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エッセイ「抜歯のあと」

 社会人になって初めての夏、それまで通っていた歯科医院で、親知らずを抜いたほうがいいと言われた。それまで歯を抜くという経験はしたことがなかった。医師がそう言うのなら、そうしたほうがいいのかなと思って、抜歯をする日を決めた。
 会社は半日で終えて、そのまま歯科に向かい、いよいよ抜歯のときが来た。麻酔の注射が痛かったが、その効き目のおかげで治療中の痛みはそれほど感じなかった。抜いておしまいだと思っていた私は、その後、つらいことが起こるとは予想もしなかった。

 麻酔が効いている間は、唇あたりの感覚がない。止血するために奥歯で噛んでいた脱脂綿が唾液を含んでだんだん重くなる。何回も、血のべったりついた脱脂綿を口の中から取り出して、新しいものと交換する。自分の体内から出てきたものとはいえ、赤く染まった塊を見るのは気持ちのいいものではない。「ちょっと落ち着いたら帰ってもいいですよ」と歯科助手の女性に言われて、医院をあとにした。

 涼しく快適だったビルを出ると、真っ昼間のきつい日差しが目に入り、一瞬くらくらとした。むわっと澱んだ空気が、一層口元をむかむかさせた。家まで歩いて10分もかからないのに、途中の信号待ちの時間がものすごく長く感じられた。
 空からは、じりじりと太陽光線を浴びせられ、地面からは、沸騰したお湯の蒸気を当てられているようなありさまだ。どうしてこんなどうしようもない暑い日に抜歯の予約なんかしたのだろうと、タイミングの悪さを恨めしく思った。いっそのこと汗がだらだら流れたほうがすっきりするのに、じわっとした汗が体内に染み込んでくる暑さだ。空気がなくなったのではないかと思うほど息苦しく、ぜいぜいする。

 京都盆地の底のほうにある家に暮らし、夏の蒸し暑さ、冬の底冷えは慣れっこになっているはずだったが、この日はよほど気温が高かったのか、風が全くなかったのか、その両方か、とにかく体が言うことを聞かないほどだるかった。
 家にたどり着いたとき、母はいつものように6畳の裁縫部屋にいた。母は、呉服屋から和裁仕立ての仕事を請け負い、反物を預かって家で着物を縫って納めていた。私が学校から帰るといつもそこにいたように、歯科帰りのこのときも、お針をしていた。
 1階と2階を合わせて5部屋の家だったが、エアコンが備えつけてあったのは、2階の母の裁縫部屋だけだった。汗をかいた手で反物を扱えないから。その部屋に入って、やっと生き返った気分になった私は、心底ほっとした。まだ、歯の麻酔は効いている。出血は完全に止まっていない。暑さからは逃れられたが、ゆがんだ顔をしていたようだ。母が心配して「ここで寝とき」と言った。「そうするわ」と、自分の部屋から布団を持ってきて、母の裁縫台の前に敷いた。

 母に見守られて眠ったなんて、幼少期のころ以来ではないだろうか。本当によく眠った。目が覚めたら、母は階下におりていて、夕食の準備をしていた。夏の台所は熱気が充満している。母は毎日そんなところに立っている。


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