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【短編小説】青写真|ポンコツ博士の研究室(#シロクマ文芸部)

《約1300文字 / 目安3分》


「青写真っていうんだよ、これは」

 博士がなにやら寂しげな表情をして写真を見ていた。気になったのでバレないように博士の後ろから私も写真を見ていたのだが、どうやらバレてしまったらしい。

 写真には、海を眺める麦わら帽子をかぶった女性の背中が写っていた。

「この女性って誰なんです?」

「……昔の、ちょっとした知り合いかな」

「とかいって、元カノだったり?」

「まさか。家に彼女が来てるっていうのに、元カノの写真を見ていたりなんてしたら嫌われちゃうでしょ?」

「博士、勝手に彼女にしないでください。私はただの助手です」と私はいって、さらに付け加えた。「あと、ここは博士の家というより、私と博士の研究室です」

「一応、僕はここに住んでいるんだけどね……」と博士は困ったようにいった。

 木造でできたアパートの一室には、私と博士しかいない。博士は床に座っていて、肘を机につき青写真を握りしめている。

 女性が写っている青写真には、妖美的な魅力が感じられた。

 青写真というのは、普通は図面の複写、印刷などに使われるらしい。この青写真、元々はデジタルカメラで撮ったもので、後にそれをプリントして青写真にしたそうで。

 わざわざこんなことをするなんて意外だった。博士の新しい一面を知られた気がして、なんだか嬉しかった。

「実験の一環だったんだけどね。30年前ぐらいにやった実験で、思った以上にいい写真になったのだから取っておいていたんだよ」と博士はいって、なにやら怪しげな笑みを浮かべた。「そしてそれは、今日のためだったのだと今は思うよ」

「……というと?」

「この青写真を使って発明をするんだ」と博士はいって立ち、隣の棚からゴソゴソと何かを探し始めた。

 引き出しを開け閉めするたびに、木のこすれる嫌な音が部屋に響く。

「青写真を描く、という言葉の意味を知っているかい?」

「はい。たしか、計画を立てる、未来の姿を想像するっていう意味ですよね」

「その通りだよ。未来の姿を想像するんだ。いや、未来の姿を映すんだ」

「……博士が、そんなことできるんですか」

 博士は次々と棚から道具を机に置いた。

 まず最初に置かれたのは、やや透明な紙、そして鉛筆と筆、何かが入ったチューブ。

「助手よ、キッチンから何個かお皿とコップを持ってきておくれ。コップには水を頼むよ」

 私は言われるがままにそれらを博士に届けた。そして博士はチューブを握り、お皿の上に青色の物体を出した。

「まずは、この紙を青写真の上に置く。そして鉛筆で下書きだ」と博士はいって鉛筆を握った。

「博士……どうやって未来の姿を映すおつもりで?」

 私がそう尋ねると、博士は自信ありげにいった。

「この青写真を使って記憶を頼りに、この先起こったことをこの紙に描くのだよ」

「つまり、それって絵を描くだけですよね?」

「助手よ、そ、そうではない。これは、この魔法の紙を使った発明なのだよ」

「それってただの、トレーシングペーパーですよね」

 そう私がいうと博士は黙ってしまった。窓の隙間から漏れだした風が、魔法の紙とやらを宙に浮かせた。

「博士……あなたに芸術的センスはないのでやめてください」

 博士はこくりと頷いた。




◆長月龍誠の短編小説

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