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今日のジャズ: 5月11日、1956年@ニュージャージーRVG

May 11, 1956 "It Never Entered My Mind"
by Miles Davis Quintet with John Coltrane, Red Garland, Paul Chambers & Philly Joe Jones at Rudy Van Gelder Studio, Hackensack for Prestige (Workin’ with the Miles Davis Quintet)

マイルス、30歳にして自らのスタイルを確立して量産体制に入った時期、4部作からなる短期集中録音、マラソンセッションの一枚からの作品。

この演奏を聴いた瞬間に静寂な夜の雰囲気が訪れる。マイルスのトランペットはまるで蝋燭の炎のように、ひとりぼっちで風が吹けば今にも消えそうなくらい儚くも、そうはならない奥底にある芯の強い気持ちを同時に表現しているかのよう。原曲に忠実にメロディーを奏でるため、アドリブは少なく、トランペッターとしてのマイルスの表現力の深さが味わえる一曲。

ピアノのレッドガーランドの可憐な伴奏も素晴らしく、そのソロでもマイルスの余韻を踏襲して、マイルス自身のソロの時間と遜色無い長さで美しい旋律が奏でられる。マイルスも、自身の演奏に寄り添うガーランドを暫く聴いていたかったのかもしれない。

その背景に座するドラムのフィリージョージョーンズによる、しっとりと霞むように背中を優しく撫でるような暖かさで包み込むようなブラシも澄んだシンバルワークも、鼓動を打つようなリズムで落ち着いた進行をしていくチェンバースによるベースラインも、マイルスの醸し出す雰囲気を盛り立てて、その意図通りに心を揺さぶってくる。

自身の理由で恋に破れた女性の、寂しい心情を描いた歌詞を意識して、マイルスは内に秘めた気持ちを切ない音色と絶妙な強弱で表現する。

最後の締め括りの箇所での、マイルスのバンドではなかなか披露の機会が少ないチェンバースによる奥ゆかしい弓弾きも堪能出来る。そして最後の最後、残り12秒でそれまで影を潜めていたコルトレーンが突如現れて幕を閉じる。謎だが、これも最後にクライマックスを持ってくるというマイルスの計算した演出のひとつだろうか。

ガーランドのピアノソロが良すぎて、マイルスが当初想定よりも長く弾き続けさせた反動で、コルトレーンが登場する機会を逸した結果、最後のクライマックスにだけ登場することになったのかも、なんて勝手に想像してみたりする。

リチャード・ロジャース(作曲)とロレンツ・ハート(作詞)の名コンビ「ロジャース&ハート」によるコメディミュージカル”Higher and Higher”からの一曲。ジャズに取り上げた先鋒はフランクシナトラ。そのスタイルを踏襲しながら自己流に仕立て上げるマイルスの卓越さ。録音は名手ルディバンゲルダーで、マイルスの独特の音色と、それを包む空気感が見事に捉えられている。

アルバムジャケットのマイルスの背景に写る場所が気になったので調べてみたら、マンハッタンにあった本レーベルのプレスティッジのオフィス前だと分かった。アルバムジャケットに採用された写真の背景を調べている方々が居て、見つけ出しては訪問、以下のような形で現在の風景と重ね合わせてブログに掲載していたので容易に見つけられた。

確かに写真を見ると時を経ても当時の面影が残っている。マイルスの背景に見える道路舗装の重機、ロードローラーがあるので、当時はこの周辺もまだ開発途上のように見受けられる。そんな工事現場の重機を背景にしても、格好良くサマになってるマイルス、やはり帝王の風格がある。

この場所は、具体的に言うと50thの9番街と10番街の間の場所。マンハッタンの中心地、タイムズスクエアから徒歩10分強の距離にある。当時のこの近辺のカラー写真が以下。車がクラシックではあるが、確かにこの時点で、かなり現代的な面影が既にある。

その場所を更に言い換えると、3月13日(以下)に紹介したマンハッタン屈指の現役録音スタジオ、Power Station(現Avatar Studio)の三ブロック南にある。また、当時は名門ジャズクラブのBirdlandも歩いて10分程の52ndにあったり、シアターディストリクトとしてミュージカル劇場も多いので、音楽に縁が多い地区と言えそうだ。

当時マイルスが訪れたプレスティッジのオフィスは現在、以下の通り、お洒落な美容室に様変わりしている。このような形で旧跡を巡るのも趣がある。

因みに私のアイコンは、まさにそんなアルバムジャケットに登場する旧跡の一つを訪れた際の写真。サンフランシスコ訪問時に、地図を見て「もしや」と思って訪れてみたら正解だった。50年の時を経て風化はしても、ほぼそのままの状態で残っていたので、とても感慨深かった。

サンフランシスコ市街のGrantとGreen通りの交差点の標識がアーティスト名に合致

最後に、もっとマイルスに耳を預けていたい方は、以下もどうぞ。本作とは真逆のアップテンポな演奏。

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