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子どもに見出す「可能性」ーホハル(岡山県倉敷市真備町)

序 ホハルって?

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   岡山県倉敷市真備町にある“ホハル”は、6歳から18歳の子どもたちが通う放課後等デイサービス事業所です。名前の由来は「(船に)帆を張る」から。サイトには「大人がすべてを決めるのではなく、子どもたちと一緒に決めることを大切にしています。たくさん話し合う。仲間ができる。ホハルではその時間を一番大切にしています」と書かれています。

ホハルと近い場所にあるケアの場「ぶどうの家」再訪の前日のことでした。
ひょんなことからある人に「ホハル」の存在を教えてもらいました。調べてみれば、かつて私が取材させて頂いたことのある「ぬか」(岡山県倉敷市)ともつながりがあって…。


 2018年7月7日の西日本豪雨により建物のほとんどが浸水してしまったというホハルですが、災害からわずか一か月で運営再開。

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行ってみたい。話を聞いてみたい。

私は電話をかけました。とても急なことで申し訳ないなと思ったのですが「お待ちしております」と、訪問できることになったのです。

3月19日木曜日、ぶどうの家の取材を終えた後、滝沢達史さん(47)を訪ねました。

森のなかでの、始まり

 時間は午後2時、ホハルに到着します。
 「あれ?子どもが少ないな…」
 電話では「午前中から賑やかですが、子どもたちがいるのは15時半までで。普段の様子をご覧になられるのであればそれまでに来てみてください」とのことでした。が、3人ほどの女の子の姿しか見られません。
 「いま、真備美しい森というところにみんな行っているんです。良かったらこちらに来て下さいとのことで…」。スタッフの女性から私は住所が書かれたメモを受け取ります。
 メモに従い、住所をナビに入れて再び移動。
 真備美しい森は、細ーい道をくねくね進んだ先に。山の奥にありました。

 車を降りると子どもの声が聞こえてきます。野球をやっているようです。その手前、テーブルのある椅子に帽子をかぶった男性が腰かけています。滝沢さんです。

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 「ホハルのオープンが2018年4月。特にはじめは宣伝もせず、ポツポツと。3、4人…という風景のころに被災してしまったんです」
 西日本豪雨は、オープンからわずか3か月後のことでした。
 「真備町以外から来ている子どももいて、被災している家庭と被災していない家庭がありました。家がなくなってしまった家庭もあり“家族に時間を作らなければいけない”って。避難所では落ち着かずパニックになってしまう子どもがいるからです。とにかく預からないと。親に時間を、という気持ちでした」
 滝沢さんの自宅は被害を受けなかったことからも、被災直後にホハルの再建計画を考えていたといいます。
 「再建の様子がメディアに取り上げられたことも大きくて、それがある意味コマーシャルになってしまいました」
現在の登録者数はおよそ45名。定員いっぱい。満員のホハルです。

 家族そろって岡山へ


 僕たちは家族で運営しています。横浜出身で東日本大震災を機に弟が移住して、次に両親が移住、そして僕も、というように、家族全員が岡山に移住しました。僕は美大を卒業したあと10年ほど、美術教諭として知的障害教育の現場にいました。その後は2009年に(新潟県)越後妻有で行われた「大地の芸術祭」に参加したり、「瀬戸内国際芸術祭」などにも参加したりしていました。現代美術作家として経済、教育、政治を扱うこともあり、子どもや障害のある人とのプロジェクトも行っていました。一方で弟は、小学校教諭、母は学童に勤めていて…。岡山に移住した後、弟と母はパートの仕事をしていましたが面白くないと。それならば“自分たちで始めよう、つくろう”。まずは経営面を考えて、放課後等デイを選択しました。でもね、本当は“誰でも来ることのできる場所”をつくりたいんです。そうすれば社会が幸せになると思うから。

矯正ではなく共生


 障害という隔たりは、作られたもの。合意がとれないから障害と変換される。ともに居ることができればルールも境界線もいりません。いろんな人がいるという環境に小さなときから慣れていれば差別なんて生まれないと思うんです。細分化されていることで“おかしな人がいる”とか“変なひとがいる”となってしまう。
 科学的な方法で、問題を特定して分解していく。それは自然科学の方法論で、あくまでデータに過ぎない。データは“思考のアイテム”ということをわかっていればいいのですが。それを端的に結果に結びつけてしまうのは、近代の失敗かもしれません。

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 僕は保育園時代、昼寝を拒否する“おかしな子”として隔離されて過ごしました。ただその間、絵を描くことを進めてくれた先生のおかげで、僕は絵を描くことに夢中になっていった。その先生は次に、お遊戯会の背景という大作を僕に任せました。そのとき、保育園にとって“障害”であった僕はある環境を与えられることでヒーローになった。何かがダメでも、その欠点をプラスに変えられるという経験をしました。そして小学校へ入学すると、今度は母が「お子さんは、変わっているから病院へ行って」と言われた。この二つの経験から、環境しだいで、障害のある人とヒーローの真逆の状況を生むと知りました。問題は矯正するよりも産業に変えたほうが経済効果も高いと考えています。

課題の在処

 東京で10年ほど教員をして。本来学校が担っていたことが教育と療育に細分化されてきました。全部教育でいいと思うのだけど、部署が分かれてきたので学校が補えなくなったことをホハルで行っています。一昔前、障害のある人の仕事はパンづくりやものづくりが主流でした。近年の流れは社会参加。一見聞こえはいいですが、障害のある人を社会に合わせようとしています。僕の考えは逆。人に合わせた社会を作りたい。ホハルでは一日のスケジュールを大人が決めません。子どもたちが“これがしたい”という合意体制が取れれば大人はそれをサポートするだけ。 

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ホハルに来たばかりの子らは「え?何すればいいの?」「何時からしたらいいんですか?」って聞いてきます。時には大人のせいにしてしまう。思考停止の状態なんです。ホハルのやり方は、多少の手間やコストはかかりますが、その手間が大切かなって。思考を育てることこそが大切なことではないかと思います。
 社会問題って色々あるでしょう。どうしたら一番に変えられるかって考えたとき、あまり生産性がないと思われているアートや子どもに可能性があると思っているんです。

インタビューの最中、子どもたちが滝沢さんに話しかけてきます。連絡帳にペンを走らせながら応じる滝沢さん。水筒のお茶を飲みに来る子ども、テーブルに座りプラ板で遊んでいる子どもともおしゃべりをしつつ。少し先を眺めれば、他のスタッフと子どもが混じり合って自由に遊んでいる光景が続いていました。

一年生と三年生の男の子が「インタビューしてもらったら」と私のそばに寄ってきました。元気に名前を教えてくれて、「しえんがっきゅうにかよっています。いっしょにあそんでいます」などと、生活のことを話してくれました。
―いつからホハルには通っているんですか?と質問したら、
「もくようびのあさ9じはんからきています」って答えてくれるものだから、滝沢さんも私も大笑い。
「そうだよね!」
その圧倒的な純粋な目に、なんとも言えない気持ちになる私。

「さ、帰るぞー」
スタッフの声が聞こえました。15時半にはホハルで帰りの会が行われるので、ホハルへと戻ります。

―ここからは、ホハルに場を移してでの滝沢さんのお話です。

 西日本豪雨からの、ホハル再会への一か月カレンダーと、滝沢さんが仲間たちと取り組んでいる活動「カマクラ図工室」の冊子〝カマズブック〟を私は受け取ります。

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シンプルに、幸福を追求する

 カマクラ図工室は保健室登校ではなく美術室登校という、積極的不登校をしている(神奈川県)鎌倉市の子どもからスタートした活動です。これは毎年6月に公募をかけて、選抜された小学生メンバーが夏休み4泊5日集まって自分たちの本当にやりたいことを社会に発表するというもの。場所探し、予算化、広告や宣伝をすべて小学生が行います。最初は展覧会をしましたが、最近では野宿や家出企画というものを行っています。家出企画とは保護者協力のもと、共同生活の家出先から学校に通うという企画です。そこに現役の教師とアーティストが関わって、必要なことは教えるというもの。この活動は希望者の集まりなの「(子どもの)命は守りますけど親はついてこないでください。連絡してこないでください。肖像権はありません。SNSに様子を掲載するので心配ならばそちらを見てください」と親御さんには伝えています。心配するなというルールのもと行うんです。ちょっと“変わった”大人と子どもが、より良い教育について実験する場として、5年間継続している活動です。

 僕はアーティストなので、社会の動向よりも衝動に動かされています。オリンピック(パラリンピック)や共生社会というのは流行のようなものなので気をつけなければなりません。

“福祉とアート”なんて素敵な言葉は誰も否定しません。だけれども、都合のいいものとして使われやすい。一方で、福祉を受けている当の本人たちにとっては何のいいこともない。誰もが求める幸福というキーワードを、すり替えられないようにシンプルに生み出したいと思うのです。

子どもが教えてくれること

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 子どもと障害のある人と気が合う。アーティストも生きやすくはありません。生きにくいと感じている人がいて、でも、この人たちが生きやすかったら、僕も生きやすくなるんじゃないかという気持ちがあります。最初は「自分がおかしいから」だと自分を責めていました。「でも、社会がおかしいのかも」と。そうであるなら社会を変えたい。そんな時に、福祉とか教育ってカギになるんじゃないかと思っています。大人と付き合っていては当たり前になっていることが、子どもと接していると、そうじゃないって思わせられる。先日、(その日する)“遊び”を考えていて、ある子どもがホワイトボードに「ひるね」って書いたんです。「そうだよね!!」って目から鱗。遊びというステレオタイプのなかで思考を巡らせていた僕は、ステレオタイプの遊びしか用意していないことに気づかされたんです。そんな子どもの感覚、センスが何かの突破口になったり。気づきをくれるんですよね。

西日本豪雨災害のこと

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 災害からわずか一カ月という活動再開の背景には、多くの仲間の協力や活動、クラウドファンディングの活用がありました。

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滝沢さんの周囲にはアーティストの仲間もたくさんいることからクラウドファンディングではわずか4日間で250万円が集まりました。ネクストゴールも設定し、クリア。結果的に500万円が集まったといいます。災害から4日後、水害の爪痕が生々しいなかで、泥まみれになって散乱したおもちゃを見て思いついたのが、クラウドファンディングに対するアイデアでした。

現地のリアルを

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 衛生的にも良くないと思い、泥のついたおもちゃは捨てました。でも、おもちゃを棄てるって悲しいんです。クラファンを行うと決め、そしたらリターンはどうしようかと。災害を受けていることからも、リターンなしでも(お金は)集まるだろうって担当者は言ってくれましたが、アーティスト仲間から言われるんですよ。「アーティストなら面白いことをやれ」って。そんな時も、優しい言葉をかけないアーティストの友人は僕の財産です。
―ないものの交換。お金をくれる人にないのは“現地のリアル”。その悲惨さを届ければ?と「泥のついたおもちゃを買ってもらおう」って思いついたんです。テレビ報道では伝わらない現地の匂いとかそういうもの。

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 アーティストとして、クラウドファンディングの使い方、タイミング、見せ方は工夫しました。どうしたらみんなの関心を引けるか。どうしたら人は動き、共感するのか。そんなところに興味があるんです。美しいことだけでもダメ。福祉って、賃金が低い仕事という通念を覆したい。そこを変えるためには戦略がいるでしょうね。

アーティストとしての収入は高くはありません。生きて行くためにはみんなが喜ぶものをって。あいちトリエンナーレの一連の問題は踏み絵のように僕には感じられました。いま、表現の根本がなくなってきてしまっている危険な時代だと感じます。

大人の嘘

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 僕が教員になった時に気づいたことがあります。月曜日の朝、「学校に行きたくないな」って思いました。大人も子どもと一緒だなと気づくわけです。教育が子どものためとは、嘘。だから、その嘘を大人が素直に認め、大人が行きたくなる学校を作った方が、子どもにとってもいいと思う。困っているのは子どもではなく大人。大人が不幸だから問題なのです。大人が幸せになること。子どもから学べばいいと思っています。

 教育基本法を見たことはありますか?

滝沢さんから質問されました。私の答えは「ありません」。カマクラ図工室の『カマズブック』には、2017年に滝沢さんが作品として発表した「教育委本法改訂案」と、“教育を本来の場所に戻す”と題した滝沢さんの文が掲載されています。

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滝川一廣著『子どものための精神医学』という本に刺激を受けたという滝沢さん。
「近代の人間観はフランス革命の『人権宣言』に始まって…(略します)。結局、経済の。問題が教育にすり替えられている」と説明をしてくれたのです。滝沢さんのその説明は、私が抱いている今の社会の〝違和感〟をほぐしてくれるものでした。

そして次のように話します。

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 アートと福祉、アートと教育、アートと犯罪…。いろんな組み合わせがあって、アートの利用の仕方も様々です。「要は、馬鹿と鋏は使いよう」。シンプルな“使いこなし”を考えた方が良い。
(勝ち負けがあるとするなら)社会の勝ち組と負け組をうまく運用する。たとえば風俗と教育なんて、アートじゃないと扱えないですよね。一見、まったく異なる次元のことを同じ問題として扱えることができるのがアーティスト。アートとは界面活性剤のようなもの。

マイノリティの人たちにどう気持ちのいい場所をつくることができるか。
ホハルの実践を通して、個人の幸福を追求する。
“いいね”って広がれば、それはみんなにとっての幸せにもなる。

やはり私は、未来にワクワクしていたいのです。









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