村弘氏穂の日経下段 #42(2018.1.27)

馬小屋の生きてる馬を眺めつつ馬肉の方が良いと云う義母

(国分寺 田村樹香)

 馬小屋の生きてる牛や驢馬を見てイエスを産んだ乙女は聖母。旧約聖書の『イザヤ書』のオマージュだろうか。処女懐胎はマリアだが、この秀作は換骨奪胎といったところか。末尾が聖母だったらとんでもないことになるが、それが実母でもなく義母であるからこそ、軽やかに日常詠の柵を飛び越えたといえよう。義母を詠み込むと皮肉めいた描写や棘のある表現に偏ることが多いが、この作品では義母が大オチに使われているので、愛嬌も浮かび上がる点が優れている。実はブラックユーモアの影にキラリと光る作者の愛情が、馬にも義母にも注がれているのだ。故に当事者である義母が目にしても、ややこしい問題が発生しない作品として強かに仕上がっている。


君が昨日指を浸していた水を加湿器で霧状にしてゆく

(東京 小野田光)

 オノデンで五万で買ったダイソンのハイジェニック加湿器だろうか。超音波で送り出される流線型のミストの中に含有されている「君」の成分に、読む者の心まで癒されてしまう。「君」のアロマ効果はきっと絶大で、もはや加湿器兼、ディフューザーといってもいいだろう。一瞬で霧へと変わるその水は浴びて酔う魅惑のカクテルだ。だが一方で、スイッチひとつで訪れる雲散霧消な境遇の孤独感が結句の後に潜んでいるようだ。昨日いた「君」が今日いない部屋の空虚感は、ただ湿気に満たされているだけなのだ。満たされれば満たされるほどに満たされていない、渇き切った立場を思い知らされてしまう。静謐でフォギーな部屋の真ん中に消えては浮かぶ君が切ない。

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西中島東鳥

村弘氏穂の『日経下段』2017.4.1~

土曜版日本經濟新聞の歌壇の下の段の寸評
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