430 群像劇の断片図⑤

彷徨える女

【抜天島・某所】
――こんな私に、誰がした。

衝動と人混みから逃げ続ける生活は、既に一月になろうとしていた。
最後に水を浴びた日も、もう覚えていなかった。髪はべとつき、ボサボサになっていた。
両親が用立ててくれた制服も、気が付けばあちこちに泥が付き、穴が空き、臭いがきつくなっていた。

――嫌だ。私に破滅願望なんてない。誰も殺したくない。

逃げて。逃げて逃げて逃げ続け。気が付けばついた場所には、なにもなかった。
始まりはただの好奇心だった。朱雀十二層から、戯れで地上へと出かけた。ほんの遊興だった。
露天商に勧められたそれを、今でも覚えている。護身用のつもりで買った、バタフライナイフ。本土からの、質流れ品と聞いたのに。
翌朝だっただろうか。学校へ行く支度を済ませ、ふと光を放っていたそれを手に取った時。後ろ暗い衝動に、埋め尽くされるような感覚がして。
慌てて家を飛び出した。戻る気はなかった。学校へ行く気も起きなかった。そんな所に行けば、全て殺してしまいかねない。

――そんなの嫌だ。

一心不乱だった。信じられないことだが、不思議とそういう道が開けていた。懐に隠したナイフが、バレることもなかった。地上への脱出は案外楽で、とにかく走り続けた。
人のいない路地裏を見つけて、ダンボールを被って横になった。夏だったのが幸いした。冬でも温かいのがこの島だけど、それでも寒い日はある。
地下への道も、あっさりと見つかった。なにかが私を、生かそうとしてくれているかのようだった。
降りて、降りて。コミュニティも避けて。食事はほとんど摂れずに。睡眠も、ろくに取れずに。そうして気付けば。ここにいた。しかし同時に、限界も来ていた。

――駄目。意識を絶やしたら。もっていかれる……。

空腹。睡眠不足。延々と続く緊張。全てが私の、敵に回っていた。どうして。どうしてこうなったの。やめて。私はただ、身を護るものが欲しかっただけなのに。
気が遠くなる。なにもない場所で。このまま破滅への一歩を刻むのか。私は、自分の体が横になっていくのをわか……って……。

「不審な情報から、足を伸ばして正解だったなあ。大将に届けねえと」

不意に聞こえた声が何者かも知らず。私は意識を手放した――。


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