水のお話

 女の子の家の近くには川がありました。水は耐えることなく、速度も変えず、同じ方向へ流れ続けています。 

 女の子は川を見るのが好きでした。川はいつも同じなのに、いつも違って見えました。優しいときもあり、怒っているときもあり、笑っているときもあり。今日の川はいったいどんな気分なんだろう。

 その日も、いつもと同じ橋の端っこでちょっとだけ背伸びをし、鉄錆びた手すり越しに川を覗き込んでみました。

 よく晴れた日なら川底のお魚を見ることが出来のですが、今日は全然駄目でした。空が曇っていたせいか、川は灰色めいた銀色をしていました。

 お魚が見えないかわりに、黄色い片一方だけの長靴がのっぺりした川面に浮かび、そそくさと川下へ流れていきました。

 なんとなく寂しい気持ちになった女の子は、今日は早くおうちへ帰ろうと思いました。

 重たげな流れに揺られたうさぎのぬいぐるみを見つけたのは、ちょうどそのときでした。長い耳がなければそれがうさぎさんであることに気付かないぐらい、泥だらけで汚れていて、背中には傷もついていました。

 うさぎさんは、黄色い長靴を追いかけるようにして、まっすぐ皮を下っていきました。 うさぎと長靴は遠ざかり、小さくなり、やがて見えなくなりました。 完全に見えなくなるまで、女の子は橋の袂でウサギと長靴を見守っていました。

 その日の夜は、いつもより早くお父さんが帰ってきました。

 ふだんのお父さんは女の子が寝た後におうちへ帰り、朝起きる前におうちを出ていきます。だから、女の子は飛び上がってお父さんに抱きつきました。お父さんに抱っこしてもらうのは三か月ぶりのことでした。

 お父さんは淡いピンク色の包みを女の子の手のひらに乗せました。帰りが早いとき、お父さんはいつだってプレゼントをくれます。眠っているときにこっそりプレゼントを置いていくサンタさんよりも、起きているときに帰ってきてくれるお父さんの方が、女の子はずっと好きでした。

 赤いリボンをほどくと、中には真っ白なうさぎのぬいぐるみが入っていました。長い耳に触れてみるとそれはとてもふわふわで、まるで生まれたての赤ちゃんみたいでした。眠たげな目を細め、今にもあくびをしそうな顔をしています。

 でも、本当にあくびをしたのは女の子でした。

 「さあ、早くお休み」

 雨が降っていました。雨は皮に注ぎ、川はいくつもの川と交わり、やがて海に流れていきます。そして海で出来た雲がまた雨を降らせ、街を濡らしていきます。

 女の子は毛布にくるまり、目を閉じて、雨に濡れる街のことを思いました。誰にも内緒にしていましたが、女の子は雨がとても好きだったのです。

 今度はお父さんに長靴をプレゼントしてもらおう。

 柔らかな雨音に包まれながら、女の子はうさぎさんとともに眠りました。大きな海のはるか底よりも深い眠りでした。

 女の子はきっと今日あったことをいつまでも覚えているでしょう。深い眠りは、また新しい朝を連れてきてくれます。