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結合商標の分離観察をめぐる区別説と例示説

前回も紹介しましたが、図形や文字などの複数の要素を組み合わせた結合商標の類否判断の場面で、その一部を分離して観察することが許されるのはどのような場合かについて論じた拙稿「商標登録に向けて何を検討すべきか――結合商標の分離観察の基本と応用」が、ジュリスト2023年10月号に掲載されました。

その中で、「リラ宝塚事件最高裁判決つつみのおひなっこや事件最高裁判決の関係をどのように理解するか」という問題について、これまでは区別説が代表的な見解であったものの、近年の知財高裁判決の中では例示説も支持を広げ始めていることを紹介しました。

今回はその補足として、この2つの見解について、図解もまじえながら紹介したいと思います(詳しくは、拙稿をお読みいただけたら嬉しいです)。

区別説とは

区別説とは、対象が「商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合」している商標(以下「不可分結合商標」)かどうかをメルクマールとして、リラ宝塚最判つつみのおひなっこや最判は区別できるという解釈です。
不可分結合商標【ではない】結合商標の分離観察について判断したのがリラ宝塚最判であるのに対し、不可分結合商標【である】商標について、なお例外的に分離観察が認められる場合について判断したのがつつみのおひなっこや最判であると読む立場です。

区別説の図解

この区別説は、知財高裁の髙部眞規子裁判長の裁判体(以下、裁判長ごとに「◯◯コート」と表現します)などでも採用されていた解釈で(たとえば知財高裁平成28年1月20日判決)、平成28年12月の商標審査基準の改訂の議論でも下敷きとされていました(商標審査基準WGにおける資料参照)。学説でも、田村善之教授などが区別説に立たれています。

令和以降の知財高裁判決でも、鶴岡コートで正面から採用されているほか(7件)、森コートの一部の判決でも区別説と親和的な判断がなされています。

たとえば、知財高裁令和3年6月16日判決(鶴岡コート)は、以下のとおり、不可分結合商標【である】商標についても、つつみのおひなっこや最判の示した①②の2類型などであれば例外的に分離観察が許されると判示しています。

複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合していると認められる場合においては,その構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して類否を判断することは,原則として許されないが,その場合であっても,①商標の構成部分の一部が取引者又は需要者に対し,商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与える場合や,②それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じない場合などには,商標の構成部分の一部だけを取り出して,他人の商標と比較し,その類否を判断することが許されるものと解される。

知財高裁令和3年6月16日判決(番号は筆者、判例引用省略)

例示説とは

これに対し、例示説とは、リラ宝塚最判のいう「商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているとは認められない商標」について具体的に例示したのがつつみのおひなっこや最判の①②の2類型であるという解釈です。

例示説の図解

この例示説は主に本多コートで採用されているほか、大鷹コートや菅野コートの一部の判決でも、例示説と親和的な判示がなされています(本多コートの例示説の判決は拙稿の執筆段階では6件でしたが、その後11月12月に1件ずつ増え、現在は8件あります)。学説では、横山久芳教授などが例示説に立たれています。

たとえば、知財高裁令和5年7月6日判決(本多コート)は、以下のとおり、つつみのおひなっこや最判の①②の2類型を、不可分結合商標【ではない(とは認められない)】場合の例として掲げています。

複数の構成部分を組み合わせた結合商標については、①商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えると認められる場合や、②それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合等、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合していると認められない場合には、その構成部分の一部を抽出し、当該部分だけを他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されると解すべきである。

知財高裁令和5年7月6日判決(番号は筆者、判例引用省略)

このように、区別説と例示説では、つつみのおひなっこや最判の①②の2類型の位置付けが異なります。このほか、この問題に直接踏み込まずに判断する知財高裁判決も一定数存在するなど、すっきりしない状況にあります。

とはいえ、実務において重要なのは「細かい理屈」よりも「で、結局どういう結合商標なら分離観察が認められるの?」というところです。が、この点は冒頭のジュリスト掲載の拙稿に委ね(宣伝)、ここでは拙稿で触れられなかった点について2点補足しておきます。

補足① 区別説の背景

素朴な感覚として、つつみのおひなっこや最判の①②に該当するような場合、もはや「分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合している」とは認められないと整理してしまう例示説の方が、個人的には素直な気もしています。

また、区別説の場合、理論上は判断が2段階になるわけですが(上記の図解参照)、1段階目と2段階目で検討する内容は、結局のところ考慮する要素や判断プロセスの点でかなり重なるのではないか、という気もします。

そもそも、区別説の背後には「リラ宝塚最判を前提に比較的緩やかに分離観察を認めてきた審査実務について、つつみのおひなっこや最判の登場によって変更・限定しなければならないのか?」という懸念がありました(先程の商標審査基準改訂時の資料からも窺われます)。いわば、「『つつみのおひなっこや最判の2類型を除き分離観察を原則として否定すべきだ』となると、要部の抽出があまりに制限されすぎてしまうのでは?」という懸念です。

しかし、拙稿でも書いたように、平成20年9月につつみのおひなっこや最判が登場した直後の平成21年〜25年と比べると、平成26年以降令和5年までの10年は、知財高裁判決における結合商標の分離観察の許容率が有意に上がっています(前回の整理表もご覧ください)。

また、例示説に立ったとしても、つつみのおひなっこや最判の2類型以外にも不可分結合商標【ではない】類型が他にもあるなら、なお分離観察を認める余地は残されています(→補足②参照)。

これは本当にただの感想(というか妄想)ですが、もしかすると例示説の背後には、

「区別説の懸念もわかるがその後状況は落ち着いている。むしろ、区別説で議論を複雑かつ予測可能性の低いものにするより、理論的にスッキリして予測可能性も相対的には高い例示説にスイッチしてもよいのでは。現在ならそれで結論が大きく変わることもあまりないだろうし。」

といった思いもあるのかもしれませんし、ないのかもしれません。

補足② 「第3の類型」の萌芽

補足の2点目は、①②以外の「第3の類型」の可能性です。

この点については、冒頭のジュリストの拙稿でも大鷹コートの「チロリアン」をめぐる一連の3件の判決を紹介しました。たとえば、知財高裁令和4年7月14日判決(大鷹コート)は、以下のとおり、例示説に近い考え方の派生系として第3の類型を追加しています。

複数の構成部分を組み合わせた結合商標については、その構成部分全体によって他人の商標と識別されるから、その構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは原則として許されないが、取引の実際においては、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない商標は、必ずしも常に構成部分全体によって称呼、観念されるとは限らず、その構成部分の一部だけによって称呼、観念されることがあることに鑑みると、①商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、②それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合のほか、③商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し、相当程度強い印象を与えるものであり、独立して商品又は役務の出所識別標識として機能し得るものと認められる場合には、商標の構成部分の一部を要部として取り出し、これと他人の商標とを比較して商標そのものの類否を判断することも、許されると解するのが相当である。

知財高裁令和4年7月14日判決(番号は筆者)

また、つい先日、新たに知財高裁令和5年11月30日判決(宮坂コート)が、以下のとおり、さらに異なるタイプの「第3の類型」を提示しました。

商標法4条1項11号に係る商標の類否は、同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が、その外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものであり、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、①その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、②それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合、③商標の外観等に照らし、商標全体としての構成上の一体性が希薄で、取引者、需要者がこれを分離して理解・把握し、その一部を略称等として認識する結果、当該構成部分が独立した出所識別標識としての機能を果たすと考えられる場合などを除き、許されないというべきである。なお、上記③で例示する場合においては、分離された各構成部分の全てが当然に要部(分離・抽出して類否判断を行うことが許される構成部分)となるものではないことに留意が必要である。

知財高裁令和5年11月30日判決

なお、この判決は「区別説か例示説か」という問題に立ち入ることなく(そのため、不可分結合商標かどうかに触れることなく)分離観察の可否を判断しています。

【2023年12月22日追記:区別説か例示説か明示していないとはいえ、この第3の類型について「商標全体としての構成上の一体性が希薄」と表現していることからすると、この判決は③(ひいては①②も)を不可分結合商標【とは認められない】場合の例示と位置付けている、と見る方が素直かもしれません。】

今後も、果敢に「第3の類型」の確立を目指す知財高裁判決が現れるのか、さらには学説において理論的にこれらの萌芽をどのように評価するのか、引き続き注目していきたいと思います。


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