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【ネオ昭和感が激エモ】漫画『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』がヤバい

双葉社様より漫画『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』が届いた。思えば第1話が突如TwitterのTLに流れて来て、「すっげえ企画が始動したもんだ!」と舌を巻いたのも思えば随分昔のことである。

赤塚不二夫や藤子不二雄を思わせる懐かしいデフォルメタッチで描かれるのは、元たま・石川浩司によるバンド時代の回想記。
とはいってもミュージシャンの自伝によくある「売れない」「世間に認められない」「ヒットを求められ続けて辛い」といった苦労話ではなく、楽しいことに一直線だが“売れる”ことへの野心は低い石川のゆるい語り口で綴られる回想録だから、読んでいて辛いところが無い。

今作では、2004年に出版された石川のエッセイを漫画家・原田高夕己がコミカライズ。単純に漫画化しただけではなく、80~90年代の出来事をクラシカルなギャグ漫画演出で描いているから、ノスタルジーは特盛りだ。ペンの筆跡を感じる太く均一な線の感じも懐かしく、本を開いた途端、小学校の図書室で指の脂が沁み込んだ古い漫画本のページを手繰る昼休みのことを想い出し、胸が痛いほど懐かしくなった。

この本は石川の若き時代と原田の絵柄、そして最近のレトロブームが偶然にもハマった結果、エモさが爆発している。薄暗い純喫茶の柄付きグラスでアイスコーヒーやメロンソーダでも飲みながら読めば、Z世代のトレンドを満喫できるに違いない。

内容についても、石川のゆるい“文体”それ自体を見事に絵として表現しているだけでなく、資料検証や関係者への取材を丁寧に行っているのがよくわかる誠実っぷり。登場人物たちが後にどのような人生を歩んでいるかの補足もしっかりあり、1980年代の高円寺周辺のアンダーグラウンド音楽シーンの様相が手に取るようにわかる。

現状、この時代・この場所の音楽がどのように形成されていったかの資料はとても少なく、そういう意味でも本書が貴重な書籍であることは間違いない。
しかも、石川の一人称視点である(自伝なんだから当たり前)原作と違い、原田の第三者視点が入ったことにより、情報量は広域にわたる。原作から“要素が薄まる”ことも多いコミカライズにおいて、本作では要素が濃縮還元されている。

そして何より、本作はとにかく面白い。だってまあ、アングラな場で半裸で放送禁止用語を歌ってたミュージシャンが、時代に流され紅白歌合戦に出場した話なんて、面白くないわけがない。
今回の『さよなら人類編』では誕生~イカ天出演までの経歴が描かれているが、特に面白いのはWikipediaに書かれていない交友関係の部分。癖のある面々が揃っており、登場人物の多い話題における「絵」の有効性が存分に発揮されている。人名を覚えるのが苦手な人間には、デフォルメされた特徴的なキャラデザが有難い。

ゆるい時代ならではのエピソードも良い。空き家で蝋燭をつけて練習したり、軽トラの荷台で雑魚寝して夜を明かしたり、会計が自己申告制の居酒屋があったり。今の若者がやったら炎上しそうな話題がちらほら見えるが、「こういうのでいいんだよ」と心が温まる。

まあいろいろ書いたが、本作の良さは76歳になるうちの父親が
「ああ懐かしい、この頃あの辺りでよく若いミュージシャンの歌を聴いた」
「ここに出てくるライブハウスの目の前のビルを建てた」
「この場所を知っている、行ったことがある。ここで赤塚不二夫とタモリに会った。一緒に呑んだ」

と微笑みながら呟いていたことが物語っていると思う。

たまの予備知識はいらない。むしろ「たまってあの『さよなら人類』の?」ってくらいの知識の人や、そんな曲すら知らない人に読んでほしい。これは日本のある時代・ある場所で生きた若者たちの青春記だ
小さなライブハウスで幸福に歌い続ける登場人物たちの姿を追っていると、笑みが零れると同時に、“ミュージシャンの本質とは何か”を問われているような気がしてならない。

漫画『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』は2022年7月21日(木)に発売される。

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