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白昼

「夢を見るのよ、変な夢を。」 辺りは白い霧で包まれていて、足元は灰色の滑らかな小石が敷き詰められてる。 指先で触れそうな霧の向こうからは、さらさらと水の流れる音。 ねえこれってほとんど賽の河原、三途の川よね?。 浅い河を渡ればその先はあの世、冥土の世界っていう。 死後の体験あるある、みたいな?。 でも話には聞いても、賽の河原なんて見た事ああるわけ無いじゃない?。 でもねえ、これが妙にリアルなのよ、本物って感じなの。 皮膚感覚ってやつ?。 そしてそれがね、目が覚めても肌に残

    • 意味不明

      あれ?、え?、なになに?、うっそー!。 これ、俺?。 俺が寝てる?。 カーテンの隙間から漏れる朝の光をまともに顔に受けて、俺が寝ている。 じゃあ俺は?誰だよ? 洗面所の鏡には、いつものぶっ飛んだ髪をした俺がいる、う~む。 これってもしかして、幽体離脱ってやつ?。 でも透明じゃないし、鏡にバッチリ写ってるし、ちゃんと手も足も付いてるし。 足ぶみしながら自分の頬をつねってみると、痛い。 夢じゃない。 目の前で爆睡している俺のガッカリする寝顔の頬をつねってみたら、なんと俺の頰が

      • 雪が降る

        駅のホームに、雪が降り始めた。 「わたし、自分を変えてみる。」 変えないといけない所なんて、何処にも無いのに。 「下田くんの学生証、くれない?」 後ろで束ねた黒髪を背中に乗せた洋子の吐く息が、白い雪に溶けて行く。 洋子は、キュレーターを目指して美大に行く。 僕はここで農学部入り、林業を目指す。 接点皆無で笑ってしまう。 「これは私の青春。大切にする。」 「ん、」 白い手袋の両手で、コートの胸に手帳を抱く洋子の隣で、ぼんやりと線路に落ちる雪を見ていた僕は、卒業証書

        • ぼく4℃

          「ところで、僕のこと愛してる?」 「あはは、何言うてんのやこの自意識ダダ漏れ野郎。」 文字にするのは平気でも、口にするのは恥ずかしいセリフをよく言えたもんだ、でもそんなとこ好きやでと。そしてだから?といった感じで。 「愛しとるで。」 と、片方の眉を上げて微笑む彼女。 「うれしい。ぼくも愛してる、とっても。」 と答えたところで、実は僕には秘密があるんだと告白したら、鼻の頭がジッ!と焦げそうな眼でにらまれた。 「よそに女おったら、殺す。」 理解しやすい殺気を放つ彼

          夜道の衝撃

          すんごいタイトミニのスカートのお姉さんが、俺の前を歩いてる、後ろを気にしながら。 これは絶対、チカンと間違われてる。 誤解を避けようにも、ここは一本道で、回り道なんて無い。 脇道は行き止まりの私道か、山越えの道路だけ。 困った。 サッカーの中継始まっちゃうよ。 街灯の寂しい駅前通りだけど、悲鳴が上がればきっと誰か出てくる。 ぞろぞろ出て来て、お祭り騒ぎになるかも知れない。 さらに困った事に、このお姉さんはどうも俺に歩調を合わせてるみたい。 追い越そうとすると急ぎ足になるし

          王手

          手だ。 公園のベンチに置いていた私のリュックの横に、手。 しゃがんで顔を近づけると、白い手の細い指が鼻先に触れた。 その瞬間、胸がギュッとなった。 リュックを背負って、柔らかな手を抱いて走って帰る。 怒られるかな。またそんなもの拾って来て!って。 高台に在る学校の、夕日に赤く染まり始めた校舎を背にした公園から、小さな胸に手を抱いた 少女が走り出て来る。 まるで天から下がる糸に引かれているかのように浮き上がり、宙を飛んでいるように見える少女は、遠くに広がる海の群青色と、オレ

          空色

          「こんにちは。」 「あ、こんにちは。」 オリエンテーションで席が隣り合った。 切り揃えた前髪の下の眼の大きな女子と、痩せて細長い男子。 たどたどしい挨拶を交わしたっきり、何も言わずに桜の樹を見上げている。 バスの来ないバス停で、仕方なく並んでいる人のように見える2人の足元を、冷たい風が吹き抜けた。 さぶっ! 声が重なった拍子に見詰め合ってそして、同時に俯く。 「暇な時、なにしてる?。」 「え?、あー、ひまなとき?、えーっと。」 桜の花びらが一枚、アプローチの石畳に張

          堕天使

          夜のうちに雪の降り積もった朝、痩せて汚れたお爺さんが、寂しい暮らしの私の家の前に立って、村はずれの山の麓の椋の木(むくのき)の下に、ちぎれた天使が落ちて来ると言った。 いなくなってしまった父母との思い出の、あの椋の木だ。 そう言い残したまま、軒下で死んでしまったお爺さんの持っていた杖を手に、私は椋の木の下で空を見上げている。 夜明け前に起きて日が暮れるまで、私は空に天使を探す。 雨の日も、風の日も。 竹籠を背に、何を見てるのかと不思議がる山菜採りの村人と共に空を眺め、

          赤いボタン

          よくあるボタンスイッチ。 押すと、微かだけど確かな手応えが有って、カチリと小さな音をたてるやつ。 プニュプニュしたゴムじゃない。 部屋の明かりを受けて、艶々と赤く光るプラスチック製のボタン。 ひと粒飲めば、知らないどこかに飛んで行ってしまう怪しい錠剤のような赤色のそのボタンは、直径が12~3ミリ、厚みは7~8ミリぐらい。 「いいかよく聞け。 何があっても絶対に、このボタンだけは押すな、いいな。」 と、映画なんかで渋い役者が言いそうなボタンが、俺の顎の高さの壁に、生えてい

          予定

          両手が透けてきて、感覚が無い。 鏡が、洗面台と一緒に薄く霞んでしまっているので、自分の顔や頭が残っているのか確認する術がない。 まだ目が見えてるから、たぶん頭と脳は残ってるんだろうな。 すっかり消えてしまったら、どうなるんだろ?。 洗濯物や植木鉢が消えた。 マンションの上の階のベランダもうっすらと透けていて、白い空が見えている。 どんどん街が消えていく。 なぜ消えるんだろう。 建物や街路樹から色が抜けていく。 空から透明な雲が、ゆっくりと降りてくるみたい。 揺れもせず、

          君に送る歌

          ベルギーに行く。 大使館の推薦枠一番だから決まり、ということで教授が私と研究室の4人をまとめて連れていってくれたバーに、緒方君がいた。 高校以来5年ぶり。 「大学の友達?」 我関せず風。 そんな、いつ見ても一人向こうの丘の上にいますよみたいな、シュッとした奴。 人間嫌いの男。 そう言われていた緒方君がそのイメージをそのまんま、更に磨きを掛けて、バーカウンターの中にシュッといるのだ。 その姿に、ちょっと感動してしまった。 「インスタ見てるよ。」 「えっ、コメントくれれば

          オール バイ マイセルフ

          「ここにもう十年いるんだよ。 なのに、あっさりお払い箱だよ、派遣は悲しい。」 「田中さんはお役所一筋で、引く手あまたなんですから良い方ですよ。 元気出して、頑張りましよっ。」 いやいや、元気なんかもう出尽くしてんだっチューの。 流れに乗ったのが不味かったのかなあ、何処かで飛んでみれば良かったんだろうか。 そんなこと言ったって、飛ぶ場所はもちろん、飛んで行く先からして分からなかったんだから、しょうがおまへんやん。 「じゃ、おれちょっと。もう帰らないといけないんで、お先に。

          オール バイ マイセルフ

          オーレ!

          「未来の自分から、ラインが来る!」 「ダメだめ、使い古されてる。まだ砂浜で拾うボトルレターの方がまし、不変の魅力があるでしょ。」 う~む、なるほど。 時代を超えた永遠の魅力かあ、いいねえ。 そうだよ、今風でなくていいし、奇をてらう必要もないんだよ。 当たり前を掘りさげる、これだな。 「ところで、流れ着くってことは、過去からメッセージだよね?。」 「あたま固い~。未来から流れて来てもいいでしょ。話しの持って行きようよ。」 「お~!すばらしい!プロットちょうだい!」

          素敵なひと

          「エスカレーターって怖くない?。」 「うん、怖い、最初の一歩が。」 「私は降りる時のギザギザが怖くて。」 「あ、それわかるわかる。」 「知らない裏側を回って来る階段、というのも何だか怖いし。」 知らない裏側からの階段かあ、面白い表現をする子だ。 目の下が金魚みたいにふっくらしていて可愛いくて、素敵な女の子。 教科書を逆さまにして読んだりも出来る、ちょっと変わったところが、また素敵なんだ。 いつか告白して付き合って、めでたく結婚して、幸せな家庭を持って、健康な子供を

          こんにちは

          見えない人が、私にぶつかった。 広場を吹き過ぎる春の風でも、新緑の枝先のイタズラでもない。 今のは人だった。 若い男性の汗の臭いと弾む息を、確かに感じた。 男の子、小学生くらいだと思う、私の胸の下、お腹に当たったから。 夏の陽射しを浴びたような、光を感じる熱い衝撃で、ビックリした。 「どう?、仲良くやってる?。」 「それより、この間、おかしな事があったのよ。」 引っ越し荷物をほどいている最中に、急にお団子が食べたくなって、コンビニまで行ったのだ。 斜め前の駅前広場は、都

          エンディングマーチ

          地球が終わるらしい。 信じられないくらい寒くて、水道も出なくて、これからもっともっと寒くなって、地球全体が凍り付くらしい。数百年間。 ネットじゃ地下深くマグマに近い所に、秘密の避難施設があるって盛り上がってるけど、興味ない。 パニック映画の主人公達は、最後まで頑張って生き残って、新たな人類の先駆けになったりするけど、地中で生きて地中で死ぬなんて、私は嫌だ。 お父さんお母さんは何処にも行かず田舎の家に残るって言ってるし、お兄ちゃんは彼女の家族と一緒に居るって。 そんな訳で

          エンディングマーチ