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しょうぶ学園を訪ねて(上)

ずっと行ってみたかった場所

園長の福森伸さんの『ありのままがあるところ』もとてもいい本。気づきをたくさんくれる本。

 ものづくりを柱としながら障害者支援事業を行う「しょうぶ学園」を知ったのはもう10年前のこと。偶然、地元の本屋さんで手に取った雑誌『チルチンびと』(2013年11月号)がきっかけでした。”コミュニティ建築”という言葉が目に留まりました。”ケアと建築”に従来から深い関心があった私は迷わず購入。すぐにでも行ってみたい!と思ったものの、未知の鹿児島。「遠い」というイメージもあって実際の訪問に至らないまま。

 (福祉界隈の物書きの仕事をしていて“どこかいい場所はないですか?”と尋ねられるたび、「行ったことはないんですけど行ってみたいんですよ」と言い続けてきたのです)  

 けれども、たまたま昨年別件で鹿児島を2度訪問する機会がありました。訪ねたのは(しょうぶ学園のある)鹿児島市ではなく、2度とも鹿児島市からだいぶ距離の離れた大隅半島。この2度の鹿児島県入りを経て「香川からでも、鹿児島は十分行ける」に変わりました。
 
 ならば、しょうぶ学園、行こう!!
 思えば、10年越しの”行きたい”でした。

 見学のアポイントをとって日程が決まり、園長の福森伸さんの著書『ありのままがあるところ』を再読します。新たな気づきがたくさんありました。

ただ在ること

 3月7日早朝、高速バスで香川を出発。大阪―伊丹空港へ向かいます。バスで読む本は行司千絵さんの『服のはなし』。新聞記者でありつつ、手作りで洋服をつくる行司さん。ファッションに疎い私ですが、好きな雑誌『暮しの手帖』で行司さんが取り上げられていたことがあり、気になっていたのです。面白くて乗車時間で読了してしまいました。

日本の古い伝統手芸「刺し子」。さしこのポーチの持ち主が「パスポートなど大事なものを入れてます。ただ在る、ということを教えてくれるポーチで、ほかに代わるものはありません」と語った場面があります。行司さんは本のなかで“鈴木ひささんがつくったさしこのポーチが「ただ在る」ように、母や祖母がつくった服も、ただ在った。……わたしもただ在る服を目指してつくりたい”と綴っています。

 私は”ただ在ることの難しさ”を思っていました。
 健常者である私(たち)は社会に合わせながら日常の行為のほとんどを行っていて、100%わたしのまま、であることは難しい。
 草木花や魚に動物、昆虫も…100%そのものでしかないのに。
 けれども、障害のある人たち、子どもたちは、誤魔化しもしないし、誰かになろうともしていない。きっと、しょうぶ学園の人たちもそうなのだろうな。
 ありのまま…

到着

  天候に恵まれた翌8日、9時過ぎに鹿児島中央駅からバスに乗ること30分弱。高台で周囲は住宅地。バス停から1分も歩けばもう入口です。門扉はありません。奥のほうを見ると、ラジオ体操の音が聞こえてきました。利用者さんたちが中央の広場にやってきて、思い思いに体操をする姿が。

Sギャラリー、ポンピ堂、土の工房、布の工房…

 この日見学案内を務めてくださったのは長年しょうぶ学園で仕事をしている、総務部長の飯山智史さん。
 2023年は法人設立50周年。入所が40名、グループホーム利用者が54名、自宅からの通いの人が40、50名ほど、総勢120-130名ほどが利用している(見学時)といい、何かしらの“ものづくり”に参加しているとのことです。

センターオフィス前

センターオフィスに隣接しているSギャラリーは、次回展示の準備中。

ポンピ堂

 しょうぶ学園で働くスタッフの8割以上が福祉未経験者だといいます。介護や支援業務の研修を2か月ほど積んでから配属先が決まるそう。現在のところ休業していますが、過去のしょうぶ学園に関する記事を読んでも評判上々だった「そば屋 凡太」。信州からそば粉を取り寄せての手打ち蕎麦です。
 「そばを打っていた職員はそば打ち未経験。支援業務研修後、園長と面接して“やってみようか?”6か月くらい修行を行い、ある程度打てるようになりますよ。人間、やればできるものなんですよね」と飯山さん。
 パン・菓子店の“ポンピ堂”へ入ります。
 「就労支援B型事業所でもあるので、スタッフと利用者が一緒に製造を始めるため、オープンは11時と遅いんです。福祉事業者が移動販売を行うことも多いですけど”地域で売るより学園へ来てもらおう”と考え、イベント出店はしますが、移動販売は行っていないんです。
“こういうパン屋さんがあったら楽しいよね”って始まりました。利用者3名、スタッフ2名で営業していますが、スタッフはスイーツ店での経験がありました。利用者さんのことを知ってもらうべく、ケア業務を経験してから、ポンピ堂へ配属されました」

土の工房 器だったり造形立体物だったり。

”楽しい”を大事に

 ポンピ堂の向かいにある「土の工房」。パスタ&カフェ「Otafuku」で使われる磁器のお皿などはここで制作されたものだといいます。
 「成型はスタッフが、絵付けを利用者さんが行っています」
 陶のボタン、さまざまなオブジェのほか、発注を受けての制作も行っているといいます。

発注は、有名ブランドやホテルなどからも…

 「利用者さんがつくったものを、我々(スタッフ側)がどうしていくかなんですね」と飯山さん。

車をつくるのが好きな利用者さんの作品。何年も作り続けているため”量”もすごい。
彼の作品もあちこちから展示依頼があるそうです。
他の利用者さんの作品も”量”があり、販売だけでなくオブジェとして活用したり。
過去には、あるレストランの建築の一部に使われたこともあるといいます。

 「利用者さんも、工賃どうこうより“次の材料ください”って人の方が学園は多いんです。工賃という考えがありますけども、我々は利用者の”楽しい“を大事にしたい。生きがいのお手伝いをしたいんです。」

 飯山さんの「利用者さんがつくったものを、我々(スタッフ側)がどうしていくかなんですね」という言葉について。
 『ありのままのあるところ』で福森さんが丁寧に語っている箇所があります。

 学園では支援者が利用者の作品を活かしながらコーディネートし、デザインという付加価値を加え製品化しており、したがって彼等は意思やコンセプトとの接点は少ない。しかもコーディネートされた製品に関心が薄いので、気持ちはコラボレーションしていない。つまり支援者側の発想による価値観、目的が優先されている。支援者のエゴからの企画だから正確にはエゴイスト・コラボレーションという発想である。私は、このコラボレーションを「マッチング」と呼んでいる。
(途中省略)
 マッチングでは、障がいを持つ人の表現力と支援者のデザイン力と意図的な関与と技術によって、人の組み合わせ次第でさらに大きな可能性とおもしろさが膨らんでくる。そこに1+1=2ではないおもしろさのある新しいクラフトが生まれるのである。

『ありのままのあるところ』P135-137

 

布の工房 nui project 

屋根にも周囲の木々にも新緑が生えてきたら、違った風景になるのでしょうね
風景が変わる、季節の変わりを楽しめる場所もまた、しょうぶ学園というところ。

 屋根の上に植物が生い茂っている建物は布の工房。通称“もぐらハウス”。飯山さんとバトンタッチし、女性スタッフさんが説明してくれました。 
 「利用者さんは17名くらいで、スタッフは5名。日々2,3名ほどのスタッフが利用者さんについています。20年、30年と刺繍をしている方が多く、すでに自分の刺繍スタイルをもたれています。ここに来たら皆さんたんたんと刺繍を始めますね」
 たしかに、利用者さんたちはみな目の前にー針と糸をもって集中している様子。

nui project 作品さまざま
うっとりしてしまうような刺繍のシャツたち

 文字を刺繍したり、ステッチしたり、ビーズを入れたり。
 「毎日違うことをする人はいなくて、一人のひとがずっと同じことをしていますね」
 工房の奥では男性利用者さんが布に糸を通している姿がありました。

日差しが差し込んでいる部屋。自ずと心地よさが感じられます。

 上の写真はこの利用者さん専用の部屋。1月から12月まで延々と続く行為。1月から新たに同じ行為が始まるのだそう。
 10年以上繰り返されているといいます。

心地よさをつくりだすもの

以前は運動場だったスペース。地域住民などからもらったという木々も。
年数が経過するにつれ、太く大きくなってきた。

 飯山さんと外を歩きます。動物たちがいる周囲には水が流れ、木々が育ち、植物も生え、自然な空気の流れが感じられます。
 「川も自分たちでつくったんですよ、でもね、手づくりだから時々水が漏れたりするんですけど(笑)」
  地下水を利用しているためほとんど水道代は無料だそう。

 

花壇がない

 「ところどころに木々や植物などの剪定や樹木整備作業もあったり、otto&orabu(※)の練習もありますし、スタッフは色んな仕事を兼務していますが、飽きないですよね」

※音パフォーマンス集団。2001年結成。民族楽器を中心にしたパーカッショングループとヴォイスグループorabu (おらぶ=鹿児島弁で「叫ぶ」の意)で、絶妙のコラボレーション空間が生み出されるといいます。

 しょうぶ学園は自然の営みに沿った場所。風景も自ずと変化していきます。自分たちで手入れをしているから、四季の移り変わりだとか”変化”にふと気づくことができる。その気づきは、スタッフにも利用者にも「風」として身体に入ってゆくのだろうなと思います。その風はきっと心地いいものでしょうね。
 「花壇をつくると、そこだけ人口的になってしまうので花壇がないんですよ」と聞いて、なるほど!と強く頷いた私でした。

手すき和紙工房

ここにもまた、自然の光が差し込んで。

 続いて、手すき和紙工房へ。
 
 一昔前は牛乳パックを使ってしていたとのことですが、仕上がりが真っ白になるので、雁皮(がんぴ)と楮(こうぞ)の2種類の原料を使っているそう。
 これらを煮るところから和紙づくりは始まります。
 和紙をすいている利用者・Mさんはotto&orabuのメンバー。ジャンベ担当で、出演依頼があれば、練習へ。時に演歌も歌うそう。
 ものづくりをし、奏でもする。
 私はこのとき、かつて訪ねた、ブラジルにある日系移民のコミュニティ・ユバ農場を思いだしていました。ユバ農場とは「祈り、耕し、芸術する」場所。みんなが畑をし、夜は楽器や劇の練習。圧倒的な心地よさとパワーのあった場所。しょうぶ学園と、なんだか近いものを感じたのです。

絵画・造形の工房へ

  ドアを開けると、床も壁もさまざまな色やタッチで混在した空間が飛び込んできました。男性スタッフがシルクプリントをしている光景があったり、個別スペースで自身のものづくりに集中している利用者さんたちの姿があったり、とてもカラフル。
 「ここもまた、利用者さんは何十年と同じスタイルで描き続けている方が多いです。なので我々が画用紙や布だったり素材の変化を促すんですね。(利用者さんの)変わらないタッチと素材を変えるスタッフの”掛け合わせ”です」 

木の工房

 ここは、中に入った瞬間に木の匂いが漂っています。
 しょうぶ学園創立50周年イベントで使用するお皿などの制作も進められているようでした。
 広々とした空間で、木材を加工する様々な道具も揃っています。

傷を活かす。あえて釘で傷つける。ものづくりには”逆転”の発想も。

 工房の奥には漆を施すスペースもありました。その脇のスペースでは黙々と木を彫り続ける利用者さんが。
 「学園が山に土地を持っていて、シイタケ栽培もしているんです。その山で伐採した丸太を渡すんですけど、自由に掘っていきます。人物を中心に掘ることが多く、作品は幾つか貸出もしており、東京で出展されたり…。ノミ一本での作業なので、時間がかかります。ちなみに色付けはポスカなんですよ」

 ちなみに、保有している山の土地について。
 山ではキャンプができるそう。
 飯山さんもキャンプを楽しむ一人。
 「”園長、今日山借りていいですか?”って聞くんです。仕事を終えて山へ。シイタケを焼いて食べたり、星を眺めたり…」
 うらやましい限りです!

アフォーダンス

 しょうぶ学園というキャンパスの圧倒的な心地よさは、どこからくるのでしょう。
 「見渡せないんですよ、ここは。よく曲がっていますしね」
 と飯山さんは言っていました。
 確かにまったくその通りで、カーブが多い。学校や病院のような直線的なつくりが見受けられないんですね。

ケアホームやグループホームなど、利用者さんたちの暮らす場所
曲線の多い空間構成=見渡せない、ということなのだけど、その”見渡せなさ”が心地よさに寄与している
先には何があるのだろう
グループホーム 外観からして「いいな」。

 しょうぶ学園には「アフォーダンス」という考えが取り入れられています。アフォーダンスとは「環境が動物にあたえる行為の可能性」。

 環境が人と多大に影響し合っているということが学園という限られた環境の中であっても、とてつもなく存在している。アフォーダンスはその人の価値観や経験によってさまざまに深化するのだ。
 …
 言葉が話せないなどの不自由さを伴っている人たちの感情など内側を豊かに実らせるために、彼らの内面世界と社会を橋渡しする必要がある。福祉施設は、社会にはない感覚のエッジに立つ人たちのためのアフォーダンスを創り、守ることができる数少ない場所である。そして、彼らから必要とされる、特別なアフォーダンスの存在になることも職員としての役割のひとつである。

『ありのままのあるところ』p165-166より一部抜粋


 訪問記は(下)へ続きます。

 最後に見学させてもらったのは、2019年に開設した「アムアの森」。ここもまた、すごく気持ちのいい場所で。
 統括施設長の福森伸さんにも、お話を伺うことができました。


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