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アプリ紹介:ALTER EGO

案件ではありません。ネタバレは最小限。攻略ヒント無し。
今回は、珍しくスマホアプリの紹介です。きっかけは、このアプリの一部の画像をnotoのクリエイターの方のプロフィール画面で見かける機会があったからです。単純な紹介ではなく、私なりの解説をしてみます。

導入

どんなアプリ

 ストアの説明を見てもらうのが早いのですが、一部抜粋しましょう。性格分析と物語で自分を見つめ直すゲーム。おすすめの対象者の例の一つとして、文学や哲学、心理学に興味がある人
 はい。哲学と心理学を並べちゃいましたねー。いいんですよ〜。そうでないと商売になりませんからねぇ……と茶化しましたが、心理学といっても中身は精神分析学(フロイトがメイン)です。
 レビューの多くは絶賛ですね。レビューで見れる範囲のネタバレは良しとするのは、しょうがないと考え、紹介を続けていくと、「性格分析アプリであること」自体がブラフになっています。
 物語というのは、ナラティブなということです。言い換えると、プレイヤーが登場人物とあたかも同じ立ち位置であるかのように感じ(没入感)られるようにする仕掛けがあり、また(最初の)攻略に時間がかかるところも、ゲーム進行のリアリティの構成要素として意図してつくられています。このようにプレイヤーがストーリーを体験しつつ、ストーリーに影響を与えながら、マルチエンディングのいずれかを迎えることになります。体験型、というのがナラティブってことです。
「君がIDになるなら、俺は……俺もIDになる!」

私のプレイ履歴

 まず、課金要素ですが、基本無料→ガチャシステムではないです。ただし、基本無料ですが、没入感こそが肝心要なので、クソみたいな広告が挟まるのは致命的で、避けるためには300円程度の課金が必要になります。それ以上の課金についてはファン要素となっている親切設計です。難易度は、誰でもクリアできる程度と考えてください。一定時間ニュータイプのような反応速度と機体のタッチサンプリングレートが要求される場面はありますが、無視しても影響がありません。
 さて、私がどのぐらいプレイしたかですが、時間は覚えていないですね。マルチエンディングは当然網羅。データ初期化して、あえて再開したのが3回ぐらいだったでしょうか。もう、だいぶん前の話ですけども。

私の評価

 「どんなアプリ」で説明としては書きましたが、なにがすごいって、基本は小説なんですが、アプリでしかできないこと(小説ではできないこと)をいい意味で教科書的に実現していることと、その水準の高さです。デザイン(ストーリーを含む)、ビジュアル、音楽、どれもが素晴らしい。音楽については、もし、プレイするなら、騙されたと思っていわゆるトゥルーエンディングまではやりましょう。そこに至るまでの体験を含め、感動できます(と、ピアノの音が基本大嫌いな私が言うほどです)。

総評

 ここまで書いといてなんですが、notoのクリエイターの方たちで、このアプリを知っている人は多いんじゃないかなと思います。リリースからも時間が経っていますし、評判が良ければSNSなどで目にした機会はあるのではないでしょうか。
 ストーリーは現実の著名な作家の「著作」と関わりながら進んでいきます。一部を挙げると…太宰治、カフカ、夏目漱石、ドストエフスキー、カミュ、ルイス・キャロルなどです。偉大な作家の、一つの本が取り上げられますが、その選書がまたすごいセンス良いんです。漱石なら『鉱夫』、ドストエフスキーなら『地下室の手記』というように、いわゆる主著が選ばれているのではなくて、このアプリの世界観から選ばれています。カミュなんて『シーシュポスの神話』ですよ。開発チームの読書量、内容理解の質の高さが、細部で光っています。
 ちなみに、エンディング後は、ストーリーで選ばれた各作品についてのエピソードや、追加でSF作品が大量に取り上げられますから、SF作品が好きな方にもおすすめできます。

解説

 登場人物は、壁男エス、そしてプレイヤーです。3人ということが非常に重要で、それぞれフロイトにおける、超自我イド自我が対応しています。よくできた図がwikipediaにあるので参照しましょう。

フロイトによる構造論

 意識が氷山の一角であるというイメージから図式化されたもので、超自我が壁男(本人はエゴ王と名乗るのでややこしいですが)、イドがエスとなります。したがって、壁男エンドがSEと表記されるのはsuper-egoのことです。また、エスエンドがIDなのは、アイデンティティではなくって、idのことです。
 ポイントの一つは、超自我と自我は意識であることです。だから、壁男はストーリーのファシリテーター(ヒントをくれる役)なのです。イド(エス)は無意識なので、プレイヤーにとって語り/語られる他者の役を担います。そしてポイントの二つ目は、(プレイヤーの選択にもよりますが)超自我に対して自我とイドは結託することになります。この結託は、構造に表れている……つまりフロイトの理論上、必然の関係性であることに注目してください。
 三つ目のポイントは、このアプリのプレイ中、プレイヤーは自我=エゴ(ego)であることです。本来は、氷山全体が自分なわけですが、プレイングにおいては、エゴの立ち位置であるということです。つまり、エゴの言葉の定義の通り、プレイヤーは「イドからの欲動を防衛・昇華したり、超自我の禁止や理想と葛藤したり従ったりする、悩める存在」であることを体験するということです。性格分析かと思いきや、知らぬ間に登場人物と同格に位置づけられることが、没入感に直結しており、それがナラティブ性を生み出しているという、極めて巧妙なテクニカルポイントといえるでしょう。
 ああ、言い忘れましたが、イドとエスは同じものです。どっちも、フロイト自身が使う言葉で、イド(id)の方はラテン語。エス(Es)の方はドイツ語です。ちなみに、エスって、ニーチェが使い始めて、その後心理学の分野で定着し、定着したからフロイトもエスを使ったという経緯があります。
 さて、「フロイトの構造」話を戻しますが、そもそもこれは何の構造なのかというと、「私(の精神)」の構造です。つまり、壁男も、エスも(当然プレイヤーも)私です。アプリのレビューのなかには、「壁男嫌い」とか「エスかわいい」とかありますが、この構造を理解したならば「壁男かわいい」が理屈でも(私の場合)感覚的にも、成立します。フロイトならば男性性だけでキャラクタライズされるであろう壁男を、男女のアシンメトリーでキャラクタライズしている点にも、作者のセンスが光りますが、やはり、壁男の男側から「おめでとう」の言葉が出てきたときのインパクトは大きいと感じました。

私の感想

選書からの抜粋センテンスについて

 総評として大絶賛なわけですが、それは精神分析学的構造とナラティブ性についてです。文学(あるいは哲学)の本がコンテンツとなるわけですが、選書は素晴らしいです。ただ、吹き出しとして抜き出される言葉(ワード/センテンス、あるいはその部分)の選択は、正直イマイチですね。なんか、紋切り型というか、検索したらネットで拾えるような部分が抜き出されているんです。カフカの『変身』を例にすると、「巨大な虫に変わっているのを発見した」って、意味なくないですか? これはアプリのテーマではなくて、単純に『変身』という本の説明用ですよね。(その後に開放される「どうやらおれの頭を狂わせてしまった」はちゃんと意味があります)
 まぁ、たしかに、認知度が高かったり、象徴的な部分ということかもしれませんが、このアプリのテーマから見れば、もっと的確な部分があっただろうと思いながら、しばしば吹き出しをタップすることになります。取り上げられている著作を読んだことがある人ほど、そういう思いは強くなるでしょうね。この部分は、開発チームの能力の問題ではなく(なぜなら、エンディング後の著作の解説は、アプリのテーマに直結しているからです)、吹き出しという短さの限界であり、根本的には、ゲームデザイン上の構造的な欠点でしょう。

おすすめしたい人

 やはり、本が好きな人ですね。アプリで取り上げられる沢山の本の中には読んでないものも当然あるでしょう。それらを、読みたくなりますよ。あと、心理学の知識はいらないです。必要なのは精神分析についての部分的な知識で、それは私が解説したもの(足りなければwikipediaで補える)程度ですから。悲しいことに哲学は、(ここでもやっぱり)要らないです。いや、そりゃ性格分析的な要素の部分では、素直に回答すると私は必ず「哲学者型」になりますよ。でも、「私ってなに?」という問い掛けなど……w 失礼。失笑でした。

AEエンドについて

 それがどんなものかは、書きません。以下は私の感想と疑問です。ナラティブと「旅」との結びつき(帰結)はありきたりですね。強いて形容すれば、手垢のついたとも言えるほどです。そして、ここは、私の理解不足の可能性が高い=知っている人は是非教えてください(切望)のですが、alter- 別様なegoといったとき、そのegoはプレイヤーの可能性なのか、エスの可能性なのかがはっきりしません。というのは、その旅のメンバーに壁男が入っていないからです。言い換えると「衝動のあるところに、自我をあらしめよ」というアプリを最初に起動したときのフロイトからの引用が、壁男の不在を意味している、のだという確信が持てないということです。仮に、そうだとすると今度は、それが、alter egoと言える状態なのかが分かりません。まぁ、アプリで示されているフロイトに関する本でも読んで勉強してみます。

以上、びゃくやッッきょっこぉうう!……あ、間違えた。エスに捧ぐ!

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