渡邊博己

民事法研究者。 *池田銀行で、法務担当・株主総会担当・コンプライアンス担当を30年余り…

渡邊博己

民事法研究者。 *池田銀行で、法務担当・株主総会担当・コンプライアンス担当を30年余り。その後、京都学園大学・近畿大学・立命館大学などで、「民法」「消費者法」等の研究・教育を15年余り。 *ここでは、民事の判例紹介・判例研究をメインに、その他コンプライアンスの話題を掲載する。

マガジン

  • 民事判例アラカルト

    ここでは民事法分野の目についた判例を紹介する。  ある事実関係のもとで、裁判所がどんな判断をしたのか、その判断について学説はどういった評価をしているかを可能な限り明らかにしたいと考えている。  法律の条文と理論は、面白いものではない。これに彩りを添えてくれるのが判例である。生きた人間の生活が背景にある。当事者がなぜそういった行為に至ったか、これに思いをはせてみるのも面白い。  アラカルトは、レストランなどで、客が好みに応じて献立表の中から選んで注文する一品料理であるが、あくまで、個人的好みで味付けしており、味は保障しない。

  • 金融機関のコンプライアンス雑論

    金融機関実務において、コンプライアンスの重要性が広く意識されるようになったのは、金融庁による『金融検査マニュアル』の公表(1999年)以降ではないだろうか。当時、銀行業界では、全銀協が1997年に『倫理憲章』(現在は一部改定を経て『行動憲章』として公表)を制定しており、これと併せて、「法令遵守」を軸に、「企業倫理」も含めた考え方のもとで、金融サービスを提供することが強調されるようになった。  私は、1998年に法務室長(2002年にはコンプライアンス室長)を拝命してこの問題を担当することになり、退職後も、2004年に開始された(社)全国地方銀行協会コンプライアンス検定試験の問題作成委員長として10年あまり関わることとなった。[現在も管理委員会のメンバーとして関わりを持っている。]  これらの経験をもとにして、何が問題になり、これをどう考えるべきかを綴ってみることとする。

  • 民事判例「研究」

    すでに「民事判例アラカルト」を公開させていただいておりますが、ここでは、民事判例を素材にした「研究」に重点を置いた記事を集める予定です。当面は、今まで書きためたものを現在の法状況にあわせてアップデートすることにしたいと思いますが、少しずつ新しいものも加えていきたいと考えております。

  • 『法学ナビ』+α

    「法学ナビ」というのは、右近潤一氏と私の共著で、2018年5月に北大路書房から出版された法学入門のテキストである。  本書は、16の身近で具体的・仮想的なThemeから「法にかかわる基礎知識と問題群のいまと未来」を考えていくという試みである。  発刊後、2019年4月から7月にかけて、各テーマについて、本書をテキストにした講義ノートをもとに新しい情報を加える形で、@NIFTYココログ上の「なべさんのブログ」http://watahiro.cocolog-nifty.com/blog/で、各テーマの解説を行った。  その後、重要な法令改正、新たな判例など、本書の内容に関して、大きく変わった箇所を中心に、このMagazine上で、新たな解説を書き起こすことにした。

最近の記事

父親名義の普通預金等がその子に帰属するとされた事例

東京地判令和5.7.18金判1681号28頁 1.事案のあらまし Yは、平成7年12月に、B銀行α支店に、父親であるX名義の普通預金口座を開設した。届出住所はXの居住地であり、取引明細書もその場所に送付されていた。B銀行からA銀行への事業譲渡に伴い、この預金口座もA銀行α支店に移された。なお、Xは東京家裁に成年後見開始の審判の申立てをし、令和2年11月に確定している。  本預金口座には、少なくとも平成24年11月から平成28年4月までの間、Yの勤務先から、毎月25日頃に、5

    • 遺言執行者の権限-相続させる遺言・包括遺贈の遺言に関して

      最二小判令和5.5.19民集77巻4号1007頁 1.事件のあらまし  Aは、平成21年7月、①Aの一切の財産を、子Cに2分の1の割合で相続させるとともに、②Cの子Dに3分の1の割合で遺贈、③Aの孫Eに6分の1の割合で遺贈するとの公正証書遺言(以下、「本件遺言」という。)をした。Aの相続財産は、夫Bから子Zと共に各2分の1の割合で共同相続した本件土地である。  Aは、平成23年2月に死亡し、その相続人は、子のZ・Cであった。Eは、Aの死亡後、本件遺言に係る遺贈を放棄した。X

      • 「肖像権」の侵害に関する判断基準は?

        東京地判令5.12.11裁判所Web 1.事件のあらまし タレントXが、芸能活動に関し専属契約を締結していたYに対し、契約を解除する旨の解除通知書を送付し、その受領後である令和2年9月7日以降も、自社のホームページにおいて、Xの肖像写真等を削除せず、その掲載を続けていた。これは、本件契約解除の効力をめぐって別件訴訟が係属中であったためであり、別件訴訟の判決が令和5年4月18日に確定したことから、Yは、同日、自社のホームページから削除した。  本件は、X・Y間の専属契約が解除

        • 経営トップのコンプラ違反

           3月4日付日系朝刊の「法税務」面は、企業トップによるセクハラ事件を取り上げるものである。  「セクシャルハラスメントとは何か」「防止に向けた取組み」は、企業のコンプライアンス態勢構築のためのイロハのイに位置づけられており、企業において女性の働きにくさを取り除く基本的な取組みのひとつであることは異論ないところだろう。  当然のことながら、経営トップも、そのリーダーシップのもと、これらの取組みを企業内に定着させることが求められることになる。  そうすると、経営トップによるセク

        父親名義の普通預金等がその子に帰属するとされた事例

        マガジン

        • 民事判例アラカルト
          25本
        • 金融機関のコンプライアンス雑論
          10本
        • 民事判例「研究」
          2本
        • 『法学ナビ』+α
          1本

        記事

          「職業的専門家」の依頼者以外の第三者に対する不法行為責任(司法書士の場合)

          最二小判令和2.3.6民集74巻3号149頁 1.事件のあらまし(1) 事案の概要  所有名義人Aの土地について、Aを売主・Bを買主とする「第1売買契約」、次いで、Bを売主・Xを買主とする「第2売買契約」、さらに、Xを売主・Cを買主とする「第3売買契約」が順次締結され、AからBへの所有権移転登記(以下「前件登記」という。)の申請(以下「前件申請」という。)、Bから中間省略登記の方法によるCへの所有権移転登記(以下「後件登記」という。)の申請(以下「後件申請」という。)が、

          「職業的専門家」の依頼者以外の第三者に対する不法行為責任(司法書士の場合)

          相場操縦行為等の禁止の実効性確保のための行為規制の違反

           2024年1月12日、SBI証券において、相場操縦行為等の禁止の実効性確保のための行為規制である金融商品取引法第38条9号に基づく金融商品取引業等に関する内閣府令117条第1項20号に違反したとして、金融庁は証券取引等監視委員会よる行政処分を求める勧告を行った旨のニュースが翌日13日の朝刊各紙に大きく報道された。  規制の対象になった行為は、「実勢を反映しない作為的なものとなることを知りながら、当該上場金融商品に係る買付けの受託等をする行為」である。  本件では、当社が新規

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          マンション建築工事請負代金債権の違法侵害にあたる行為かどうかが問題になった事例

          最一小判令和5.10.23裁判所Web 1.事案および裁判の経緯 M社は、本件敷地にマンションを建築して分譲販売することを計画し、平成26年、本件敷地を合計6100万円で購入した上、平成27年6月、M社を注文者、X社を請負人として、本件敷地にマンションを建築する工事の請負契約を代金10億1500万円で締結した。  X社は、M社から、請負代金について、平成29年2月15日までに遅延損害金を除いて合計6017万円余の支払しか受けられなかったので、同日、本件契約に係る建築工事を中

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          相続預金払戻請求にあたっての金融機関の対応とその結末

          東京地判令和4.3.30金判1650号50頁 1.裁判の経緯 Bは、大韓民国の国籍を有し、従妹であるA(平成26年3月に死亡)名義で、Y1銀行・Y2銀行・Y3銀行に預貯金(本件預貯金1~8までの8口。預貯金4および5は現存しない。合計金額15,766千円)を有していた。Bは、平成25年3月に死亡し、Bの子X1・X2が、預金を相続したと主張して、Y1~3銀行に相続預金の払戻しを求めたが、Y1~3銀行は本件預貯金は亡Aに帰属するなどとして払戻しをしなかった。そこで、本件預貯金の

          相続預金払戻請求にあたっての金融機関の対応とその結末

          インサイダー取引規制と「取引推奨」

          いわゆる「うっかりインサイダー」とは?  14~15年くらい前、「うっかりインサイダー」ということばを耳にしたことがある。金商法で禁止されている「インサイダー取引」は、会社関係者など会社との間に特別の関係を有する者が、その会社の重要情報を知って、これが公表される前に株式等の取引をすることをいうが、これを規定する条文は、小型六法の数頁を費やすほどの長大なものであり、また、内面面でも、理解が容易でないことに加え、改正も多いことから、どこまでが許容され、どこからが違反なのかの見通

          インサイダー取引規制と「取引推奨」

          融資先のコンプライアンスリスクをどう考えるか

           10月27日(金)の日本経済新聞朝刊に気になる記事がある。  特に関西地方では、同日朝刊地域経済面で、関西地銀について「不良債権比率”健全”が大半」とする記事があるからなおさらである。  前記「地銀に忍び寄る・・・・・・」では、優良先の資金流用、粉飾決算による破綻が起きるなか、審査の緩みなどを指摘し、貸倒引当金による備えの薄さに警鐘を鳴らすものである。  資金流用、粉飾決算などは論外とも思われるものであるが、そこまでに至らなくても、例えばビッグモーターように、融資先のコン

          融資先のコンプライアンスリスクをどう考えるか

          破産管財人の債務承認と時効の完成猶予の効力

          最三小決令和5・2・1民集77巻2号183頁、金法2219号71頁 1.事件の経緯 Y(信用金庫)は、Xが所有する土地・建物について本件根抵当権の設定を受け、Xに貸付けをしたが(本件根抵当権の被担保債権は、この貸付金債権である。)、Xは、平成26年5月、貸付金について期限の利益を喪失した。Xは、平成28年7月、破産手続開始決定を受け、A(弁護士)が破産管財人に選任された。Xが破産手続開始決定を受けたことに伴い、本件根抵当権の担保すべき元本が確定した(民法398条の20第1項

          破産管財人の債務承認と時効の完成猶予の効力

          差押禁止債権を原資とする預金の差押え

          1.はじめに(問題の所在) 給与債権や退職金債権をはじめ、各種社会保障給付などの請求権は、債務者の生計維持といった社会政策的配慮に基づき、民事執行法、国税徴収法その他の特別法において「差押禁止」とされている[1]。そして、これら差押禁止債権は、現実に債務者に対して履行されなければならないので、民法上も、これを被代位権利とする債権者代位権を行使することはできないとされ (民法423条1項但書) 、また、差押禁止債権を受働債権とする相殺も禁止される(同510条)。 ところが、

          差押禁止債権を原資とする預金の差押え

          金融商品販売の裏表

           23年6月、いわゆる「仕組債」の勧誘販売を巡って、証券取引等監視委員会による千葉銀行、ちばぎん証券、武蔵野銀行に対する行政処分の勧告が出されたとする報道がなされた。本欄でも、簡単にコメントさせていただいた。  勧誘販売にあたっての、説明義務違反、適合性原則違反を問題にするものである。  少なくとも地銀業界をリードする立場にある金融機関が、顧客対応の基本ルールを遵守することができなかったのはなぜか、疑問を感じざるを得ない。  その答えは、8月31日付けニュースリリース「改善

          金融商品販売の裏表

          破産会社名義普通預金の別段預金への振替と相殺制限

          東京地判令和4.11.9金判1666号23頁 1.事件の経緯(1) A社(破産会社)の事業と金融機関取引  A社はログハウスの建築請負事業を営んでいる。  本事業では、A社は、顧客からの申込みを受けると、建築部材(キット)をB社から購入し、当該部材の組立作業等を下請業者に依頼していた。  A社は、B社等の仕入先に対する支払いを、Y銀行を含む金融機関からの融資(当座貸越、手形貸付等)により調達する一方で、顧客からの請負代金をA社名義普通預金(以下、「本件普通預金」)への振込

          破産会社名義普通預金の別段預金への振替と相殺制限

          ビッグモーター問題と内部統制

           昨日の記者会見の模様が、今朝の朝刊各紙で大きく報道されている。日経7月26日朝刊によれば、兼重宏行社長は不正への組織的な関与を会見で否定しつつ、経営陣が現場でまん延していた不正の実態を把握していなかったことを明かし、「内部統制の不備」と分析する。  このレベルの問題でもないように思うし、今後さらにいろんな問題が明らかにされると思うが、差し当たり現時点では、日経の分析に従い、内部統制の問題を改めて考えるきっかけとして捉えることムダではないように思う。  内部統制については

          ビッグモーター問題と内部統制

          トランスジェンダー女性に対する職場の女性トイレの使用制限

          最三小判令和5.7.11裁判所Web 1.事案と裁判の顛末 経済産業省に勤務する国家公務員であるXは、生物学的な性別は男性であるが、幼少の頃からこれに強い違和感を抱いており、平成11年頃には性同一性障害である旨の医師の診断を受け、同20年頃から女性として私生活を送るようになった。また、Xは、平成22年3月頃までには、血液中における男性ホルモンの量が同年代の男性の基準値の下限を大きく下回っており、性衝動に基づく性暴力の可能性が低いと判断される旨の医師の診断を受けていた。なお、

          トランスジェンダー女性に対する職場の女性トイレの使用制限