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クレジットカードの不正利用により利用代金の支払義務が免除された事例

東京地判令和4.3.25金判1658号32頁

1.裁判の概要

 Xは、Yカード会社等との間でクレジットカード契約を締結し、Xの妻であったA(後に別居、離婚に至り、後に死亡)は、Xの家族会員として家族カードを使用していた。この家族カードが、ホストクラブを運営する飲食店において、551万円余りの利用代金の支払いに利用され、XはYからの請求に基づき支払った。
 XがAに詳細を尋ねたところ、Aの姪であるBが、本件家族カードを使用したものである旨を聞き、Aの身に覚えのない利用であり、Bが盗用したものであると思われる旨をYに連絡した。
 Xは、かかる盗難カードによる不正利用について、YはXとの間のクレジットカード契約(Yカード会社の会員規約参照)に基づいてXの支払を免除すべきであったのにこれをしなかったので、法律上の原因なくXから代金相当額の支払を受けたという利得があると主張して、Yに対して、債務不履行による損害賠償または不当利得の返還として、551万円余りの支払いを請求したところ、裁判所はXの不当利得返還請求を認容した。

第19条1項
 会員がカードの紛失、盗難等で他人にカードを使用された場合、そのカード使用に起因して生じる一切の債務については本規約を適用し、すべて会員が責を負うものとします。ただし、会員が紛失、盗難等の事実を速やかに当社に直接電話等により連絡の上、最寄りの警察署に届け、かつ所定の書類を当社に提出した場合は、当社がその連絡を受理した日の60日前以降発生した損害については、当社は、会員に対しその支払いを免除します。
同2項 前項ただし書の定めにかかわらず次の各号のいずれかに該当する場合には、支払免除の対象とはなりません。
 第2号 会員の家族、同居人、留守人その他会員の委託を受けて身の回りの世話をする者等、会員の関係者が紛失、盗難等に関与し、または不正利用した場合。
 第5号 本規約に違反している状況において紛失,盗難等が生じた場合。

Yカード会社の会員規約(関係箇所抜粋)

2.判決理由

(1) Yは、本件カード利用に関し、会員の関係者による支払であるから(会員規約19条2項2号)、支払免除の対象とはならない旨の主張に対し、「Yガード会社会員規約には、上記「会員の関係者」の意味内容を具体的に定義した定めは存在しないところ、Y規約第19条第2項第2号は、クレジットカードの不正利用のリスクを会員に配分する観点から、会員と一定の関係性のある人物による不正利用を支払免除の対象から除外する規定であること、「会員の関係者」としては、会員の家族、同居人、留守人、会員の委託を受けて身の回りの世話をする者が例示されているところ、これらはいずれも会員と共同生活を営むなどして社会生活上密接な関係にある者であることからすると、上記「会員の関係者」についても、例示された会員の家族等に準じる程度に社会生活上密接な関係にある者を指すものと解される。」
 「しかし、Bは、Aの姉の子であるというにとどまり、本件カード利用がなされた平成28年10月当時、XあるいはAと同居していたものでも生計を一にしていたものでもなく、Aの自宅に月に1回程度遊びに来るという関係にあったに過ぎないのであるから、XあるいはAの家族、同居人等に準じる程度に社会生活上密接な関係にあったものとは認められず、本件カード利用につき、会員規約第19条第2項第2号にいう「会員の関係者」が盗難に関与したとか不正使用したなどと認めることはできない。」
(2) Yは、XとAの夫婦関係破綻に伴い、XがAに家族カードを持たせていたことはクレジットカードの管理を第三者に委ねることに該当し、本件カード利用がXあるいはAの管理義務等に違反した状態で生じた盗難であるから、支払免除の対象とはならない旨の主張に対し、「平成24年頃以降別居していたものの、Aは、別居前後を通じて無職であり、食費、光熱費等を含む日常の生活費については、主に本件家族カードを含むX名義のクレジットカード契約に基づいて貸与されたクレジットカードにより支払を行っていたことが認められるところ、夫婦は、互いに協力し扶助しなければならず(民法752条)、別居した場合でも、自己と同程度の生活を保障するいわゆる生活保持義務を負うのであるから、平成28年10月当時、XとAが離婚に向けた協議を行っていたことを考慮しても、本件Y契約における家族会員であるAが日常的な生活費の支払を行うために本件家族カードを使用することが家族カードの貸与の趣旨に反するということはできないのであり、このことをもってXがクレジットカードについての管理義務に違反したものと評価することはできない。」
(3) 以上のとおり、本件カード利用(本件家族カードが利用されたものに限る。)についてY規約第19条第2項第2号あるいは第5号所定の支払免除の除外事由が存するとは認められないのであるから、本件家族カードを利用して行われた本件取引につき、Y規約第19条第1項の定めにより、Xの支払が免除されることとなる。
 したがって、Xは、本件取引につき、その支払が免除され、本件Y契約に基づく利用代金支払義務を負わないのであるから、Yは、本件取引についてXから受領した代金相当額合計551万余りにつき、法律上の原因のない利得として返還すべき義務を負う。

3.本判決のチェックポイント

(1) 盗難カードの不正使用に対するカード会社の対応

 紛失または盗難カードを利用して、カード会員以外の者が商品・役務を購入するといった場合が、カードの不正使用であり、クレジットカード会員規約には、この損失負担をどうするかが定められている。
 規約の内容は、各カード会社によって文言上の多少の違いはあるが、同旨であり、①不正利用の金額をカード会員が負担することを原則とし、②カード会員が、カード会社に紛失、盗難等の事実を連絡し、最寄りの警察署に届け、かつ所定の書類を提出した場合には、カード会社がカード会員に対しその支払いを免除するものの、③不正利用が会員家族等の「関係者」によって行われた場合は、会員に故意または重大な過失がある場合と同様、免除されないと規定する。
 ③について、札幌地判平成7.8.30判タ902号119頁(夫か無断で妻のクレジットカードを利用して買物をした事例)は、「家族・同居人という会員と社会生活上密接な関係にある者は、一方で、 カードの使用が他の第三者と比してはるかに容易な者であり、 他方で、会員としても、カードの保管上、盗難等はもとより、 右のような者の不正利用についても、原告に対して保管義務を負うべき立場にあると解されるから、クレジットカードの性質及びその予定されている利用状況等に照らすと、右のような者による使用について、それ以外の第三者による使用と区別して会員により重い責任を課すことを内容とする右規約には一応の合理性があ」るとし、その効力を認める。本判決も、これを前提にするものである。
 また、本件では、カード会員の夫婦関係が破綻している状況の下で、家族カードを持たせていたことはクレジットカードの管理を第三者に委ねることに該当し、カード会員としての管理義務等に違反した状態で生じた盗難であるとして、支払免除の対象とはならないのではないかとする点も問題になった。判決理由(2)で判示されているとおりである。

(2) 会員の「関係者」の範囲

 本件で問題になったのは、カード会員Xの家族カードをXの妻Aの姪Bが盗用したものであり、これが、会員規約に規定の会員の「関係者」による支払いであるとして、盗難カードの不正使用による支払免除の対象とはならないのではないかという点である。
 これについて、会員規約上の「関係者」の範囲をどう考えるかが問題になる。本判決は、判決理由の(1)で述べるように、「関係者」を「会員の家族等に準じる程度に社会生活上密接な関係にある者」と、その判断基準を示した上で、Bはこれに該当しない旨を判示したもので、今後の同種事案の先例として参考になる。
 なお、会員の家族の利用(長男がアダルトサイトにアクセスして、父親のカード識別情報を送信したもの)であっても、カード会社の本人確認が十分なものではなかったので、会員の重過失は認定できないとして、会員の支払い責任を否定した事例がある(長崎地佐世保支判平成20.4.24金判1300号71頁)。本件でも、Bが「関係者」に該当するとされれば、同様の問題が浮上することとなろう。

(3) クレジットカードの決済システムと不当利得

 本件では、カード会員Xは、Yに対してカードの不正使用に係る利用代金の支払いをしているため、XのYに対する不当利得返還請求事件になったものである。
 最近のクレジットカードは、カード会員にカードを発行して利用代金を受け取る「イシュアー」(カード発行会社)と販売業者との間で加盟店契約を締結する「アクワイアラー」(加盟店契約会社)をVISA・Masterなどの国際ブランド会社が提供する決済システムでつなぐという「オフアス取引」が大半であり、本件事例も、これに該当する。この場合、会員が支払うカード利用代金は、「アクワイアラー」を通して販売会社に移転するため、「イシュアー」のところには現存利益は存在せず、「イシュアー」に対する不当利得返還請求が成り立ちうるのかが問題になる。これについて、本判決は、「イシュアー」の「アクワイアラー」に対する立替金支払義務が消滅し、「イシュアー」は総体としての財産減少を免れているという関係にあるので、「イシュアー」のところに現存利益がないということはできない、とする。
 債務不履行、不正使用等一定の事由がある場合において、「イシュアー」と「アクワイアラー」との損失分担は、国際ブランド会社の自主ルールとしてチャージバックルールが設けられており、加盟店との協議を経ることなく、「イシュアー」が「アクワイアラー」に対して、利用代金の支払い拒絶または返還請求をすることができるとされている(日本弁護士連合会『消費者法講義[第5版]』205頁参照)。これが適用されれば、本判決とは異なる論理で不当利得返還請求を基礎づけることも可能ではないかと思われる。今後の検討課題である。