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本の紹介:『ダーウィンの呪い』(1)

 今回は、本の内容についての前に外堀を整理したいと思います。

詳細と経緯

 千葉聡著、講談社現代新書、2023年(11月)……ということで私にしては珍しく最近出版されたものです。出版社からお分かりの通り「現代ビジネス」(講談社)で、実質的にこの本の紹介である著者の記事を見ることができます。そもそも、私も現代ビジネスの記事で興味を持って、買って読んでみました。
 そういうわけで、「ビジネスと哲学」ジャンルである、と思うかもしれません。ただ読後の簡単な感想としては、まぁ、いい意味で大部分違いますね。その辺りを少し整理してみます。

要求される素養の幅が広い

 はじめに告白しておきますが、私はこの本を「甘く見積もって、宿儺すくなの指8本から9本分」ぐらいしか理解できていないと思います。まず、ダーウィン前後の生物学(≒進化論)についての知識――これはまだ、本の中で言及されることが多いのでなんとか(といっても、知らない学者の名前がならぶことに)なります。次に、現代に至る進化論の知識。こちらは、言及されてはいるものの詳しく説明があるわけではないので、いち読者としてはある程度知っていないと、書いてあることの意図が分からないと思います。あくまで一つの例(本では直接言及のないもの)ですが、「利己的な遺伝子」とかですね。つまり、進化生物学や遺伝学等の知識です。
 それから、広い意味での社会学――ダーウィニズムが社会に与えた影響にスポットが当たるので、同時代の(自然)科学や社会学の中身……というより時代的背景について、ざっくり程度には要求されます。その中に、(幸か不幸か)哲学も入ってきます……その比率は少ないですが。あえて挙げるなら――これは著者も想定していないかもしれませんが――科学史、特に『科学が作られているとき』ぐらいの素養は欲しいところです。逆に、本の中で何度か言及される、広く言えば倫理学……あるいは正義論についての基礎的な素養、これは明らかに読者は持っている前提で書かれています。

コスパはいい

 ここまでのところを一言でいうと、普通のビジネスマンが読んでも半分以上分からないだろうとなります。えっと……これは表現上、上から目線になってはいますが、シンプルに事実だと思います。したがって「現代ビジネス」のリンクからAmazonで購入したほとんどの人がそのような状態に当てはまる……のではないでしょうか。
 しかし、これは本書の欠点というより圧倒的コスパの表れなわけです。新書にしては分厚くて(表記のある)頁数で342。参考文献の多さと質。そして今回は取り上げない本の内容。私は、本書を一級の学術書だと思います。それが、1200円(税別)って――改めて哲学の本の値段設定に怒りを感じるわけですが、まぁ、いいでしょう。次回以降の記事でまとめますが、著者自身の主張もクリアに述べられています。まぁ、「ビジネスマンに対しての」(著者の主張)に限れば、若干ほのめかす程度だったりもしますが、それはそれで、私なりに別途紹介します。ここでは総じて、この本は、「買い」と推すことができます。
 一応、欠点も挙げておきましょう。最初に書いた、いわゆる科学史的な内容の部分、それなりの分量なので、例えばビジネスマンにとって――つまらない、分からない……といったことは十分にあると思います。あくまでそういう意味で、ですが、冗長であると感じるところもありました。

哲学ではなく科学の人

 著者は……正確に書くなら、科学(応用ではなく基礎学)に重きを置く人です。少なくとも、結論はそっち側で決着させています。一節、引用しましょう。

 真理に近づくという目的で進化学は輝く。ただし真理に接近したからといって幸福に近づくわけではない。幸福か不幸かはまた別の話だ。それでも真理には力がある。もし偏見や差別の理由が真理からほど遠いにもかかわらず真理だと偽っているなら、それに対抗するのは、実用性を期待されてはいなくとも、真理に接近している科学であろう。

305頁

 ここでの「真理」は絶対的な正しさという意味ではありません。科学的に(ラトゥール風に言い換えると人類学的に)形成された合意ぐらいの意味です。なおかつ、それでも全会一致にはならないようなもの――「近づく」とか「接近」すると書かれるのは、そういうことです。
 ただし、上の引用は、著者のポジションをよく示している一節であって、(現代の社会課題――その解決そのものではなく、課題との向き合い方についての)著者の主張はまた別の話です。

おわりに

 私にとって整理すべき外堀としてはこんなところでしょう。もちろん、著者自身についてなどはすっ飛ばしていますが、興味がある人は調べれば分かることです(私は今のところ興味がないので調べずテキストと向き合うことにします)。
 次回は、本書の中で言及されているもので、多くの人が「面白い」だったり「そうだったんだ」という感想を持つような、いわばトリビア的なものをいくつかピックアップしつつ、そのエピソードが持つ意味を紹介していきます。
 そして、次次回は、著者の主張と、やや遠慮気味に書かれているビジネスマンへのメッセージの整理、およびそれに対する私の感想をまとめることにしましょう。少しだけ先出しすると、著者が問題視する現代の(ビジネスや世論での)優生学的側面については、私自身、多くの気付きを得ましたし、部分的には私が過去の記事で取り上げたことが含まれていました。あとは幾つかの検証ですが……クロポトキン、手元の本棚にあったかなぁ〜。実家かもしれん。取りに行くのめんどくせ


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