見出し画像

差押禁止債権を原資とする預金の差押え


1.はじめに(問題の所在)

 給与債権や退職金債権をはじめ、各種社会保障給付などの請求権は、債務者の生計維持といった社会政策的配慮に基づき、民事執行法、国税徴収法その他の特別法において「差押禁止」とされている[1]。そして、これら差押禁止債権は、現実に債務者に対して履行されなければならないので、民法上も、これを被代位権利とする債権者代位権を行使することはできないとされ (民法423条1項但書) 、また、差押禁止債権を受働債権とする相殺も禁止される(同510条)。

ところが、これらの給付が、金融機関の受給者口座への振込によって支払われ、受給者の当該金融機関に対する預金債権に転化したとき、もともとの債権の有する差押禁止の効力は承継されなくなるとする非承継説が判例・多数説[2]である。しかし、支払にあたって振込という方法が利用されたに過ぎないのに、それぞれの給付の趣旨と異なる結果となるのを認めることが適切か、疑問なしとしないところから、承継説も有力である[3]

非承継説は、執行実務でも採用され[4]、また、後述するように預金債権成立の法的性質にも適合的であると思われるが、一方では承継説の主張にも現実的妥当性があると考えられる。そこで、両説の要請に応え、差押禁止債権を原資とする預金債権は、原則として差押禁止債権の効力を承継しないが、例外的に承継が認められることもあり得ると考え、例外が認められるのはどのような場合かを検討するのが適当ではないかと思われる。

検討にあたっては、差押禁止債権の規律について、とくに預金債権に転化した場合を概観し、そして、上述のように原則を維持しつつ例外にあたる場合を判示した最近の裁判例を取り上げ、これらがいかなる根拠でこのような結論に至ったか等を分析する。そして、差押禁止債権から転化した預金債権の法的性質を踏まえ、これに対する差押えの可否の判断基準を明らかにする。


2.差押禁止債権に関する規律

(1) 民事執行法

民事執行法は、債務者およびその家族の生計維持その他社会政策的配慮により、債務者が国・地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給(生保・信託等の私的年金契約に基づくもの)を受ける継続的給付に係る債権、給料、賃金、俸給、退職年金および賞与ならびにこれらの性質を有する給与に係る債権については、原則としてその給付の4分の3に相当する部分(月額が33万円を超えるときは33万円まで)の差押えが禁止され(同法152条1項、同施行令2条)、また、退職手当等に係る債権については、その給付の4分の3に相当する部分が、扶養義務等に係る定期金債権を請求する場合は給付等にかかる債権の2分の1に相当する部分が、差押禁止債権とされている(同条2・3項)。

このような画一的の取扱いによって生じることになる不都合は、執行裁判所が、申立てにより、「債務者および債権者の生活の状況その他の事情」を考慮して、差押禁止債権の範囲を変更することができることとされている(民事執行法153条1項)。これにより、差押禁止債権から転化した預金債権については、その原資の属性は考慮せずに全額の差押えを認めることとし、差押禁止債権の範囲の変更の申立てを受け、債務者の救済を図るべき場合かどうかを判断するのが近時の実務である[5]

令和2年4月1日施行の民事執行法の改正でも、差押禁止債権を原資とする金銭が金融機関の預貯金口座に振り込まれた際には、当該預貯金口座の全部または一部を差押禁止とする制度を導入すべきとする意見があったが、預金債権の原資が何であるかを知ることは困難などの理由で改正は見送られた[6]

そのため改正法は、差押禁止債権に関し、その範囲の変更の制度について、①裁判所書記官は、差押命令を送達するに際し、債務者に対し、差押禁止債権の範囲の変更の申立ができることを教示しなければならないこととする(同法145条4項)と共に、②同申立てをする準備期間として債権者の取立権の発生時期を差押命令が送達されてから4週間とする旨が新たに規定され (同法155条2項)、民事執行法153条の差押禁止債権の範囲の変更制度をより利用しやすいものとすることに止まるものとなった。

その結果、差押禁止債権から転化した預金債権の差押えは、「債権者及び債務者の生活の実情等に応じて、より柔軟で当事者間の衡平にかなった解決を図ることができる」[7]ようにするという前記改正提案への期待は実現せず、事案に応じた個別判断に委ねるものとされた[8]


(2) 国税徴収法

 租税の滞納処分による差押えについても、民事執行法と同様、国税徴収法に定めがあり、「給料、賃金、俸給、歳費、退職年金及びこれらの性質を有する給与に係る債権」を対象に、①所得税法の規定によりその給料等につき源泉徴収される所得税相当金額、②地方税法等の規定によりその給料等につき特別徴収される地方税相当金額、③給料等から控除される社会保険料相当金額、④生活保護法12条に規定する生活扶助の給付を行うこととした場合におけるその扶助の基準となる金額、⑤その給料等の金額から①~④の合計額を控除した金額の100分の20に相当する金額の合計額に達するまでの部分の金額の差押えが禁止されている(同法76条1項、同施行令34条)。賞与や退職手当なども同様である(同条3・4項)。また、社会保険制度に基づいて支給される年金や退職一時金についても、一定範囲の金額の差押えが禁止されている(同法77条)。さらに、給与等が振り込まれた金額に相当する預金債権の差押えにより生活の維持を困難にするおそれがある金額については、同法152条2項により差押えを猶予し、または解除することができることとされている (国税徴収法基本通達第76条関係11)。

 民事執行法による場合と国税徴収法による場合で、差押禁止の範囲に広狭があるが、いずれも給与等の一定割合ないし一定金額は、直接差押債務者らに支払われるべきものとする点では共通する。しかし、国税徴収法では、差押禁止債権から転化した預金債権について、滞納者の生活の維持を困難にするなどの場合の差押猶予の制度があるが、差押債務者の申立てにより差押禁止債権の範囲を変更して債務者の救済を図るという民事執行法153条1項に相当する規定は存在しない。


(3) その他特別法

社会保障等に係る公的給付の債権も、それぞれの特別法に、「……権利は、譲り渡し、担保に供し、又は差し押さえることができない」とほぼ共通の規定があり、差押えが禁止されている[9]。給与等は、民事執行法と国税徴収法において、支給額の一定割合ないし一定金額の差押えが禁止されているのに対し、特別法による社会保障給付は、「法の趣旨や権利の性質から、特定の権利の差押えを禁止する規定」[10]がされており、支給総額が差押禁止の対象になる。給与等よりも受給者保護の要請が高いことによるものと思われる。

そのため、受給権そのものに対する差押えはいうまでもないが、受給者口座に振り込まれて預金債権になった後の差押えについても、社会保障受給権の保護という視点を考慮することが必要とする見解もあるが[11]、裁判例には有為の区別はないように思われる。


3.最近の主な裁判例と分析

(1) 裁判例

①東京地判平成15.5.28金法1687号44頁

債務者の年金給付が振り込まれた郵便貯金口座の貯金債権133万円に対する差押えの事案で、「年金に対する差押えが禁止された趣旨を全うするためには、年金受給権に対する差押えに限らず、受給権者が年金を受給した後の年金自体に対する差押えも許されるべきものではない」として、「年金受給権者が受給した年金を金融機関・郵便局に預け入れている場合にも、当該預・貯金の原資が年金であることの識別・特定が可能であるときは、年金それ自体に対する差押えと同視すべきものであって、当該預・貯金債権に対する差押えは禁止されるべきものというべきである」ので、違法な債権執行によって得た金銭を不当利得とし、その返還請求を認容した。


②広島高松江判平成25.11.27金判1432号8頁

児童手当13万円の振込み直後の預金債権(残高13万73円)に対して滞納処分による差押えが行われた事案で、一般論として、「差押禁止債権に係る金員が金融機関の口座に振り込まれることによって発生する預金債権は、原則として差押等禁止債権としての属性を承継するものではない」とするも、本件事案については例外的に、「処分行政庁において本件児童手当が本件口座に振り込まれる日であることを認識した上で、本件児童手当が本件口座に振り込まれた9分後に、本件児童手当によって大部分が形成されている本件預金債権を差し押さえた本件差押処分は、本件児童手当相当額の部分に関しては、実質的には本件児童手当を受ける権利自体を差し押さえたのと変わりがないと認められるから、児童手当法15条の趣旨に反するものとして違法であると認めざるを得ない」として、不当利得返還請求を認容した。


③大阪高判令和1.9.26判タ1470号31頁

給与等を原資とした預金債権について、滞納処分による差押えの可否が問題になった事案で、「給料等が銀行の預金口座に振り込まれた場合には、給料等の債権が消滅して受給者の銀行に対する預金債権という別個の債権になること」などの理由をあげ、「原則として、給料等が金融機関の口座に振り込まれることによって発生する預金債権は差押禁止債権としての属性を承継するものではない」とした上、「具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された給料等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合には、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法」とし、本件では、預金残高10万0308円のうち給与が10万0307円と、ほとんど全部を占めており、本件預金債権中、給与により形成された部分のうち差押可能金額を超える部分については,差押禁止の趣旨に反して違法となると解し[12]、不当利得返還請求を認容した。


④神戸地尼崎支判令和3.8.2判時2517号73頁

 債務者が受給していた生活保護費や年金等の振込先口座である預金債権を差し押さえたという事案で、「差押等禁止債権に係る金員が金融機関の口座に振り込まれることによって発生する預金債権は、原則として差押等禁止債権としての属性を承継するものではない」としつつ、しかし、「差押禁止財産に当たる本件各給付金が入金された直後に、これによって発生したものをほぼ全てとする預金債権を差し押さえたものであり、実質的に、本件各給付金を受ける権利自体を差し押さえるに等しく、本件各給付金の差押禁止の趣旨に反する違法な結果を生じさせたものというべきである」として、不当利得返還請求を認容した。


⑤東京高決令和4.10.26金判1665号12頁

 債務者が滞納していた市県民税について差押処分の対象となった債務者名義の普通預金口座残高の原資は、年金および年金生活者支援給付金であったという事案で、「年金が銀行の預金口座に振り込まれた場合には、年金に係る債権が消滅して受給権者の銀行に対する預金債権という別個の債権になること、年金が受給権者の預金口座に振り込まれると一般財産と混合し、識別特定ができなくなること」等を認めた上、「年金が受給権者の預金口座に振り込まれて預金債権になった場合であっても、 法77条、76条1項及び2項が年金生活者の最低生活を維持するために必要な費用等に相当する一定の金額について差押えを禁止した趣旨に鑑みると、具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された年金に係る債権を差し押さえたものと同視することができる場合には、上記差押禁止の趣旨に反するものとして法律上の原因を欠くと解するのが相当である」とする。そして、本件において、差押通知の発送は、「本件口座に振り込まれた年金や年金生活者支援給付金を原資とする預金債権を差し押さえるためではなく、本件滞納税の時効消滅を阻止するためであったと考えられる」ので、「実質的に差押えを禁止された年金に係る債権を差し押さえたものと同視することはできない」として、不当利得返還請求を棄却した。


(2) 分析

②・③・④・⑤は、差押禁止債権が金融機関の口座に振り込まれることをよって発生する預金債権は、差押禁止債権としての属性を継承するものではないとする、前掲最三小判平成10.2.10の考え方を前提事項として明示する。①は、この旨に言及していないが、これを否定するものではなく、同様の立場に立つものと見てよいだろう。

その上で、①は、預金債権の原資が年金給付であることを識別・特定することが可能であることをもって、差押禁止債権に対する差押えと「同視すべきもの」とする。②も、①と同様、識別・特定が可能であるとして、同様の結論を導く。そして、②ではさらに、差押債権者が、 児童手当の振込みがあることを認識し、口座に振り込まれた直後に差し押さえたことも判断要素に加える。③も、ほぼ同様の判断をするものであるが、「実質的に」「同視できる」場合として、預金残高10万0308円のうち給与が10万0307円と、ほとんど全部を占めていたということにあり、極めて狭い範囲でこれを認めたものであり、給与等の振込を待って差押えの申立てを行ったという認定はされていない[13]。④は、本件各給付金が「入金された直後」に、これによって発生したものを「ほぼ全て」とする預金債権を差し押さえたものであることを判断の基準とする。

以上に対して、⑤は、同様の判断枠組みのもとで、差押通知の目的が、本件滞納税の時効消滅の阻止であったとして、差押禁止債権を差し押さえたものと「実質的に」「同視できる」場合に該当しないという。

 


4.差押禁止債権の預金債権への転化と差押えの可否

(1) 預金債権への「転化」の意味

差押禁止債権を原資とする預金の差押えに関する裁判例は、預金債権への「転化」をもって差押えの可否を定めようとするものと思われる。それでは、このような効果をもたらす「転化」とは何か。預金債権への「転化」の実質とともに、これに基づく非承継説の正統性の根拠が問題になる。

給与や社会保障給付等が、受給権者の預金債権に転化するのは、金融機関の振込制度を介してである。権利者が金融機関に対して払戻請求権を取得した時に、支払いの効力が生じるので(民法477条)、預金債権の転化は、受給者が預金の払戻請求権を取得することにほかならない。そして、最二小判平成8.4.26民集50巻5号1267頁は、誤振込による預金の成否に関する事例で、「振込依頼人から受取人の銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が銀行に対して右金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当である」とする。つまり、給与や社会保障給付による振込金が普通預金口座に入金記帳されたとき、もともとの債権は特定性を喪失し、これとは別の債権が成立する[14]

このようにして成立した預金債権は、普通預金口座に組み込まれ、そして、「口座の既存の預貯金債権と合算され,1個の預貯金債権として扱われ」、「1個の債権として同一性を保持しながら,常にその残高が変動し得るもの」とされている(最大決平成28.12.19民集70巻8号2121頁)。給与や社会保障給付の振込も、これらを合わせた残高でもって普通預金債権が成立する。

結局、給与や社会保障給付等が預金債権に転化する前の差押禁止債権の属性は、支給を受ける権利についてのものであり、振込によって預金債権に転化したからには、もともとの債権の有する属性が承継されることはなく、これを原則と解する判例・多数説は正当である。


(2) 差押えの可否判断の基準

それでは、預金債権に転化しても、これが差押禁止にできるのはどのような場合か、差押えの可否判断をどう考えるかが問題になる。これについて、諸々の事情の総合判断によるべきものと主張する見解[15]に対して、これらの事情、とくに差押禁止債権の属性が差押えの違法性にどの程度影響するかの検討が必要とする見解が見られる[16]

最近の裁判例は、具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、差押えを禁止された給料等の債権を差し押さえたものと、「実質的に」「同視することができる」場合にあたるかどうかを問題にするものが多い[17]

これに対し、差押債権者の認識や振込と差押えの時間的近接性をもって、差押禁止と判断したのがある。差押債権者が、差押禁止債権が預金債権に転化するのを待って差押えをするのは、差押えの不当性を示す分かりやすい徴表といえなくもないが、差押債権者の認識や差押えの時間的近接性が例外を肯定する根拠になるか疑問である。預金債権の差押えについて例外が認められるのは、差押禁止債権から転化したものであっても、その趣旨を勘案して現実に差押債務者に支払いがされなければならないからであり、差押債権者の認識や差押えの時間的近接性はこれとは異なる判断をするものである。

また、差押えの目的を問題にした裁判例がある。これは、差押債権者の主観に違法の基礎を求め、法が差押禁止債権とした趣旨を回避する目的をもってするものであれば、信義則に反するとして、転化後の預金債権に対する差押えを違法と主張する立場[18]と同一のものである。しかし、差押えの目的が、差押禁止の趣旨を回避しようとする違法にものと認められれば、このような差押えを違法とすべきことは当然としても、目的の正当性さえ認められれば、差押禁止債権の差押えの違法性が免れられるものではなく、転化後の預金債権についても同様に考えるべきであろう。

このように、差押禁止債権を原資とする預金の差押えについて、例外的にこれが禁止されるのは、預金債権の原資が差押禁止債権であることが識別・特定されている場合であり、差押禁止債権と預金債権との間に実質的同一性が認められれば、これが可能になるとする考え方が妥当であろう。

なお、以上とは別に、令和元年改正民事執行法以降の事案では、差押禁止債権の範囲変更の申立て(同法153条)の手続教示(同法145条4項)がなされこととされており、この申立てがされていない事例をどう考えるかも問題になるが[19]、この点に言及する裁判例は今までのところ公表されていない。

 

5.むすびに代えて

民事執行法に基づく差押えは、民事執行法153条の差押禁止債権の範囲変更の申立て制度が有効に機能することを前提に、差押禁止債権の属性を承継させるようなことをしなくても差し支えないとするものである[20]。しかし、差押命令の範囲変更は、同条1項により、「債務者及び債権者の生活の状況その他の事情」が考慮要因とされているので、これをもって預金債権の原資が差押禁止債権であり、その属性を承継するかどうかを判断する基準として適切なものか問題があろう。たしかに差押禁止債権の趣旨は、差押債務者の生活の状況等に配慮したものであるが、それだけではないことは、各社会保険給付の趣旨目的に照らしても明らかである。ましてや、滞納処分による差押えについては、差押禁止債権の範囲変更の制度がない。

そうすると、民事執行法または滞納処分による場合いずれにおいても、差押禁止債権を原資とする預金債権の差押えについては、原則としてこれを肯定するとしても、預金の原資になる差押禁止債権と預金債権との実質的同一性が認められる場合は、例外として取り扱うという考え方が妥当であろう。

この場合において、例外扱いが認められる場合は、実質的同一性だけが認められればよいのか、これでは狭すぎるのではないかという反論もあろう。問題は、債務者の生計維持等を目的とした差押禁止債権の制度趣旨は実際に差押債務者に支払われることにあるとすれば、振込制度を通して転化した預金債権でも同様に考えられることになり、そのためには、両債権が実質的に同一であることで足りるのではないかと思われる。

 

 



[1] 差押禁止債権の範囲は一律に定まるわけではない。この認定・判断が問題になった近時の事例として、東京高決平成30.6.5金法2110号104頁参照。

[2] 最三小判平成10.2.10金法1535号64頁は、受給者の預金口座に振り込まれた国民年金および労災保険金により生じた預金債権を受働債権として金融機関が相殺した事案において、「年金等の受給権が差押え等を禁止されているとしても、その給付金が受給者の金融機関における預金口座に振りこまれると、それは預金者の当該金融機関に対する預金債権に転化し、受給者の一般財産になる」とする原審(札幌高判平成9.5.25金法1535号67頁)の判断を是認する。学説も同様に、差押禁止債権が預金債権に転化した場合、一般財産になり、差押禁止債権の属性を承継しないとする (例えば、上原敏夫『債権執行手続の研究』192頁(1994年、有斐閣)、宮川不可止「年金振込口座による相殺の可否再考-差押禁止の属性を振込金は承継するか」京都学園法学72-73号19頁以下(2014年)、潮見佳男『新債権総論Ⅱ』294頁(2017年、信山社)。

[3] 中野貞一郎・下村正明『民事執行法』676頁(2016年、青林書院)、浦野雄幸編『基本法コンメンタール民事執行法第六版』437頁[林屋礼二](2009年、日本評論社)、福永有利『民事執行法・民事保全法第2版』187頁(2011年、有斐閣)などのほか、承継説をとるものとして、西牧正義「差押禁止債権を原資とする預金債権の差押え」アルテスリベラレス77号65頁(2005年)、吉田純平「差押禁止債権が預金債権に転化した場合の差押禁止性の承継と差押処分の違法性」金法2035号58頁(2016年)等参照。

[4] 相澤眞木・塚原聡『民事執行の実務【第4版】債権執行(上)』229頁(2018年、金融財政事情研究会)、山本和彦・吉村真幸・塚原聡編『新基本法コンメンタール民事執行法[第2版]』388頁[山下真](2023年、日本評論社)、吉野衛・三宅弘人編『注釈民事執行法[第6巻]』358頁[宇佐見隆男](1995年、金融財政事情研究会)など。

[5] さんまエクスプレス・東京地裁民事執行センター「差押禁止債権の範囲変更の申立てに係る審理の実情」金法2174号39頁(2021年)。なお、執行裁判所は執行手続の中で預金債権が差押禁止債権の範囲にあたるかどうかを判断すべきであり、債務者は執行抗告(民事執行法145条6項)による是正を求めうるとする見解(上原敏夫・長谷部由起子・山本和彦編『民事執行・保全判例百選[第3版]』115頁[高田賢治](2020年、有斐閣)があるが、民事執行法153条の申立てがないのに、執行裁判所が差押えの当否や範囲を制限することは相当でないとされている(東京高決平成4.2.5判タ788号270頁参照)。

[6] 内野宗揮・吉賀朝哉・松波卓也『Q&A令和元年改正民事執行法制』348頁(2020年、金融財政事情研究会)。平成16年担保・執行法改正においても、同様の問題提起があった(谷口園恵・筒井健夫『改正担保・執行法の解説』98頁(2004年、商事法務))。民事執行法制定当初からの問題点の1つであるが、立法的解決は実現していない。これに対し、ドイツでは、年金や子供手当、その他社会保険などが振り込まれた口座については、差押えを禁止しまたは銀行からの相殺を制限する法律が制定されている(能見善久「相殺の機能:ドイツ法との比較の視点から」金融法務研究会『相殺および相殺的取引をめぐる金融法務上の現代的課題』8頁(2013年、全銀協))。

[7] 内野・吉賀・松波・前掲*6)348頁。差押禁止債権の範囲変更制度は差押禁止債権の受給者の保護としては十分に機能していないとする批判の論拠に、差押え債務者が制度を認知していないこと、差押命令の送達と取立可能時期までが1週間と短いことをあげる議論があったが(西牧・前掲*3)73頁)、これらの問題は立法的に解決された。

[8] 民事執行法改正後の公表先例として、東京地決令和2.9.3金法2163号74頁、大阪地決令和2.9.17判時2481号13頁、東京地決令和2.10.30金法2163号75頁、神戸地決令和2.11.19金法2157号53頁等がある。

[9] 相澤・塚原・前掲*4)221頁以下、梶山玉香「預金債権の差押えと債務者保護-預金債権化した差押禁止債権の扱いをめぐって」同志社法学62巻6号167頁以下(2011年)によれば、生活保護法58条、児童手当法15条、国民年金法24条、厚生年金法41条1項など多数のものがある。令和2年中にも、「令和二年度特別定額給付金等に係る差押禁止等に関する法律」「令和二年度ひとり親世帯臨時特別給付金等に係る差押禁止等に関する法律」が公布・施行され、生活保護法58条と同様、支給を受ける権利だけではなく、支給された後の金銭の差押えが禁止されている。この場合において、受給権および受給後の金銭の差押えが禁じられるが、これらの給付が預金口座に振り込まれた場合の預金債権については、差押えが禁じられたものと解することは困難とされている(安福達也「債権執行事件における震災の影響と運用(2)」金法1940号7頁(2012年))。

[10] 梶山・前掲*9)141頁。

[11] 篠原一生「社会保障受給権の保護と預金債権」賃金と社会保障1685号34頁(2017年)。

[12] 本判決は、給与債権としての属性が預金債権に承継されたかどうかは問題にせず、実質的に給与債権を差し押さえたものと同視できる旨を直裁に認めたとする指摘がある(武藤雄木「租税判例速報」ジュリ1545号11頁(2020年))。

[13] 武藤・前掲*12)11頁は、②と対比して③は、差押禁止債権を原資とする預金債権を目的とする差押処分が違法と評価される場合の外延を広げたものと解する。

[14] 森田宏樹「振込取引の法的構造-「誤振込」事例の再検討-」中田裕康・道垣内弘人『金融取引と民法法理』137頁(2000年、有斐閣)。

[15] ①被差押債権の中に含まれる差押禁止債権の額、あるいは比率、②法が差押えを禁止した事由、③差押債権者が差押えを申し立てるに至った事情、経緯、および差押債権者の債権の種類、内容、④当該債権を差し押さえられた場合における差押債務者の生活状況、その他資産状況、⑤当該債権の差し押さえを認められなかった場合における差押債権者の生活状況、その他の資産状況、⑥その他の特別な事情などを総合的に勘案して判断すべきとする(吉岡伸一「児童手当が預金債権に転化した場合の差押禁止属性の承継」銀法768号29頁(2014年))。

[16] 折田健市郎「差押禁止債権に関する近時の動向」金法2174号21頁(2021年)。

[17] 梶山・前掲*9)148頁は、差押禁止債権が預金債権に転化して一般財産へ混入して差押禁止の属性を承継しなくなったとしても、「識別可能」な事情がある場合は結論を異にする可能性を指摘する。「実質的に」「同視できる」場合にあたるかどうかを問題にする裁判例と同旨と思われる。

[18] 吉田純平「④評釈」判時2539号117頁(2023年)。

[19] 柳沢雄二「④評釈」私法判例リマークス67号121頁(2023年)。

[20] この点に関し、改正法施行後の運用状況を勘案した上で、必要に応じて、改めて、検討する必要があるとする意見がある(山本和彦監修『論点解説令和元年改正民事執行法』204頁[三上理](2020年、金融財政事情研究会))。