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痴漢冤罪を生み出しかねない私人逮捕が横行。政府は痴漢撲滅の檄を飛した(後編)     徒然なるままに社会にもの申す③

情報サイト「プレジデントオンライン」に、日本で最も権威のある美術展の日展と、上下関係が厳しく、金銭体質と言われている書道界の実態を追ったレポートを書きました。お時間のあるときに読んでみてください。

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警察が痴漢対策への取り組みが強化したきっかけの1つが、意外にも1995年3月に起きたオウム真理教信者による地下鉄サリン事件だった。犯罪被害者や被害者家族が受けるさまざまな苦痛や怒り、特に精神的被害の深刻さに社会の関心が高まったのだ。

遅まきながら、駅の構内に「痴漢は犯罪です」というポスターが貼られるようになったのは、同じく1995年だった。

警察庁は1996年2月、被害者対策の基本方針をまとめた「被害者対策要綱」を策定。これを基に、各都道府県の警察が被害者の声に耳を傾ける取り組みを強化していく。

その中で、痴漢を含め、性犯罪に遭った被害者が被害の届出や相談がしやすいように、「女性相談交番」を指定し、鉄道警察隊に「女性被害相談所」を設置した。届出の受理に、女性の警察官が当たるなど、従来の体制を改め、被害者に寄り添う体制になった。

痴漢の疑いをかけられて警察に引き渡されても、悪質なケースを除き、交番で警官が説教をして釈放される「微罪処理」で済ますことが多かった。だが、各都道府県が制定していた、刑事罰のある「迷惑防止条例」を適用するようになり、検挙案件が増えていく。

痴漢対策を強化している最中、痴漢捜査に大きな影響を与える事件が起きた。否認しているにもかかわらず、痴漢容疑で逮捕された「痴漢冤罪」が発生したのだ。

小田急小田原線で痴漢行為を行ったとして、2006年4月に防衛医科大学校の教授が逮捕された強制わいせつ事件が、警察や検察の動きにブレーキを掛けた。

被告は一貫して容疑を否認したが、下着に手を入れて下半身を触ったと、1審の東京地裁で懲役1年10カ月の実刑判決が言い渡された。被告は控訴したが、2審の東京高裁も有罪判決を下す。

上告して最高裁で争うことになったが、2009年4月の最高裁判決で、2審の有罪判決を覆し、無罪を言い渡したのだ。

被告の手や指の繊維鑑定の結果、被害者の下着の繊維が検出されておらず、客観的証拠がない。証拠は被害者の証言だけであり、被害者はいったん下車しながら再び被告のそばに乗車していることなどを挙げ、執拗に痴漢されたにもかかわらず、積極的に避けようとしていないなど、被害者の供述には疑いがあるとした。

「冤罪で国民を処罰するのは国家による人権侵害の最たるものであり、これを防止することは刑事裁判における最重要課題の一つである]と最高裁は判断し、補足意見を表明した。

「満員電車内の痴漢事件では、被害事実や犯人を特定する客観的証拠が得られにくく、被害者の供述が唯一の証拠である場合も多い上、被害者の思い込みその他によって、被害申告がされて犯人と特定された場合、その者が有効な防御を行うことが難しいという特質があるので、これらの点を考慮した上で、特に慎重な判断をすることが求められる」

この最高裁判決を受け、同2009年6月25日付けで、警察庁は「電車内における痴漢事犯への対応について」と題した通達を全国の都道府県警察に出す。目撃者の確保、実況見分など証拠保全を徹底し、適正な捜査を指示したのである。

痴漢の実態調査にも乗り出した。電車内の痴漢行為で2010年6月~7月に検挙・送致された219人に対して、痴漢被疑者の意識調査を実施した。電車内の発生箇所は左右のドアとドアの間が多いなど、被疑者の分析も行っている。

同年8月に、東京、名古屋、大阪に居住し、通勤・通学に電車を利用している16歳以上の女性2221人、男性1035人、計3256人の意識調査が行なわれた。

同年10月には、学識経験者、弁護士、鉄道・警察関係者などで構成された「電車内の痴漢防止に係る研究会」を発足させて、痴漢の実態と痴漢対策の有効性などを調査し、分析を進めた。

路線別の痴漢被害状況も明らかに

そして、2011年3月、警察庁はA4判で50ページにわたる「電車内の痴漢防止に係る研究会の報告書について」というレポートを公表する。

痴漢被疑者の意識調査では「30歳代、40歳代の会社員が、通勤時間帯に、通勤で利用している路線の電車内で、偶然近くにいた被害者に目を付けて、痴漢行為に及んだ例が最も多い」ことが判明した。

痴漢をした動機は何かという質問に、「興奮するから」が49.8%、「発覚しないと思ったから」が16%、「飲酒して気持ちが大きくなっていたから」が14.6%となっている(複数回答可の質問)。

「過去1年以内に痴漢に遭った」という被害者に、痴漢に遭ってどのような行動をしたかという質問に、「我慢した」が52.6%、「その場から逃げた」が45.1%、「何らかの行動を起こした(睨み付けた、手を振り払った、持ち物でブロックしたなど)」が27%、「駅員に通報した」が6.6%、「周囲の人に助けを求めた」が6.3%、「犯人を捕まえた」が3.9%、「警察に通報した」が2.6%であった(複数回答可)。

「我慢した」「その場から逃げた」のいずれか、または双方を選んだ人は246人だった。痴漢に遭った被害者304人の80.9%に上っており、痴漢に遭っても被害を訴えられず、泣き寝入りしている姿が浮かび上がった。

「我慢した」「その場から逃げた」人に理由を聞くと、「怖くて何もできなかった」が45.1%、「逃げればすむと思った」が30.9%、「我慢すればすむ」が25.2%、「恥ずかしかった」が23.2%、「犯人が誰かわからなかった」が21.5%、「周りの人が助けてくれない」が19.1%、「警察沙汰になるのは面倒だから」が17.5%という結果だった(複数回答可)。

痴漢犯罪者は、相手は我慢して行動を起こさない、あるいは行動を起こせないという状況につけ込んで、犯行に及んでいる。さらに言えば、泣き寝入りしそうな相手を探して、犯行していると思われる。

警察庁は、痴漢被害の実態調査も行っている。2010年の1月、4月、9月で合計25日間、首都圏での取り締まりを強化し、痴漢関連の検挙数は161件に上った。1日平均6.4件のペースで事犯が発生していた。

内訳は「電車内での痴漢」が122件(76%)、「電車内での強制わいせつ」が8件(5%)、「駅施設内での盗撮等」が25件(16%)、「電車内での盗撮」が5件(3%)、「電車内での公然わいせつ」が1件(0.6%)となっている。

痴漢行為は迷惑防止条例で、強制わいせつ罪は刑法第176条で規定されており、一般的に着衣の上から触った場合は迷惑防止条例違反、着衣の下や下着の中に手を入れるなどの行為は強制わいせつ罪が適用されることが多い。

痴漢被害を路線別に見ると、JR埼京線12件、JR中央線10件、京王線9件、JR東海道線8件、小田急線、東急田園都市線、JR総武線各6件という結果となった。

警察の痴漢捜査の適正化によって、痴漢と疑われた場合の対応が大きく変わってきた。痴漢事件は、目撃者がほとんどおらず、周囲に多くの人がいるので、犯人を誤認しやすいという特性がある。

供述を偏重する捜査になりやすいため、痴漢冤罪が起きやすい。2009年の防衛医科大学教授の最高裁判決の後、警察や裁判所の対応に変化が見られる。以前は、否認し続けると、最長23日間、身柄を拘束することがあったが、裁判官が勾留請求を認めないケースが増加している。

供述、自白中心の捜査を改め、手に着いた繊維を調べる微物検査やDNA鑑定など、物的証拠集めに力を入れるようになったのだ。

痴漢を疑われた場合の対処の仕方も変わってきた。痴漢を否認し続けても、長期間、勾留されることは少なくなっている。

「その場から逃げなさい」と勧める弁護士が多かったが、逃走したために、本来なら逮捕だけで済み,勾留されない案件でも、逃げたがゆえに勾留されるリスクがある。

痴漢容疑を否認し続けた場合、起訴される可能性は高いが、最近は保釈が認められるケースも多いという。

痴漢撃退機能付き防犯アプリが威力を発揮

では、年間でどれぐらいの痴漢が発生しているのか、推計してみたい。警察庁が調査した「電車内の痴漢防止に係る研究会の報告書」によると、痴漢被害を受けた人のうち「犯人を捕まえた」ケースはわずか3.9%。

捕まえても、すべてが検挙されるわけではないが、コロナ前の痴漢検挙数が3000件弱だったので、3.9%という比率で換算すると、年間7万6923件の痴漢被害が起きている計算になる。

検挙されていない痴漢犯罪者は7万4000人弱に達する。これだけの痴漢被害者が悔しい思いをしているわけだ。

痴漢被害は、鉄道を管轄する国土交通省と警察庁が中心に対策を進めてきたが、政府全体で対処しようという動きが強まっている。

2022年6月3日、女性政策に関する重点方針を決定した「女性活躍・男女共同参画の重点方針2022」、いわゆる「女性版骨太の方針2022」に「痴漢対策」が盛り込まれたのだ。

「痴漢撲滅パッケージ」(仮称)を取りまとめる方針が打ち出され、痴漢は犯罪であり、厳正に対処する必要があり、痴漢被害ゼロを目指す。徹底した取締り等により加害者に厳正に対処していく方向が示された。

同年6月17日には「若年層の性暴力被害の実態に関するオンラインアンケート及びヒアリング結果」が内閣府男女共同参画局から発表されている。

16~24歳を対象にした調査で、「性交を伴う性暴力」「身体接触を伴う性暴力」「言葉による性暴力」など5つに分類して、被害の状況を聞き取っている。

痴漢の被害に遭った場所は公共交通機関が約8割となっており、痴漢被害に遭った後の生活の変化について、「外出するのが怖くなった」「異性と会うのが怖くなった」などの声が多い。

そして、今年3月30日に内閣府、国土交通省、警察庁、法務省、文部科学省の関係府省が「痴漢撲滅に向けた政策パッケージ」を発表した。

「痴漢は、重大な犯罪であり、個人の尊厳を踏みにじる行為で、断じて許すことはできない」と明確にした上で、「痴漢は重大な性犯罪である」「痴漢の被害は軽くない」「被害者は一切悪くない」「被害者を一人にしてはいけない」「痴漢は他人事ではない」を基本認識として、痴漢ゼロを目指す。

「女性版骨太の方針2023」が今年6月13日に発表されたが、3つの柱の1つが「女性が尊厳と誇りを持って生きられる社会の実現」である。

「性犯罪・性暴力対策の強化」で12項目の対策を打ち出し、3月30日に挙げた「痴漢撲滅に向けた政策パッケージ」を関係省庁が一体となって、確実に実行することが再確認された。

「痴漢相談ホットライン」を各都道府県に設置してきたが、全国共通番号「♯8103(ハート3)」を周知することや、「痴漢対策機能を有する防犯アプリ」の利用を推進している。

警察庁は、各都道府県の警察に対して、必要に応じて痴漢対策機能のある防犯アプリの作成を検討するよう今年3月に指示。5月末時点で10都道府県の警察が痴漢撃退機能を持つ防犯アプリを整備している。

実は、警視庁(東京都)は警視庁防犯アプリ「Digi Police(デジポリス)」を2016年3月から配信している。警視庁犯罪防止対策本部が配信する犯罪発生情報や子どもと女性の安全情報などをリアルタイムでチェックでき、さらに「痴漢撃退」「防犯ブザー」「ココ通知」「見守りパトロール」「エリア通知」などの機能を兼ね備えている。

痴漢被害に遭っても恐怖などで声を上げられない人のため、スマートフォンの画面に「痴漢です 助けてください」というメッセージが表示される。画面を周りの乗客に見せて、無言で助けを求めることができ、さらにタップすると「やめてください」という音声が流れるようになっている。

痴漢を発見した人が「ちかん されていませんか?」という画面を被害者に見せて「あなたは1人ではない」と安心感を与え、痴漢されているなら、証拠となる動画や写真を撮影して証拠にするなど、被害者をサポートできる。

見守りパトロール機能は、過去1カ月の不審者情報などを地図上に地域別に色分けして表示、画面をタップすると詳細情報が示される。

デジポリスをダウンロードすれば、誰でも痴漢撃退などの機能を利用でき、他の道府県の人も利用可能だ。痴漢撃退機能で、痴漢犯罪者が捕まるケースが増えている。

痴漢を捕まえなくても、防犯アプリを入れて「やめてください」と音声を流せば、痴漢を抑止する効果は大きい。

痴漢問題に弁護士を紹介する保険も好評

では、電車内などで痴漢と間違われた場合、どのように対処すればいいのだろうか。

痴漢をしていないなら、被害者や駅員に状況をきちんと伝え、手に繊維が付着しているかどうか、微物検査をしてほしいと要求し、続いて弁護士や家族・知人に連絡してもらう。

痴漢の弁護を引き受けてくれそうな弁護士をインターネットで探し、電話番号を携帯電話に登録するなどの準備をしておくといい。トラブルが起きた場所の弁護士会に連絡して、当番弁護士に相談する方法もある。

痴漢に間違われたときに、弁護士に連絡できる保険もあるので、加入しておくと安心だ。ジャパン少額短期保険は「痴漢冤罪ヘルプコール付き 弁護士費用保険&賠償責任保険」を販売している。賠償責任保険とセットで月額590円だ。

相手にケガを負わせたり、他人の自動車や物にぶつかって壊してしまった場合の損害賠償(自動車運転中を除く)や、事故によって自分に被害が発生した場合、損害賠償請求を弁護士へ委任したり、弁護士に相談する際の費用が補償される。

痴漢冤罪事件に巻き込まれた場合だけでなく、痴漢被害を受けた場合の弁護士費用も補償され、「痴漢冤罪」「痴漢被害」のいずれにも対応していて人気が高い。

ただ、痴漢冤罪ヘルプコールの利用は、保険期間中1回だけで、利用可能時間は平日の午前7~10時、午後5~12時で、土日祝日と12月29日~1月3日は除外される(保険期間は1年。年払いは6400円)。

家族や知人に連絡して警察署に来てもらうことも重要だ。「捜査に協力させる」などと書いた身柄引受書を提出すると、「逃亡のおそれは低い」と警察は判断し、釈放されて在宅捜査になることがある。

身柄の拘束を解いてもらうには、弁護士に依頼する方法がベストな選択と言える。弁護士に相談し、アドバイスに従って行動するかどうかで、その後の展開に大きな差が出てくるという。

痴漢と疑われた際に、現場でしておいたほうがいい対処法を挙げておこう。

・痴漢被害を訴える人や駅員、乗客との会話を、許可を得てスマホなどで録音・録画する
・被害者、駅員、周囲の乗客などの許可を取って、現場の写真や動画を撮る
・身の潔白を冷静に主張し、目撃者を見つけて潔白を証明してもらう(片手でつり革を握り、もう一方の手でスマホを見ていたなど)
・被害者の言い分を冷静に聞き、痴漢をしたと判断した根拠、証拠を示してもらう
・警察官が現れたら、微物検査やDNA鑑定などを依頼する
・逃げないことを告げ、名前や連絡先を駅員や警察などに明かす
・被害者の名前と連絡先を駅員や警察官などに確認してもらう

東日本旅客鉄道(JR東日本)は首都圏の在来線約8500両、新幹線約1300両のすべてに、車内防犯カメラを設置している。さらに、車内防犯カメラの映像を指令室でリアルタイムに確認できるシステムを、山手線の全編成に2023年度末までに展開する。

防犯カメラは犯罪抑止に効果があるが、痴漢行為が問題になったときに、事件が発生した現場の位置関係を把握したり、周囲の状況を確認する手助けにもなる。犯罪捜査に有効であるだけでなく、被疑者の主張を裏付ける可能性もある。車内防犯カメラの確認を求めることも重要だ。

痴漢被害者と痴漢冤罪者を生み出しているのは、痴漢犯罪者である。男性の痴漢被害者もいるが、被害者の大多数は女性。「痴漢の撲滅」は女性、男性、共通の願いであろう。

痴漢冤罪を声高に叫べば、痴漢被害者は声を上げにくくなり、痴漢を蔓延させてしまう。繰り返しになるが、勇気を出して「痴漢を捕まえた」ケースはわずか3.9%に過ぎない。計算上、年間7万6923件の痴漢被害が発生しており、1日に211件の性暴力が行われていることになる。

痴漢被害に遭わないためにも、痴漢冤罪にならないためにも痴漢犯罪者、痴漢行為を見過ごしてはいけない。警察をはじめ、政府が「痴漢撲滅」「痴漢ゼロ」を謳っている今こそ、社会全体の協力が必要だ。

痴漢撃退付きの防犯アプリを活用し「痴漢です 助けてください」とスマホの画面に表示し、「やめてください」という音声が電車のあちこちで鳴っている光景を見てみたい。そして、防犯アプリがお守りとして利用される日が早く来ることを願っている。

アマゾンのキンドル出版で、2023年8月、ペーパーバックと電子書籍の小説が発売されました。「権力は腐敗する」「権力の横暴や不正を許さない」をテーマにしており、お時間のある方はお読みください。
『黒い糸とマンティスの斧』 前原進之介著

2023年9月25日発売の「週刊現代」で『黒い糸とマンティスの斧』が紹介され、9月27日にネットで配信されました。「現代ビジネス 黒い糸とマンティスの斧」で検索すると、記事が出てきます。時間があるときにお読みいただければ幸いです。


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