばから2月上旬は素晴らしい人間関係に恵まれるでしょう」――人間関係って、編集者との関係ができるみたいなことかな~と思ってたのに、もう2月末だよ。どうしてくれるんだよ。

この生殺し状態、いつまで続くのだろうか。
3月の後半になっても連絡が来なかったら諦めもつくだろうけど、この2月下旬という微妙な時間帯に連絡がないという状況、どう理解すればいいんですかね?
辛い。まじで。勘弁してくれ。あと、「そう思ってるのはあなただけじゃないんだから」みたいなこと言うの禁止。

そんな折に、マツエ・レイが助っ人になるというツイートが流れてきた。この人は事情を知ってるんだよな……現状を、ぽろっと言ってくれたりしないかな……。どうせ家にいても、ツイッターを検索して「結局何も分からなかった」「こんなことに時間を使ってしまった」と自己嫌悪に陥って疲れるだけかもしれないし、行くか。自分でもよく分からない動機だが、とりあえず家を出た。

真実を知る男との邂逅

8階でエレベーターを降りて少し進むと、「本」と大きく書かれた看板があった。脇の入口から、本をずらっと並べた平台と、本を物色する老若男女が見える。あれか。早速私も会場に入った。

ぐるっと周囲を見渡すと、青山ブックセンターのブース、小野不由美さん「十二国記」に特化したブース、NHKの「100分de名著」「学びのきほん」シリーズのバックナンバーと関連書のブース、光文社古典新訳文庫のブースなどがあり、不思議なラインナップに驚く。本屋と出版社のブースが混在していて、しかもブースによっては特定のシリーズだけを扱っているという点が、なかなか新鮮だった。

双子のライオン堂のブースは角にあり、既に3人ぐらいの人が平台を見ていた。平台はそんなに大きくないので、4人目以降は3人の後ろから本を確認するしかない。つまり……盛況。
平台の向こうには店主の竹田さん、そしてマツエ・レイ……あの人かぁ。無印っぽい色合いのラフな服装で、ファッション誌っぽく言うとエフォートレスな雰囲気。しかし、全てを知っているにもかかわらず「助っ人で来ただけなんで」みたいな雰囲気を醸し出しているあたり、逆に侮れない感じがする。

ナチュラルに「『ことばと』って新人の小説が載るんですよね~? もう選考終わってるんですか~?」みたいな感じで話を振ったら、ヒントが聞けたりするのだろうか……いや、でも本来、社外秘だよな。平台の向こうとこっちという距離感で、しかも私が付けているマスク越しに、答えてもらえそうもない質問をするのもねぇ。。。とりあえず平台の本を眺めた。「短歌ムック ねむらない樹 vol.4」か「きみを嫌いな奴はクズだよ」があったら買おうと思っていたが、見当たらない。
平台の前にいた男性客が二人に喋りかけ、会話が始まる。上手い具合に「ことばと」の話題が出ることを期待しながら聴く。……「これのために福岡から来たの?」「はい、本当は別のイベントにも出る予定だったんですが、中止になっちゃって」「あー、コロナがねぇ」それ以降、話題はただただコロナウイルスだった。人々の関心は、未来より、今そこにある危機なのだった。無理だ。私はブースを離れた。

はんなりしていない京都の出版社

私は会場の奥の方も、さらっと見て回った。その後に別の予定が入っていたので、時間を気にしつつ。
あるブースの平台を眺めていると、ブースの向こうの男性が「どうぞー」とクジの入った箱を差し出してきた。言われるがままに箱の丸い穴に手を突っ込み、一枚引く。紙を開くと、こう書かれていた。

クリスマスとは、ひとりの聖者が生まれた日、というだけにとどまらない。別なとき、別なところにいる、と思いこんでいるひと同士が、実は隣りあい、「きんじょ」にいるのだと、福音のように知らせてくれる日だ。 『きんじょ』p196

「何て書いてありました?」
箱を差し出した男性に聞かれ、私は紙を見せた。
「『きんじょ』! 『きんじょ』は……あー、在庫ないかー」
平台や後ろにある段ボールを見回す男性を見て、私は驚愕した。まず無料のおみくじを提供し、「あなたと縁のある本はコレ! YOU買っちゃいなよ」という流れに持ち込むだと……上手い。そんな売り方があるのか。
「じゃあ、もう一回どうぞ」
「あ、はい」
完全に向こうのペースに巻き込まれ、私はもう一枚クジを引いた。

この地上には「教室」よりも出かけるべき場所がいくらでもある。週に5回、朝から夕まで、閉じられた環境のなか、言葉で編まれた知識を浴びるだけが学びではない。 『ミシマ社の雑誌 ちゃぶ台 vol.3』p141

「あ、『ちゃぶ台』ですね。こちらに置いてあるんですけど~」
ブースの脇に設置された小さなテーブルに、『ちゃぶ台』vol.1~5が並べて置いてあった。表紙を目で追うと「移住」「仕事」「教育」「社会」「地域」「政治」「宗教」などの真面目な言葉が並ぶが、ポップな色合いとデザインのお陰で堅苦しさを感じさせない。執筆陣を見ても「滝口悠生」「尾崎世界観」「益田ミリ」「内田樹」など馴染みのある名前がちらほらあり、読んでみたくなった。私は最新号を買うことにした。
ちなみにこの本は、背表紙に覆いがない「コデックス装」という特殊な綴じ方で作られており、本棚に差さっていると存在感がある。

お会計をしながら改めて平台の向こうを眺めると、このブースの3人は全員、白抜きで「ミシマ社」と入っている黄緑のタスキを肩からかけていて、駅伝ランナーを髣髴とさせた。しかも件の男性はTシャツ姿。キャラが立っている。
ミシマ社は「京都を拠点とする面白いリトルプレス」みたいな感じで紹介されているのを何度か見たことがあったが、実際に出会ってみて同社の熱量と面白さが実感できた。私の中にある京都人のはんなりしたイメージと、タスキ×Tシャツのお兄さんの泥臭さが、今も脳内でせめぎ合っている……。

その後

その日の夕方には、何の因果か、昔勤めていた会社の先輩3人と執事喫茶に行くという予定が入っていた。
「お嬢様」と呼んでもらい、執事と語らい、紅茶を注いでもらい、美しいサラダとグラタンとデザートを食べ、多少メンタルが穏やかになった。
しかし店を後にし、最寄り駅近くのスーパーでスポンジとゴミ袋をレジに持っていくと、ディスプレイに表示された総額が「¥444」だった。もう諦めろということなのだろうか。

まとまらないまとめ

これを書いているのは、翌日の月曜日(祝日)。もちろん事態は全く進展していない。
例によって関係者のツイッターを見て回ったところ、佐々木敦さんが「(「ことばと」)創刊号の中身が遂にフィックス」したと伝えていた。

遅くとも2か月後には結果が分かるわけだが、その時になったら今のこの精神状態を思い出すことはもうできないだろうな、と感じたので、記録として残しておくことにした。もちろんイベントの記録でもありつつ。

今年の初め、劇団ゴジゲンの「ポポリンピック」という劇を見た。この劇は、主宰の松居大悟さん曰く「選ばれなかった男たちの話」。
世間の関心を集めるのは間違いなく選ばれた人間だが、選ばれなかった人間や、選ばれる/選ばれないの瀬戸際に立たされる人間の心理を見たいと思う人も一定の数いるのか……と客席で感じた。
選ばれる自信はないが、そういうマニアックな人の需要には応えらえるんでは? という気持ちで書いている。「選ばれる/選ばれないの瀬戸際に立たされた人間は、こうなるのか―」と楽しんでいただければ幸いです。

それにしても、気持ち悪い文章が完成してしまった。マツエ・レイのモデルとなった方から抗議があった場合、この記事は速やかに削除します。

どっちに転んでも「ことばと」創刊号買います。

そして、ミシマ社「ちゃぶ台」、面白い。サッカー日本代表の監督をつとめた岡田さんが、現在は今治のサッカーチームの代表になっていたと知って驚き。
硬い文章と柔らかい文章が混在していて、難しいテーマの文に疲れたらマンガや軽いエッセイで頭を休められるのが嬉しい。
せっかくなので、インタビューが載っていた尾崎世界観さんのライブ感想を、過去のnoteからお蔵出し:

https://note.com/mztk_ktkr_ko/n/n3473140a8711

あと、今日になってから双子のライオン堂のツイッターを見たところ、平台に前から欲しかった別の本が並んでいる写真があった。
それは土曜の写真だったので、私が行った日曜にはもう売れてしまった可能性もなくはないが、別のことを考えながら平台を見たせいで取りこぼしたのかもしれない。いずれ、精神を研ぎ澄ませた状態で実店舗に行きたい。
気持ち悪い動機でブースに行ってしまい、すみませんでした! 次こそは、売り上げに貢献しますので!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?