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詩集『月』


はじめに


表紙におれはいない
目が合ったら会釈するよ
何かが引っかかるならば手にして

目次におれはいない
何を語るか紹介するよ
ちょっと恥ずかしいけれど
精一杯を聞いてくれよ

本文におれがいる
実体よりも純粋に研ぎ澄まされた
内に向ける言葉であなたに問いかけよう
無音の対話をしよう

記すべき特別な略歴はない
装える飾りもない
失敗ばかりの何処にでもいる凡夫
来し方と遊びの楽しさ
人格を形成する諸々を携えて
今の話しをしよう
これからの話しをしよう

未熟な詩集の一文でも
完成に向けてあなたと生きられるなら
喩えはいらぬ  喜びだ


鏡花水月



月が真中に浮いている
見事な満月だ
霜のように白く冴え渡り
雲すらも遠慮がちに避けて漂う

此処に季節は在って無いようなものだ
しん、、、とした冷涼な夜が続く
音はどこかに吸い込まれたらしい
生命も鳴りを潜めている

崖に挟まれた湖があり
一帯に緑が繁っている
波紋ひとつなく鏡面は月を映す
水は透明なのだが
暗闇に覆われて底は見えない

独りの詩人が二つの月を凝視めている
抽象と暗示に覆われた思念があるのだが
言葉にすると失われてしまいそうな微妙なものだ
それこそを表すのだと相応しい言葉を探して
深く深く沈んでいく



孤独を研ぎ上げる




月明かりがひとつの意志を射した
「研ぎ上げなさい」と
穏やかで優しい声がした
どこか厳しさも感じられた

手のひらに乗せて  眺め  茫然とする
いびつで小さく  薄汚れて光沢がない
特別な模様も色も持たない  そのくせ硬い
こんなものを研いでなんになる
そもそもどうやって研げと言うのだ
わからないまま棚にあげて寝てしまった

それからというもの
ほったらかしの意志と
不思議な一言が頭から離れない
毎晩の月明かりのように
浮かんでは消えていく

今夜もいつものように空を見上げる
静寂と澄んだ空気
大きく金色に輝く満月
綺麗だ、、  嘆息が溢れる
ふと腑に落ちた
おれはおまえのようになりたい
おまえに憧れている
おまえに嫉妬している

ほったらかしの意志を手のひらに乗せて
眺める  考える  問いかける  応える
薄くぼんやりと発光して
研ぐべき姿が見えたような気がした



月船



感情は明滅する街灯
視線はスポットライト
視野は強調されたものに釘付け
辺りはいつだって真っ暗闇

理性は心配性で臆病でお節介
いつも迷子
当てにできるものはない
絶対はない
変わらないものはない
失くならないものはない
どちらに進むかいつも迷う

心に灯る一本のロウソク
のような月の微光
細やかだけれど決して
消えない  消さない  光

いつだって目指す対象物は出ている
迷うときに俯いて見落とさないように
忘れないように
いつだって目を凝らせば澪標はある
辿りながら
大きな月のほうへ歩いて行けばいい



独り



孤独は好きだ
それは人をいつか孤高にするだろう

愚痴に塗れて顔の見えない人々
私たちこそ正しいのだと吠えている
同意を求めてくるが返事はできず
生来の無口者は殊更に口を噤む
おれにできることは静かに遠ざかること

孤独は隙だ
それはふとした折に堪らなく寂しくさせる

体温に触れたことがあり
失ってしまったからだ
孤独な左手は
同じく孤独な右手を慰める
失われたものと
まだ手が届くものを想いながら

孤独は空きだ
それは対話であり黙考である
絶望であり希望である
安らかで苛烈な閉じられた部屋だ
目を背けてきた抽斗になにかあるのだろうか




半月



月が半分 光っている
半分は視えないけれど確かに在るのを知っている
明暗のコントラストで変わる表情はどれも素敵だ

満月の満面の笑み
全部が見えているつもりでも
君は表の顔しか見せていないんだね
裏側が地球に向けられることはない

それはどんな顔なんだろう
いつも優しく微笑む君だから
抱え込む孤独は漆黒の重さなのかな
光が差せばいいと惰性で考えてしまうけれど
光が届かず知られることもない
漆黒の虚無も必要なのかもしれないね
その土壌にしか根付かないものがあるのだろう




孤月


まなかいに闇が在ります
目を開いても閉じてもなくなりません
一角に月が浮いています
闇に差す月影もなくなりません

月は孤独に見えます
数多の星に囲まれて賑やかでも
独りにだけ用意された場所があるような

私たちの孤独もなくなりません
独りの心にずっと居る親友です
誰よりも優しくあなたを受け入れる親友です
忘れないでくださいその存在を
思い出してください潰れそうな夜に
見上げてください月が浮いています




羽虫



見上げる象徴的な天体
月華は十字をきる
暈は女の慰め
奪われた眼光
焼かれることなく
心だけは妬かれて
光を求める虫のように
飛び込んで  灼かれて



坂上の満月



車を走らせていると上り坂に差しかかり、いつの間にか月に向かって上っていた。いやに大きく近く見えて、本当にそこまで行ける気がした。
いつか下り坂になり、辿り着けないと知りながら、それでも近づいている気がした。
いや、近づいていると思いたかった。

アクセルを踏み込むと前方の道を車は進む。
走っていれば目的地に辿り着く。肉体はそこで降りて何やら動きまわる。心はすでにあの坂で降りてしまった。坂上の満月に憧れて求める様は、光に吸い寄せられる羽虫のよう。

肉体は今日も目的地で降りて、何やら動きまわる。心は旅に出たまま不在のようだ。






意識を遠く投げだしたい
遊離して月へと昇っていくように
身体を留守にして僅かばかりの旅へ

身体よりずっと自由に
虚実を混ぜて
理想も絶望も想うがままな危険を伴う旅

失敗の再上映は呪いの如く
何度も何度も繰り返される
油断しやすい意識は簡単に囚われてしまう

成功の予知夢は気持ちがいい
勝利の美酒に痺れるのは
毒を盛られて動けないのに似ている

意識が身体に還ると毒が廻りだす
素直に仕組まれた効果を発揮する
毒を盛るのも飲むのも無意識自意識の皮肉


月よ星よと眺む



きみは月が怖いと言う
でも一緒に夜空を見上げたいな

おれは月を
きみは星を

月の代弁は任せて
星の代弁は任せる

怖いならこっちを見なくていい
独り言でも構わない
(寂しさは夜に隠れる)

大きさや形は違えど
お互い宇宙を漂う石ころ
おれら地球を漂う熱ある魂
月や星が輝いて見えるように
おれらも輝いているのかな
もしそうだったら言ってあげて
綺麗だねって



ののさま



おまえが  ほほえむ
おれも  ほほえむ

おれが  ほほえんでいるから
おまえも  ほほえむのか
それとも
おまえが  ほほえんでいるから
おれも  ほほえむのか

はじめに  みつめたのは  どちらだったか
おまえが  かがやいて  みえるように
おれも  かがやいて  みえたのだろうか


距離感



途方もなく計り知れない宇宙
太陽系の輪の中
ぽっかり浮かぶ月は独りぼっちに見える
瞬き合う星たちに囲まれながら
返事はせずに黙しているような
だけど不思議と声は届いている安心感がある

宇宙の彼方から眺められるなら月と地球は
付かず離れず踊るダンサーに見えるのかな
一定の距離感は心地よくもどこか寂しい

距離感には名称がついていて
下手に線を跨ぐと嫌な顔をされる
月は年に3.8cmずつ
地球から離れているらしい
どこまで離れても
二者間の名称は変わらないだろう



花祖月税



ずっと昔から
見上げればそこに在る
雨夜で隠れようと
在るのを知っている

詩や物語を与えるのは人
咆哮を与えるのは狼
住んでいるのは兎
すべては見手に咲く

遍く照らす光は
強すぎず誰にも優しく思える
おまえは  ただそこに在るだけなのに
つい余計な意味を与えてしまう

人も動物も月も
望みもせず拒みもせず選ぶこともなく
知らず知らずのうちに生み落とされた

何処の誰が落とした?
天上の神が?
知る由もない陳腐な設問だが
思考することが人間たらしめる
それで遊ぶのも一興だ




月兎



はるか昔から  そして今も
月にはうさぎが住んでいる

むかし むかし
山の中で倒れている老人を助けようとした
優しいうさぎが
だから
月の光は優しいのかな
柔らかな毛並みを光に代えて
命のあたたかさで  すり寄ってくれる

寂しさを知る寂しがり屋のお前だから
寂しさの痛みも心地よさも知っている
触れ合いに無言の共感がある
それは強さを補い合う




待ち合わせ



陽のあたたかさより
月の静けさに癒される傷もある

多くを語らず静かに隣に居てくれる
ただ黙って受け入れてくれる
答えのでない
何処にも行けない夜をあたためてくれる
それは強さだ
あなたの乗り越えてき苦難を
思わないほど子供ではない
その沈黙に励まされ涙する

太陽が情熱を残して沈むとき
月が沈黙の情熱を光らし昇る

愚直に歩き続ければいつか
あなたに出会えるでしょうか
孤独を安い馴れ合いで埋めたくはない
そんなあなたに
沈黙の情熱を滾らすあなたに
口だけ野郎は相応しくない
対等な存在として隣に立てる日を夢みて
愚直に歩き続けます



月行



月陽は円環だ
人からしたら無限にも思える時間を
時刻表通りに運行する

人生という時間は一本道だ
後から後から崩れ落ちて
もう一度踏むことは二度とない

満ち虧けを繰り返すのはお揃いだ
うまくいったり  いかなかったり
喜びと哀しみを幾度となく何度でも

水溜りの月は幻だ
掬っては手から零れ落ちる
流れ落ちる涙に似ていて

溺れて見上げる水月は憧れだ
酸素がぷかぷかきらきら昇ってった
息苦しい最中に美しさがあったよ

夜毎に飽くことなく月が昇れば
飽くことなく見上げて
月光の梯子に手をかける

「受け止めてくれるんだね」
「引き上げてくれるんだね」
「「ありがとう」」




円環



新月に夢をみた

二日月が光を溢し祝福してくれた

三日月に願いを掛けて行こう

上弦の月に想いを込め矢を放つ

後の月だお楽しみはまだまだこれから

小望月も叶うのかどうかそわそわ

満月よお前は遠いな

十六夜に怖れ猶予う

立待月は無力に立ち尽くす

居待月は坐して黙考す

寝待月は疲れて寝過ごす

更待月は決意を連れて昇る

下弦の月よ再び想いの矢を放て

明けの三日月よ虧けるとは駈けるなのだな

月隠りが終わり始まっていく




(独白)



緘黙少年


小学校1〜2年生
言葉が口からでなかった
心でも黙っていた
考えられないのだから原因もわからない
ただ喋れなかった
口のチャックを開けようとしても
開けられなかった  
ためらいに立ち尽くしていた

それでも不思議と友達はできて
なぜか自然に話せる場所もあった
そんな奴らに繋ぎとめられ
楽しい時間も多かった
ありがとう
なんて言った記憶もないな
ありがとう

モジモジ恥じらう
赤面の少年はまだ生きている
おれはおまえの代弁者なのかもな



吃音青年


診断は受けていない
ただ傾向があるってだけの話しさ

言いたいことはある
意見も考えもある
心の海を言葉は泳いでいる
その混沌が順序立てて口から出ない
早口で
平板で
不明瞭で
言葉足らずで
出鱈目な話法で
それ故に恥じらって

相手は怪訝な表情をして(そう見える)
聞き返してくる
視線が刺さり  慌て  逃げ出したくなる
恐怖を覚え  近づくことをやめる
一匹狼と格好をつけて尻尾巻いて逃げている

独りが好きな個人主義者でも
やはり人間は群れをなす生き物だと痛感する
様々な呼び名の感情を経て尚
大事な秘密を囁き合うような
繋がりを希求している



堕胎


受精した命
あたたかな海に誕生した無意識で無自覚な種

自覚しているのは男と女
焼き払おうとしたのは男
産み育んだのは女

自分勝手で  自己中心的で
傲慢な色欲で  臆病な逃げ腰で
幼稚な無能で  無責任な育児放棄
「死んだほうがいい」「くそ野郎」
ああ  もっともだ  返す言葉もない

父親の顔も知らない奴が
子の顔も知らないなんて
繰り返しの皮肉

これは
懺悔でも
謝罪でも
贖罪でもない
ただ知っておいてほしい
ご高説を垂れているのはろくでなしだと











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