新宿御苑の池

新宿御苑の日本庭園の池にいる黒い鯉に5歳の息子は餌をやりたがった。岸辺に人が立つと、鯉たちは餌を期待して口をパクパクさせる。何もあげられるものはないと私が首を振ると、息子は近くに咲いていたタンポポの花をちぎって池に投げ込んだ。鯉はタンポポにまったく興味を示さない。

次に、息子は大きな蟻を水の中に落し入れた。蟻が水面で足を必死にバタバタさせる。20センチほど先にある岸辺は、蟻にとってあまりに遠く、一向に近づいてこない。その様子を見て蟻が可哀想になったのか、息子は急に慌て出す。ママ、助けてあげて、ねえ助けてあげてと繰り返すので、私は腰かけていた岩からゆっくりと立ち上がった。手近にあった棒で波を立て、蟻を水辺に近づける。息子が岸辺から葉っぱを差し出し、そこに蟻が乗った。そうっと蟻を地面の上に戻してやりながら、息子は良かったねと笑う。その様子をフランス人とおぼしき母娘が見ていた。「ヤサシイネ」と娘さんに声を掛けられ、息子は嬉しそうだった。

八重桜が見ごろを終え、代わりに藤が満開を迎えていた。人々が藤棚の下で写真を撮っていた。池には、息子が投げ込んだ黄色いタンポポの首がいくつもいくつも浮かんでいた。(2014年)

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