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エッセイ「千手観音の如く」

 いったい一人で何役を受け持っているのでしょう。路線バスに乗って運転手さんを見るたび思います。
 まず、あの大きなバスを動かせる技術に頭が下がります。前、後ろの大きなミラーを何度も見ての安全運転で、目的地まで連れて行ってくれます。たくさんの命を預かっているのですから責任重大で、緊張感が漂っていそうなのに、冷静な落ち着いた様子です。
 運賃の払い方は、現金のほかに回数券、定期券、カードといろいろあります。両替を促したり、乗る時に整理券を取っていない人には「どこから乗りましたか?」と聞いたり、料金のことにも気をつかうと思います。
 停留所に着いたら降りる人にお礼を言い、「後ろから自転車が来ていますから気をつけて」と親切に声をかける方もいます。
 観光客にご案内もしています。「このバス、○○へ行きますか?」と突然尋ねられても、「これは行かないから、○番に乗ってください」と即座に答えられるのです。簡単な英語でのやりとりもできるようです。流暢な中国語に遭遇したこともあります。運転席の後ろに掲げてある名前のプレートを見たら、中国人っぽいお名前でした。日本人運転手さんが中国語を覚えたのではなく、中国の方が京都でバスの運転手になられたのかな、もともと日本育ちなのかなと、想像が膨らみました。

 もう半世紀ほど前、祖父母の家へ行くのに、駅からボンネットバスに乗りました。のどかな田舎の砂利道をゆっくり走ります。座席には十分余裕があって、車掌さんも窓の外の景色を楽しんでいるような、のんびりした空気が漂っていて、私はこの雰囲気が大好きでした。

 そんな時代のバスと比べられませんが、今の運転手さんはいくつもの大役を任されて、時刻表どおりに運行しないといけません。神経がすり減っているだろうなと察します。せめて、左端を走行しているバイクには、バスの横を無理にすり抜けないでと願います。

 バスに乗っている間、そんなことを考えていると、「次は○○です」と、リズミカルな明るい声が聞こえてきました。この運転手さんは、「夢はバスの運転手になること」と言っていた少年がそのまま大人になったような方に思えました。とても楽しそうに仕事をしていらっしゃるように見えて、こういう方に出会うとこちらまで気分が上がります。ほんの十数分間の同乗だけれど、きょうはいい日だなあと思わせてくれます。

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