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『野の医者は笑う』を読んでおもう、心の治療

こんなブログを目にしました。
起業家のメンタル問題に立ち向かう技術

・イチロー選手でもメンタルに問題を抱えることはある・起業家は心の問題に備える必要があり、問題を抱えてしまったら克服する必要がある・根性論ではなく「技術」で克服しよう・私なりの「備える技術」「克服する技術」を紹介 - 早めにまわりに打ち明ける - まだ元気があるうちに仮説検証を繰り返して原因を探る - 大丈夫と宣言する

期待とプレッシャー

ありがたいことに、会社で色々とお願いされることが増え、
自分の一歩が一歩ではなく、数十人分の人生がのしかかった一歩なんだなと実感する機会が増えてきました。

これまで、良きか悪きか、人より多く?の苦労をすることがあったおかげか、大抵のことには動じない自負があるのですが、

さらなるプレッシャーがかかったときは、このブログのように考えてみる必要があるんだろうと感じています。

『野の医者は笑う』を読んで

さっそくブログで紹介されている本を読んでみました。

変わった語り口で、多くのスピリチュアルなエピソードが紹介されるのですが、実はノンフィクション。沖縄にはまだまだこんな世界があるのかという驚きと同時に、好奇心をくすぐられます笑

<本書の内容>---
そもそも「野の医者」が指しているものなのですが、ヤブ医者が転じて「野の医者」と呼んでいました。

沖 浦和 光という歴史学者は、「ヤブ医者」がもともと「野巫医者」だったと書いている。 「ヤブ医者」というのは、腕の悪い医者の意味ではない。朝廷に仕える正規の医師と違って、「野」にいて、それでいて「 巫」、つまり巫女(みこ:ふじょ)のようなシャーマニックな治療を行なう人たちのことを言った

そんな”野の医者”の多くが、共通して苦しい時期を過ごしており、

野の医者とは病み、そして癒やされた人たちである。 私はその後、百人以上の野の医者から話を聞いたが、ほとんどの人が深刻に病んだ時期があり、それを 潜り抜けた後に治療者としての活動を始めていた。  野の医者たちは自分が病み、癒やされた経験から得たものを、今病んでいる人に提供しているのである。  自分を癒やしたもので、人を癒やす。そして人を癒やすことで、自分自身が癒やされる。  こういう現象を、ユングという偉大な心理学者は、「傷ついた治療者」と呼んでいる。


そんな彼らの話を聞いていると、何を病気とするかは、時代や文化によって大きく異なるそう。

治療は文化によって変わってくる。何が病気とされ、何が治癒とされ、誰が治療者で、誰が病者なのか、そういうことが文化によってまったく違う。文化が治療のありかたを決めるのだ。
たとえば、教室で座っていられず、粗暴な振るまいをする子は、アメリカでは「ADHD」だと診断される。すると、リタリンという脳に働きかける薬が処方されたり、行動を制御するためのスペシャル・プログラムが組まれたりする。 だけど、そういう子は沖縄ではマブイを落としたと言われるかもしれない。そうすると、治療はマブイグミと呼ばれる、魂を込め直す作業になる。 あるいは、ブッシュマンの世界では、教室で座っていられないのは、勇敢な 狩人 の 証 で、病気ですらないかもしれない。父母はいつか大物の 豹 を捕獲する息子の姿を夢見るかもしれない。 そういう風に考えると、ある文化にとってはいかがわしい治療も、他の文化ではまっとうな治療とされることが起こる
科学的基準に照らして、どちらかが正しくて、どちらかが間違っていると考えるのではなく、それぞれの文化に生きている人たちにとって、それぞれの治療が有効だったとして、それは何故なのかと問うてみる


何を病気とするかも違う、ともすれば治療の方法も異なる。
そういった前提に立ち、『心の治療とは何か』を考えてみると、

治癒とはある生き方のことなのだ。 心の治療は生き方を与える。 そしてその生き方はひとつではない。心はその人の生き方に現れるしかない。だから、心の病いや傷つきとは、生き方の不調にほかならない。私たちはこの世界の中でうまく生きていけないとき、心を病む。 そういう危機のときに、心の治療は、人に新しい生き方をもたらす。その生き方はそれぞれだ。

基準がないからこそ、心が傷ついたとき、自分に取っての正解(=生き方)を取捨選択していくことが重要なんだと。
・臨床心理学:「現実を見つめ、ちゃんと落ち込めることが健康」という見方
・野の医者たち:「軽い躁状態が健康」という見方

そして、そもそも健康/病んでいるということ自体、綺麗に分けられるものではない。

「でも誰か、究極に 健やかな人っているのかな。みんな病みながら生きていて、それを受け入れるってことが、ありのままなのもしれない」  私は強く 頷いた。本当にそうだ。健康な人と病んでいる人を完全に分けること自体が、愚かな質問だった

自分の心はどういった状態が健康なのか。不調のとき、どういう”生き方”を選択して健康になるのか。ふと考えてみたいと思いました。
(このような高尚な話だけでなく、ランニング行く、よく寝てみる...といったレベルのTipsも見つけたいですが笑)

人の心について、もう少し調べてみたいと思います。

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