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有料記事のお知らせ

 以前検討していた有料記事について、方針などを整理して企画し直しました。

有料にする理由

 誰でも見れるわけじゃない記事を書くため。これが一番の理由です。
 私は本名で記事を出しています。そのせいで、程度はどうあれ「本当に思っていること」を「率直」に書けない事柄がなくはないです。そのような制約は、記事投稿にとって良い効用でもあるのですが、一方で、「率直さ」や「本当に思っていることを語ること」――これらはまさにパレーシアに関わることであるがゆえに、歯痒い思いもあったんですね。
 有料記事では、本当に思っていることを率直に書いていきます。

実際は「有料マガジン」

 有料のパターンについても検討しました。有料記事は仕様上、notoの会員登録をしないで購入できます。このことがどの程度上述の理由と相性が悪いか必ずしも明確ではないのですが、パターンとして有料マガジンを選択することにしました。

記事の書き方

 私は主に哲学や哲学者の記事を書いているので、馴染みのない方には読みにくい言葉や書き方になっていると思います。有料マガジンの記事は、基本的にそういうのを避けます。率直な意見だから、シンプルに書くことができる。簡単に言うとそういうことです。
 そして、私の本当に思っていることを書いていきます。もっとも無料で読める記事と主張的に大きく違うというようなことにはならないでしょう。人の言葉を借りたり、語調を曖昧にしたりといったことをしないといった程度の違いと思ってください。ただ、「主張そのもの」であるがゆえに「○○であるべき」とか「○○でなければならない」という語法を、解禁します。そういう言葉づかいは好きではないのですが、言い切ることが必要なときには使う、ということですね。

記事の内容(テーマ)

 内容は、以前の企画を再検討したものからやっていきます。いまのところ、目処が立っているのはフーコーの読書ノート記事からインスピレーションを得た、「自己の放棄」――そういう方向からの自分に関することが一つ。
 もう一つは、他者たち――複数形の他者、つまり集団に関することです。

旗色(ポジション)

 何度もお伝えしている政治的中立のことではありません。思想……という言葉も、そういうニュアンスになりますか。ようは、考えるときのポジションについてです。それについて(文法的な間違いを含んでいるかもしれませんが)Kynical-weilarianと書けるような視点を自らの場所としたいと思っています。
 日本語で書くと、犬的ヴェイユ主義者……でしょうか。そもそもヴェイユ主義なんてないんですが、こっちは単純にヴェイユにこだわるということ程度の意味でとってください。そういう意味では(無料記事で)ヴェイユの読解は継続していきます。
 そして、「犬的」というのは、キュニコス派的な――つまりシノペのディオゲネスが受けた神託「パラカラッテイン・ト・ノミスマ」(世の中で流通している)貨幣=慣習の真贋を確かめる、というような視点で考えるということです。「ノミスマ」はノルマやノーマルの語源です。だから広くは普通ノーマルを吟味することです。一方で「パラカラッテイン」とは、贋金に傷をつけるという意味の言葉です。つまり、単に「常識を疑う」といったものではなく、常識や慣習といったものの真贋を試し、贋金には傷をつけることをするということです。
 傷をつけられた貨幣は、その状態で流通させられた(正規の貨幣と交換されるわけではなかった)らしいので、正確ではないことを分かった上で、私はそこに別のもう一つのイメージ――「働かなくさせる」(ギリシャ語でargos)ことのイメージとつなげています。アルゴスargosはエティエンヌによってラテン語辞典に「働かなくさせて無効にする、その働きをやめさせる、取り除く、廃棄する」と訳されます。そのラテン語をそのままマガジンのトップにのせました。まぁ、飾りです。
 それから、ここにしか書く場所がないので、長くなって恐縮ですが、「Kynical」という表記は、普通の英語なら「cnical」です。シニカル――冷笑的なという意味で使われる言葉ですね。これは単純にシニカルという言葉の由来がキュニコス派にあるからです。そもそもなんでkynikosキュニコスというかというと、「犬」kyônからの派生なんですね。この言葉を尊重して「Kynical」としています。それは、冷笑的とはぜんぜん違う態度です。

 マガジンの記事では、こういうローマ字や、人名含めカタカナを可能な限り使用を減らしたいです。先に片付けておいた、ということです。

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