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マンション建築工事請負代金債権の違法侵害にあたる行為かどうかが問題になった事例

最一小判令和5.10.23裁判所Web


1.事案および裁判の経緯

 M社は、本件敷地にマンションを建築して分譲販売することを計画し、平成26年、本件敷地を合計6100万円で購入した上、平成27年6月、M社を注文者、X社を請負人として、本件敷地にマンションを建築する工事の請負契約を代金10億1500万円で締結した。
 X社は、M社から、請負代金について、平成29年2月15日までに遅延損害金を除いて合計6017万円余の支払しか受けられなかったので、同日、本件契約に係る建築工事を中止し、本件マンションを自己の占有下に置き、M社の関係者が本件マンションに立ち入ることを禁じた上、X社が自ら本件マンションを分譲販売して請負債権を回収することとした。
 そこで、X社の代理人であった弁護士らは、本件マンションの販売状況等について確認するため、平成29年3月、M社代表取締役らと面談したが、M社の対応が信頼に足りるものではないと判断し、本件マンションの引渡しを受けて引き続き分譲販売させてほしいというM社の要望に応じず、X社は、平成29年4月18日、M社について破産手続開始の申立てをし、同年6月2日、破産手続開始決定がされた。
 ところが、これに先立ち、平成29年4月2日、Y社が本件敷地を対価を支払うことなくM社から譲り受け(これが本事件で問題になった「本件行為」である。)、所有権移転登記を経由した。これに対して、M社破産管財人は、本件行為が「無償行為否認」(破産法160条3項)にあたるとして、本件敷地についてY社の所有権移転登記の抹消を求める訴えを提起し、令和元年9月、請求認容の判決が確定した。
 以上の経緯のもとで、X社は、Y社においてM社からマンションの敷地を譲り受けた行為がX社のM社に対する請負代金債権を違法に侵害する行為に当たると主張して、不法行為に基づき、X社の損害の一部である1億円および遅延損害金の支払いを求めたところ、原審は、これを認容すべきものとしたため、Y社が上告した。
 上告審では、自らマンションの分譲販売によって請負代金債権を回収するというX社の利益は、単なる主観的な期待にすぎず、法的保護に値するものではないとし、X社の請負代金債権を違法に侵害する行為に当たらないことを理由に、原判決を破棄し、X社のY社に対する請求を棄却した。

2.判決理由

 本件行為の当時、X社は、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権の回収を図ることとしていたが、本件敷地についてはM社が所有しており、また、X社において、将来、本件敷地の所有権その他の敷地利用権を取得する見込みがあったという事情もうかがわれないから、X社が自ら本件マンションを敷地利用権付きで分譲販売するためには、M社の協力を得る必要があった。しかるに、M社は、X社の意向とは異なり、X社から本件マンションの引渡しを受けて自らこれを分譲販売することを要望していたというのであるから、X社においてM社から上記の協力を得ることは困難な状況にあったというべきである。これらの事情に照らすと、本件行為の当時、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権を回収するというX社の利益は、単なる主観的な期待にすぎないものといわざるを得ず、法的保護に値するものとなっていたということはできない。
 以上によれば、本件行為は、上記利益を侵害するものとして本件債権を違法に侵害する行為に当たるということはできない。

3.本判決のチェックポイント

(1) 債権侵害による不法行為

 本件は、債権侵害による不法行為の成否が問題になる事件である。
 この問題について、判例は、「債権もまた対世的な権利不可侵の効力を持ち、第三者が債務者を教唆し、又は債務者と共同してその債務の全部又は一部の履行を不能ならしめた行為は、不法行為となる」(大刑判大4.3.10刑録21輯279頁)とし、一般的にこれを肯定する。
 ただし、債権の非公示性、複数独立性(複数債権者による自由競争が許容されていること)という性質に鑑み、加害行為について、故意または重過失による場合や公序良俗違反など違法性が強い場合に限定して不法行為の成立を認めるのが通説である(潮見佳男「不法行為法Ⅰ[第2版]」110頁参照)。
 本件事例のX社は、Y社が本件敷地をM社から無償で譲り受ける行為をしたことにより、X社の請負代金債権を違法に侵害したとして、Y社の不法行為責任を問題にするものであるが、判決が、「自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権を回収するというX社の利益」を侵害することになるが、「単なる主観的な期待にすぎないものといわざるを得ず、法的保護に値するものとなっていたということはできない」とするのも、Y社の行為は自由競争のもとで許容されると考えたものではないかと思われる。

(2) 2名の裁判官の反対意見

 以上の法廷意見に対して、岡正晶判事および堺徹判事の反対意見が付けられている。
 岡判事は、M社はX社に対して、X社が本件マンションを敷地利用権付で分譲販売することに協力する義務、ないしは、これを妨げない義務を、信義則上の義務として負っていたことを前提に、「X社の本件マンションを敷地利用権付きで分譲販売する利益は、単なる主観的な期待にすぎないというものではなく、民法709条にいう法律上保護される利益と評価することが相当」とするものである。これは、「X社において、本件マンションを敷地利用権付きで分譲販売する方針を決め、これが可能となる相当程度の見込みがある状況にあり、M社においては、本件代金の支払を遅延することでX社がこの方針を決める原因を作出した上、X社の上記状況を認識していた」ことによるものである。 
 そうすると、Y社が本件敷地をM社から譲り受け、所有権移転登記を経由するという本件行為は、「X社の本件マンションを敷地利用権付きで分譲販売するという利益を直接的かつ積極的に妨害する意図で、M社とY社が共同して行ったものであり」、「故意に、X社の法律上保護される利益を侵害した民法719条の共同不法行為に当たる」ということになる。
 堺判事も、「信義誠実の原則に照らして、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権を回収するというX社の利益について、契約締結上の過失における交渉の相手方に対する信頼以上の法的保護が与えられてしかるべき」として、基本的には岡判事に同調するものである。
 これに加え、堺判事は、「Y社らは、本件行為において、登記原因を『売買』としているものの、真実は売買契約はないのであって、虚偽の登記の申請をし、登記簿原本(登記記録)に不実の記録をさせたというのであるから、刑罰法規に触れる可能性もある」として、本件行為の悪質性を指摘し、「未だX社との契約の当事者であるM社が、X社の本件債権の回収に協力しないだけでなく、Y社と意を通じて、X社による破産手続開始申立て前にあえて本件行為に及ぶことは、およそ信義則上許されるべきものではない」とする。 以上のように、本件は、債権の違法な侵害として不法行為の成立を認めるかどうかの境界線に近い問題が取り扱われたものであるが、請負代金の返済義務を負うM社がこれを履行しないばかりか、Y社と共謀して、「自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権を回収するというX社の利益」を侵害することについて強い違法性が認められるという、反対意見が支持されることになろう。