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「ワインの賞味期限」の不思議

もしかしたらご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、先日、Twitterのとあるクラスターの間で「生ワイン」というものが話題になりました。この「生ワイン」自体はそれなりに出てきては話題になる定期的なテーマみたいなものなので、まぁ、それはそれでいいんですが、今回はここでちょっと気になる話を耳にしました。それが、

生ワインには賞味期限があるらしい。しかも2週間!

というもの。

これは世界の片隅で細々とワインを造っている身としてちょっと気になります。ワインに賞味期限がある、というのはまぁ、分からなくもありません。かなりの拡大解釈が必要ですが、まだ納得できます。たぶん、100年前のワインってほとんど味がしないと思います。でも2週間って??一体、どこから出てきた、その数字?!ってなります。

生ワインってなんだろう

賞味期限の話をする上で重要なのが、そもそもの「生ワイン」の定義。これがはっきりしないとどこが普通のワインと違っていて、何が普通のワインには設定されていない賞味期限を設定する理由なのかが判断できません。
ただ、問題になるのがこの「生ワイン」なるものの定義。Twitter上で話題になるのも大体はここに関わるところなので、安易に「生ワイン」ってこういうもの、とは言い難いものがあります。でもまぁ、面倒くさいのでここは安易に行きましょう。世に言われる「生ワイン」にまつわる定義染みたものをいくつか見渡して、えいやっと、大掴みしてみると大体こんな感じ、という定義がこちらです。

ノンフィルター (濾過しない)
火入れ殺菌しない (加熱殺菌処理、パストリゼーション / パスチャライゼーションなし)
酸化防止剤や保存料を添加しない

ちなみにいわゆる普通のワインでは赤ワインなどでノンフィルターのものはよくありますし、加熱殺菌系の処理をしていることはかなり珍しい部類に入ります。保存料、というものが何を指すのかは疑問ですが、酸化防止剤は量の多寡はあるにしても亜硫酸塩、つまりSO₂として知られる二酸化硫黄が添加されていることがほとんどです。

つまり、実質的に一般的なワインと生ワインを分けるのは酸化防止剤の添加有無なのですが、これに関しても自然派ワイン、ナチュラルワインと呼ばれるワインであれば無添加のものがありますので、モノによってはいわゆるワインも生ワインも同じもの、ということになります。しかし、ナチュラルワインとか自然派ワインとか言われているワインに賞味期限が設定されている、という話を聞いたことがある方はおそらくいらっしゃらないのではないでしょうか?
にも関わらず、生ワインには賞味期限がある。これはどういうことなのか、考えてみたいと思います。

賞味期限をどこに設定するのか

議論をフェアに進めていくためにはもう少し事前の準備が必要です。

それは「賞味期限」の意味をどこに置くのか、ということ。純粋に考えれば「賞味」期限なので味が一定に保たれている期間、という捉え方をするのが順当に思えますが、そこは厳しい日本の消費者を相手にしている世界。もう少し「賞味」の範囲にいろいろ含ませているかもしれません。そこで思いつくのが、「味や香りの変化」と「外見の変化」の二つ。そしてついでに「開栓後の味や香りの変化」と「開栓後の外見の変化」。

ここで注意しておきたいところは、ワインは生であるかどうかに関係なく、この4つの変化は起こり得る、ということと、そうであるにも関わらず、生ワインに賞味期限を設定した生産者は自分が作る別の「普通の」ワインにはこの賞味期限を設定してはいない、ということです。つまり、普通のワインでも生じ得る変化であるにも関わらず賞味期限を設定しないのに、生ワインでは敢えてこの賞味期限を設定している、ということです。このことが意味するものは、生ワインにおいては上記の変化が通常のワインよりも顕著に、そして強烈に「賞味」できないレベルで発現するか、もしくはさらにこれ以外の「変化」もしくは「劣化」が生じ得る、ということです。しかも、2週間程度で。

私自身に生ワインを貶める意図は全くありませんし、なんなら生ワインでもなんでも好きに言ったらいいじゃない、セールストークとして頑張って考えたんだしね、と思っている側にいる人間ですが、こう書いてくるとなんか賞味期限のある生ワイン、ちょっと危なくない?と思ってしまいます。悪気はまったくなく、一般的な感想として。だって、2週間で「賞味」できなくなるってある意味ですごくないですか?もちろん、どんなワインでも抜栓して2週間放置したらちょっと「賞味」したくはなくなりますけど、それとは別の意味だよ!、とわざわざ生産者が注意喚起してくれているわけですよ、賞味期限付き生ワイン。

いずれにしてもここまで整理してきて、この記事が検証すべきものが見えてきました。

曰く、「生ワイン」を「生ワイン」足らしめている要素が原因となって生じる「急激な変化」は何なのか、それは本当に起こり得るのか、です。

外見の変化を検証する

ワインにおける外観の変化は、ボトルの中にカビが入っていて繁殖して液面に膜を張ってた、なんて極端な例を除けば色の変化と沈殿物のどちらかです。

色の変化は酸化によるものがほぼ原因の全てです。酸化防止剤を入れていないワインであれば確かに酸化耐性は低くなりますので、酸化防止剤を入れているワインと比較すれば着色の進行が速くなることは十分に考えられます。一方で、密閉されたボトルに入れられたものが2週間したら色が全く別物になっていた、なんてことはまずあり得ません。しかもこの酸化の進行は生ワインの条件である「酸化防止剤の無添加」という項目以外からは基本的に影響を受けません。つまり、生ワインでもそれ以外のワインでも酸化防止剤が無添加もしくは極微量の添加に留められているワインであれば顕著な差は出ません。というか、出る理由がありません。何か反応するものをわざわざ添加していない限りは。

続いて澱の沈殿です。
こちらに影響するファクターは「ノンフィルター、無濾過である」ことです。ワインをろ過していないのでワイン中に微細な浮遊物が残っており、これが時間の経過と共に沈殿することで可視化できるようになる、という可能性はあります。特に酸化防止剤無添加のケースではフェノール系の化合物が結合しやすい環境になりますので、沈殿の速度が速くなることは考えられます。ただこれも生ワイン独特の問題かといえばそんなことはありませんし、ある一定の条件を除けば、2週間程度で急激に生じるようなこともまずありません。仮に生じたとしてもその量が極端に増えるようなことも、ある一定の条件を除けば、ありません。

つまり、外見上の変化という点から生ワインの賞味期限の意味を検証するのであれば

1. 生だからカビが入っている可能性がある
2. 酸化を促す何かをわざわざ添加している
3. とある条件を満たした状況でボトリングしている

というくらいしかありません。とはいっても、1.はすでに生ワインとかどうとかいう以前に食品衛生管理上の大問題ですので論外ですし、2.はわざわざ「生」を謳うワインにそんな正体不明なものを添加しているとは考えにくいので、おそらく、ないでしょう。ですので、実質的に考えられるのは3.の可能性だけとなります。この「条件」についてはこの後で説明します。

味や香りの変化の検証

賞味期限を設定している食品について一般的に考えるのは、おそらくその期間を過ぎた後にはその食品が「腐る」可能性ではないでしょうか?
実際には「賞味期限」と「消費期限」は違いますし、仮に「消費期限」を過ぎたからといって即、その食品が腐るということもないとは思いますが、食品としてどこかしら「傷む」可能性を考えるのが一般的な消費者の思考だと思います。

実際に私も今回の記事のきっかけとなった生ワインの賞味期限の話を初めて聞いたときに、極々ナチュラルに質問しました。「え、生ワインって2週間したら腐るんですか?」って。悪気は全くなかったのです。ものすごく自然な発想だったんです。でもこれ、多くの人が同じことを考えると思うんです。
味や香りの変化といえば腐敗はその中でも極端な例で、実際はもう少しいろいろあるだろ、と突っ込まれそうなものですが、変化の最終形態としてやはり目立つ部分だと思います。

ただ考えていただきたいのですが、一般的にワインってそうそう簡単には腐りません。確かに二酸化硫黄の持つ効果の一つで微生物が失活している点も大きいですが、それ以外にもアルコールを含んでいること、含有タンパク質量が少ないことも理由としてあげられます。確かに二酸化硫黄を添加せず、フィルターも通していない生ワインでは腐敗のリスクは一般的なワインと比較すれば高くはなるでしょうが、極端に違うようなものでもありません。少なくとも、2週間や1か月で腐る、という話にはなりません。なるとすれば、腐る何かが入っています。しかも、自然に混入したのではなく、明確な意図をもって添加されています。

なぜ私がここまで強い表現をするのかといえば、それだけの短期間での腐敗ということが現実問題としてあり得ないからです。

これはワインを造る立場にいないとなかなか分かりにくいかもしれませんが、発酵が終わったワインはすぐさまボトリングされないことがむしろ当然、という程度には醸造所内で保管されます。ワイナリーや造りたいワインのスタイルに合わせてやり方は様々ですが、中には発酵が終わったらそのまま発酵容器を満タンにして余分な空気を抜く作業だけをして数か月から場合によっては年単位で保管されるケースもあります。
前述の生ワインの条件に照らし合わせれば、まさに生ワインそのものです。でも、腐りません。保管の期間に合わせて酸化の影響を受けたり、依然として接触している澱からの影響を受けたりして味や香りが変わることはありますが、腐ることはありません。

つまり、生ワインは腐らないのです。

となると、「生ワイン」に設定されている賞味期限が意味するものはもう少し別のもの、ということになります。前述の通り、瓶詰めされずに保管されているワインは酸化や接触している澱からの影響で少しずつその味や香りを変えていきます。しかしそれは2週間という短いスパンの話ではありませんし、何よりも賞味期限が設定された「生ワイン」はボトリングされ密封されていますので、接触する酸素量は微量で、かつ澱との接触は無くなっています (濁り生ワイン、みたいなものが出てきたら少しだけ話は変わりますが)。この状態でたった2週間で味や香りを変えろ、というのはむしろなかなか難しい挑戦になります。一定の条件、そう、発酵が完了していない、という条件を除けば。

発酵を引きずったワインが生ワインなのか

ここまで、ボトリングされたワインがたった2週間で味や見た目を変えるなんてそうそう起こり得るものじゃないですよ、という話をしてきました。しかし、これには例外があります。ある一つの条件が絡む場合だけはたった2週間で味も香りも外見も変わる可能性があります。
その条件が、発酵です。

もし仮にボトリングされたワインが発酵を完全には完了していなかった場合、濾過も二酸化硫黄の添加もしていない状態ではボトルの中で微小ながら発酵が継続する可能性があります。この場合では味や香りは当然、変化します。また発酵に伴ってボトル内の残存酵母の量が増えますので沈殿物量が増加し得ます。品質的に悪影響が出るものでは、一応ないですが (品質管理上は大問題ですが)、「賞味」の意味を「変化」と捉えるのであれば明確に「賞味」の範囲外に出ることになります。つまり、正体不明の余計なものを特別に添加していないという前提に立つのであれば、この一点においてだけ生ワインに賞味期限を設定する意味が出てきます。

「生ワイン」という単語は、なるほど、確かに、なんとなく、「発酵完了したての出来立てほやほやワインをボトリングしたもの」という印象がなくもありません。上記の「生ワインの定義」にはない項目ですが、発酵が終わって1年保管したワインをフィルターも酸化防止剤の添加もしていないからと「生ワイン」といって売り出すのには少々、違和感を抱きます。その違和感を解消するのであれば、発酵完了直後のワインをボトリングしてついでに賞味期限を設定しておけばいいのでは、という考えにも一部で同意できなくもないのですが、それはそれで少なくとも私は違和感があります。やっぱりワインに2週間の賞味期限ってヘンじゃない?と。

ものすごく正直に言ってしまいますと、この違和感の正体は味や外見が変化する、という事象に対するものではありません。少し手間をかければ回避できるのに、その対策を行わずに安易に意味不明な賞味期限を設定して品質管理を逃げているその姿勢に対するものです。もちろん、この文章でこれまでに検証してきたような点以外の要請から賞味期限が設定されている可能性は否定できませんし、その場合は今の私が感じている違和感は完全にお門違いのものなので「ごめんなさい」と言うしかないのですが、少なくとも私にはそのような賞味期限の正統性を主張すべき理由は思いつきません。

少しでもお客様に不快な思いをさせずに済ませるための手段なのだ、というのであればもっと効果的なものがあります。しかも、取るべき対策は簡単です。発酵を完全に完了させ、落ち着かせ、品質を安定させたうえでボトリングすればいいだけです。それだけです。それだけで2週間なんて鼻で笑えるだけの期間、安定した品質でもたせることが出来ます。
それをなぜしないのか、その点に対して私はとても大きな疑問を持つのです。自分たちで勝手に決めて、勝手につけた「生ワイン」という言葉のイメージに引きずられ過ぎじゃないですか、と。

今回のまとめ | 心穏やかに過ごすために

最近の日本では「生ワイン」というキーワードが流行りなのか、そこそこの頻度で耳にしますし、そこに賞味期限が設定されていることが何となく特別感を醸成しているような印象さえ抱かせます。しかし、この賞味期限は私からすれば「言い訳」以外の何物でもありません。品質管理を徹底していないこと、自分の造ったワインに責任を持っていないことへの言い訳です。
別に私にとっては生ワインだろうが自然なワインだろうがフレッシュ・ワインだろうがなんでも構いません。好きに名称をつければいいし、マーケティングを、セールストークを展開すればいいと思います。ただ、一人の造り手として品質やそこに伴う責任を疎かにすることだけには我慢がなりません。「なんだよ、賞味期限2週間って。根拠を出せよ!」となります。心穏やかに過ごせません。

明確な根拠があれば納得できますし、心も穏やかになれます。一方でノンフィルターでワインの中で微生物が生きているから賞味期限は2週間です、と言われると、「は?何となく格好良く言ってるけどつまりは微生物汚染じゃねーか。まずは醸造所を清潔にしてから出直して来い!」となってしまいます。

どうかお願いです。ワインは確かに食品です。食品には賞味期限がつきものです。それは分かります。でも、普通のワインにはなくて生ワインだからある賞味期限って、現時点においては意味不明です。賞味期限をつけるならつけるでそのことに文句はありません。何も言いません。ただ、ぜひ心穏やかに受け入れられる正統な理由を付記してください。でないと、賞味期限のあるワイン=危険なワイン、と言うしか無くなってしまいます。2週間で品質が維持できなくなるワインなんて、きちんと管理した前提であれば、何か正体不明なものを入れたワインでしかあり得ないのですから。


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