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【レポート】NFT WEEKS TOKYO オープニング配信『4.広告×NFT』

○まえがき

いつもご覧いただきまして、誠にありがとうございます。中村尚裕です。

私、さる2021年12月10日に開かれました『NFT WEEKS TOKYO オープニング・セレモニー』にオンライン参加(聴講)して参りました。

このイヴェントの模様は、については、こちらの配信URLにて録画をご覧いただけます。

昨今のART事情で熱く語られる『NFT』。『メタヴァース(メタバース、MetaVerse)』というバズ・ワードと結び付けられて、単語自体が独り歩きどころか独走している感も拭えませんが。
 かくいう私もNFTを理解しているうちには入りません。ただ、その可能性についてはワクワクしております。

ここではそのNFTにまつわる活用の考え方とその事例を、私なりの考察を交えてご紹介。ただし私が創作者の一人でもある関係上、考察は『創作の世界へNFTがもたらすであろう変化』にも及びます。よろしくお付き合いのほどを。

○前回の記事はこちら。

◎『広告×NFT』

さて、ここでは広告について考察を巡らせてみます。

○広告と創作物、その共通点

広告は、それ単体では【価値】と見なされにくいものです。
 その主たる理由は、出発点では『資産としての裏付け』を持たないから――というもの。
 これが例えば土地であれば、国が【価値】を担保してくれます。他にも資産の大部分は、何らかの実体を持っているものです。であれば出発点では、まず実体の素材分に相当する【価値】は認められやすいことになります。
 広告には、少なくとも出発点においては、土台となる【価値】が認められにくい、と考えることもできますね。

でも――という反論も出てくることと思います。広告にだって売れっ子のコピィ・ライタとか、引っ張りだこの広告塔とかの存在があるじゃないか――と。

事実、例えばニュー・ヨークのタイムズ・スクウェアのように、『広告を掲載できること自体が一つのステイタス』となるほどのブランドも存在します。ただしこれは『実績の積み上げ』あってこそのもの。出発点から望めるものではありますまい――現状では。

つまり。
 広告とその媒体のうち【価値】を認められたもの、つまり人気のあるものは、過去に『実績の積み上げ』あってこそ、その【価値】を認められている――ということになります。
 この積み上げ、『周囲からの期待』と言い換えても通用しそうです。送り手と受け手の間にある、一つの信頼関係とでも申しましょうか。

これ、立場の似ているものに思いが至るのは、非商業作家である私だけでしょうか。

申してみれば、創作物として存在する【作品】全般が、ここで取り上げている広告と近い立ち位置に存在するのです。例えば小説やコミック、あるいは絵画などといった紙やディスプレイに展開される作品は、素材の【価値】など微々たるものです。例えば彫刻のように、立体として描かれるものにしてみたところで、出発点である素材の【価値】が大きいわけではありません。
 それどころか、逆に考えてみればどうでしょう。
 広告とは、受け手の心に情動を引き起こす狙いを込めて、制作されているのです。

つまり広告とは――明らかに創作物の一ジャンルなのです。

○広告と創作物、その【価値】付け

 さて認識を揃えたところで、つまり広告を創作物の一ジャンルと捉えたところで、『広告を含めた創作物』の【価値】について考えてみましょう。

 出発点では、つまり無名で実績も持たないうちは、広告を含む創作物は【価値】を認められにくいものです。もちろん注目もほとんど集まることはありません。

 ではどうやって注目を集めるか――ということを考えてみた時に。

 広告に関しても、『どこの【枠】に掲載するか』というのも考慮すべき課題ではありますが。

 それに関しても、創作物全般が抱える課題と重なります。即ち、『広告という【作品】を、対象者群という【観客】へ届けること』。その過程として『いかな形で露出し、【観客】に興味を持ってもらうか』。

 ここで広告本来の存在意義を考えると、望ましい『届け方』は『広告対象(商品)と【観客】との【マッチング】』ではありますまいか。もちろん百発百中とはいかないので、その手前のステップとして思い描いておく像は『興味を持ってもらいやすい【観客】群へ届けること』と、私は考えます。

 そう考えてみたときに。

 狙いもつけずに垂れ流しても、広告という【作品】が【観客】に刺さることは稀であろうと、私は予測します。この場合、大部分は『広告対象に興味のない層』へ流れてしまうからです。下手な鉄砲は数を撃たねば当たりません。当たるまでに撃ちすぎで疲弊してしまっては元も子もないというもの。

 ならば、見込みありと踏んだ【観客】層へ届きやすい手段というものを講じるのが、順当というものでありましょう。

○『【枠】=創作物を公開する【場】』という見方

さて、ここまで考えてみたところで。
 広告を『広告の中身』と『広告の【枠】』、と切り分けて観察してみると、さてどうでしょう。『広告の中身』とは『創作物そのもの』ですが、では『広告の【枠】』とは――と考えてみますと。
 『広告の【枠】』とは、『創作物を公開する【場】』にも通ずるところがあるのではないでしょうか。

この『創作物を公開する【場】』というもの。
 例えば知名度のない【場】に【作品】を出したとしましょう。この場合、ユーザや【観客】の眼に触れる機会は決して多くはありません。逆に知名度のある【場】では、競争が激しいという問題があります。【場】にかかるコストが高価になるか、あるいは【作品】が埋もれてしまうか、という悩みです。

もちろん広告に関しては、現代では運用広告という手法があります。『顧客の閲覧傾向に合わせて、関連性の高い広告を運用広告【枠】に表示する』というやり方が。

これに対して、純広告というやり方もあります。広告の【枠】を一箇所に固定し、その【枠】の(広告の【枠】としての)【価値】の高さで注目を集め、『広告の中身』に興味を誘うやり方ですね。

ですが、よく考えてみますと。
 運用広告では、どこまで行っても『広告の【枠】』は『借りるだけ』です。自ら所有する(または所属する)『広告の【枠】』の【価値】を高めることには、繋がるとは限りません。
 純広告では、そもそも『広告の【枠】』の【価値】を高める『実績の積み上げ』というものが、出発時には存在しません。

要約すると、つまりこういうことです。
 『最初から大成功、成果を総取り』などという『都合のいいシナリオ』は、そう滅多に成立したりしないのです。

ではどうやれば――というところに関心が向くことと思います。

○【枠】という概念、その拡張

 さてここで。

 私は広告の掲載場所として、【枠】という単語を当てはめました。

 この『【枠】という概念』、これまでお話ししてきた『【枠】を超えるという可能性』、これともやはり無縁ではありません。

 NFTを介して成立する『【枠】を超えたコミュニティ』、これと同様に『広告の【枠】』も『越えて』しまったら――という考え。

 もう一段だけ具体的なイメージとしては、『(広告の)【枠】という小規模コミュニティ』を繋いでできる『【枠】の間の中規模コミュニティ』、これで呑み込みにくければ『【枠】主の間のコミュニティ』という具合のスケールを思い浮かべていただければよろしいかと。

 この中で、『広告の中身』つまりは【作品】を、(広告の)【枠】の間で『橋渡し』するわけです。要は『【枠】と【作品】の【マッチング】』ですね。

 この『橋渡し』や【マッチング】を通じて、『【枠】を育てていく』、つまりは『創作物を公開する【場】』を育てていく――というのが、私の考える『【枠】作り』『【場】作り』プロセスです。


○『【枠】というコミュニティ』と、それを『越える』ということ

もう一段、具体的に申し上げましょう。

まずは『広告の中身』、即ち【作品】を思い浮かべてみて下さい。この【作品】には、【作者】の創作傾向に沿って『親和性の高い【観客】』が存在します。すでに顕在化しているのが『現状のファン』、未だ出会えていないながら親和性の高いであろうのが『潜在的ファン』と捉えることができるわけです。

この状態から、親和性の高い【作品】とその【作者】が集まって【枠】を作ります。言語化するなら、『マイナーながら、親和性の高い固定ファンを持つ純広告【枠】』という表現が近いでしょう。もちろんこの【枠】、集まった【作者】の作風やファンの傾向に基づいて、『【枠】固有の【特徴】』を持ちます。

『【枠】というコミュニティ』の成立ですね。

次の段階として、少しづつ『【枠】を越える』活動を起こします。ただしこの段階ではまだ小規模に。具体的には、『【特徴】の近しい【枠】』を探して繋がりを築いていくわけです。
 ここで、電子世界の利点が出てきます。実質的に地理的障壁が存在しないのです。現実世界の人口分布や地理的距離は問題になりません。ただ一点、『親和性の高さ』を基準に『【特徴】の近しい【枠】』を探せばいいのです。細部は違っていて大いに結構、別に統合したいわけではありません。
 この時、『【枠】の間のコミュニティ』が成立するわけです。先述した『【枠】というコミュニティ』より一回り大きな括りの、ただし一回り緩い、繋がりというわけですね。

さてこの時、繋がりを築いた『【特徴】の近しい【枠】』との間には、当然のように『【特徴】の違い』が存在します。これは『無理に埋めるもの』ではなく、『積極的に活用するもの』として捉えるのがキモと、私は考えます。

これをどうするか。

まず前提として頭に置いておくべきは。
 【枠】に集う【作者】や【作品】には、もちろん『個性という【特徴】』が存在します。さらには【作者】が同一人物だからといって、【作品】の個性が均一ということはありません。

要は、こういうことです。
 【作者】どころか【作品】ごとに、【枠】の向き不向きが存在するのです。現在ある【作品】が特定の【枠】と相性が良かったからといって、次回の【作品】がそれまでの【枠】と最善の相性とは限らないのです。実は繋がった先の【枠】の方がより好相性、などということはよくある可能性で、むしろ厳密には、【作品】ごとに相性のいい【枠】が違っていて当然なのです。
 さらには、新参者の【作者】や【作品】が現れた場合はどうでしょう。どの【枠】と相性がいいか、総当たりで試すとなると――考えただけで気が遠くなりますね。

○【マッチング】の威力

 さて、ここで『橋渡し』や【マッチング】の考え方が活きてきます。

 【枠】同士で繋がっていれば、『より相性のいい【枠】を紹介する』というアクションが可能になります。その結果、【作者】や【作品】が相性のいい【枠】を得やすくなる環境にも繋がるわけです。

 こうすれば【作者】も【作品】も【観客】から支持を受けやすくなりますし、それによって【作者】も【作品】も【価値】を増します。それどころか【枠】そのものだって【価値】を増すことになるわけです――何せ支持される【作者】や【作品】をより多く擁することになるわけですから。

 もちろん、この紹介は相互貢献です。その瞬間は別の【枠】の利益になりますが、いずれ紹介されてくる【作者】や【作品】があるわけですし、何より『【枠】の間の中規模コミュニティ』全体の【価値】が増すことになります。

 ここで重要な気付きを。

 『【枠】の間の中規模コミュニティ』全体の【価値】が増せば、集まってくる新参者も増えますし、何より【観客】の注目も総量として増すことになります。

 なぜなら、『【枠】の間の中規模コミュニティ』全体の満足度がどんどん高まっていくからです。【作者】も、【作品】も、そしてもちろん【枠】内の【観客】も。

 もちろん【枠】外の【観客】にしても、好みの【作者】や【作品】を探しやすいわけですし、【枠】ごとの盛り上がりを見てもらえれば『正しい期待』も喚起しやすいというものです。【観客】の流入も大いに期待できるというもの。こうなれば『潜在的ファン』が【作者】や【作品】へどんどん流入する構図というものが出来上がる――というわけです。

 ここまでくればしめたものです。『創作物を公開する【場】』として【価値】の高いコミュニティが――言い換えれば『【価値】の高い純広告の【枠】』が、ここに創出されるわけですね。

○まとめ

つまるところ。
 『【価値】の高い【枠】』、即ち『【価値】の高いコミュニティ』とは、参加者たち自らの手で作り育てていくもの――というのが私の認識なのです。

同時に。
 これが私の考える、『【枠】を越える』意義でもあります。
 これをまとめようとするなら、『コミュニティとともに【枠】(や【場】)とその【価値】を【育てる】思想』ということになりますね。

【作者】単独では、いくら作品の魅力を叫んだところで限界があります。【枠】にしてもまた然り。コミュニティを少しづつ繋ぎ、育ててこそ【価値】は増すものでありましょう。

この【価値】にNFTを絡めたなら、さていかに。【枠】の創出に携わってCapital Gainを得るもよし、【枠】を貸し出して次のアクションに備えるもよし、というわけですね。
 相乗効果は、もうご想像いただけるかと考えます。

○次回予告

今回は第4回として『広告×NFT』の内容と考察をお届けしました。
 追って第5回として、『マーケット・プレイス×NFT』の内容と考察をお届けします。

よろしければまたお付き合いくださいませ。

それでは引き続き、よろしくお願いいたします。

○次の記事


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