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人生行路vol.5『キオクを探して』

フィリピンの首都メトロマニラは、この日も一年前と同じ照りつけるような暑さだった。

いつものようにチャイナタウンを抜け、取材先であるフィリピン最大のスラムの広がるトンド地区へ。

一年というブランクを感じさせない程、軽快に運んでいく足。

磁力が導くように、顔なじみの友人を見つけては、駆け寄っていく。

カメラバックの中には、昨年、このエリアの取材をしていた2ヶ月間で撮り貯めた、街の人々の何気ないスナップ写真の束。

フィルム写真というのは面白いもので、撮ったコマの一つ一つ、いつどこで誰を撮ったものかを記憶を紡ぐように鮮明に覚えている。

ボクは、その写真を再会できた友人たちに配り歩いていた。

今年から学校に通い始めた男の子

クスリから結局抜け出せないでいる青年

物心ついた時にはストリートにいた少女

日本人の夫が蒸発し、自国に戻ってきた母子

新たな職や環境を求めて旅立ってしまった人・・・

再会できた人もいれば、できない人もいる。

一年という月日は、意識する間もないほどに、非情な速度で走り抜け、そして、重い。

改めて、人生の多くは一瞬の交わりなのかもしれないと感じるとともに、一期一会の大切さを考えさせられる。

「ええと、次は・・・」

カバンから取り出した次の写真は、印象的に笑顔で写る陽気なお爺さんの写真。

「確かあそこだったな。」

フィルム写真というのは不思議なもので、撮ったコマの一つ一つ、いつどこで誰を撮ったものかを記憶を紡ぐように鮮明に覚えている。

ボクは、写真を握りしめながら、過去のキオクを遡るように、彼が家族と住んでいる小屋を訪ねた。

「こんにちはー。」

家の中を伺うと、見覚えのある容姿の孫がニコニコしながら駆け寄ってきた。

「久しぶりー、よく来てくれたね。元気だった?」

「もちろんさー、実はね。今日はプレゼント持ってきたよ。」

ボクはそう言って得意げに彼のお爺さんが写っていた写真を手渡す。

すると次の瞬間、彼は写真を握りしめ、唐突に声を上げながら突然泣き崩れた。

ボクはあまりの光景に、呆気にとられるように動揺し、かける言葉を見失う。

ボクが次に「ど、どうしたの?」と声をかけることができた時には、すでに彼が涙を拭い終えた後だった。

彼は写真に写るお爺さんを優しい眼差しで見つめると、

「うれしかったんだ!!だって、亡くなったお爺ちゃんにまた会えた、また会えたんだよ!!ありがとう、本当にありがとう。これでお爺ちゃんをキオクに焼きつけていける。子どもたちにも伝えていける。こんなにうれしいことはないよ。」

そう、笑顔で答えてくれた。

実は、彼のお爺さんは半年前に亡くなってしまったそうだ。

あまりに突然のことで、感謝の気持ちもお別れの言葉も伝えることが出来なかったらしい。

それがゆえに彼にとって心につっかえるものがあったのかもしれない。

毎日に振り回される生活の中で、家族写真らしい家族写真もなかった彼の家にとって、お爺さんと再会できるのは、キオクの中でしかなかった。だからこそ、彼はこの一年、頭の中では整理できていても心の中で整理できない日々を悶々と過ごしていたのが解った。

何気なく撮ったスナップ写真が、この家族にとって大切な大切な遺影写真に変わっていく。

二人で、もう一度笑顔で写るお爺さんの写真を見つめる。

お爺さんが亡くなっていた事実を悼む気持ちと写真が繋いでくれた素晴らしい可能性に出会えた感動が相互に心を駆け巡り、ボクの頭の中は実に何とも不思議な感覚だった。

ボクの知らないところで激流のように流れていた一年という月日。

一年前のキオクを塗り替えていく作業は、なかなか容易なものではない。

喜ばしくて、すぐにでも塗り替えたくなるキオクもあれば、あの日のまま遺しておきたいキオクもある。

キオクとは実にデリケートな存在なのかもしれない。

トンド地区の皆はこの一年、照りつける日差しの中で、何を思い、何を考え、どのような月日を過ごしてきたのだろうか。

土埃と共に、照り返したアスファルトが揺らめき映す蜃気楼に今日も自ら迷い込む。

そして、雑踏の中でカメラを握り締めながら、街、人、その一瞬一瞬の尊い息継ぎを大切に切り取っていく。

汗がやたらと纏わりつく。

ボクはこの湿度を帯びた暑さを、そっとキオクに仕舞い込んだ。

2007 フィリピン

※これは当時の手記をもとにした回顧録です。現在は国の情勢、環境等も変わっているため、同様の事象が起きているとは限りませんのでご了承ください。

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