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「世界一ふざけた夢の叶え方」に挑戦中!中根勉

 いい人になるより
 感謝される人になる
 福島正伸

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 「ずーっと聞いてて。ずーっとコメントしていたら。
 まさか、自分がこの場で話すことになっているとは!
 人生、何が起きるか分かりませんね」

Facebookに、そんな投稿をしたのは、voicyラジオで対談した隊員で友人のトム(中根勉)

彼は、今も俺と一緒に出版プロデュースをしているビジネスパートナー、マコトさん(中山マコトさん)の去年6月6日の放送から、1年以上、ほぼ毎日voicy内にコメントを投稿し続けているのだ。トムの要約力や表現力が、この1年で確実にアップしているのも嬉しい。誰かのためにすることが、一番自分のためになると肌感覚で知っているのだと思う。

voicyラジオを2年以上毎日続けてこられたのは、彼のおかげだ。「毎日放送を聴いている人がいる!」という事実が、どれだけ励みになったか・・・さらに、最初の頃は横で聴いていた妻に「隊長、ゲストよりしゃべってるよ!」と突っ込まれた俺が、2年以上対談して、ようやく人の話を聴けるようになったのもトムのおかげだ。対談相手の「光」を見つけるのが楽しくなった。それがvoicyラジオ出演者の出版プロデュースにもつながっている。

ある日、俺のnoteをフォローして、「スキ」をしてくれたパーソナルライターおくやま・ふみさんのnoteを見に行くと、トムのインタビュー記事があった。

その記事を見て、「そうだ!トムにvoicyラジオにゲスト出演してもらおう。俺がどんな状況の時も変わらず応援してくれたトムとエールの交換をしよう!」と。そんなトムとのvoicyラジオ対談、1回10分、全8回、フォローして聴いてほしい。

トム(中根勉)は、生まれも育ちも愛知県岡崎市、46歳、なんと7人兄弟の長男である。夏休みは弟を連れて田んぼでザリガニやカエルを捕ったりして自然の中で遊んだことはあっても、家族みんなで何かをした記憶がないという。無理もない。両親とお祖母ちゃん(母の母)と7人兄弟で10人家族で暮らしていたからだ。だから、家族旅行をする同級生が羨ましく思えた。7人兄弟の長男として必然的に、「両親の顔色をうかがいながら、親が悲しむことはしない」と思うようになった。自分ではよくわからないが、小学3年から6年生までは、周りからは「おもしろい子!」と思われていた。同時にソフトボール部に入ったりサッカーをして遊ぶスポーツ少年でもあった。中学に入って運動場が狭く団体スポーツができない環境で選んだのが軟式テニス部。今だったら問題になるような怖い顧問の先生にしごかれたが、全国大会を目指すレギュラーからは外れて応援に回った。ここで忘れないシーンがあった。それは、東海地方(愛知県、岐阜県、三重県、静岡県の4県)を制し、全国大会出場が決まった瞬間、生徒、先生、家族の歓喜の姿だった。応援する楽しさを体感したトムは、「いいものを見せてもらった」と今も彼らに感謝している。これが、彼が仲間を応援する原点になっていると思う。

「高校はもっと厳しくなる!」そう覚悟してテニス部に入部するも、ゆるかった。そこでトムはガソリンスタンドのバイトを始めた。ここで社員と一緒に焼き肉を食べにいったり、スキーに行ったりして地域や社会とかかわった。家と学校以外で大人と接する貴重な体験を積んだ。今朝も日本で唯一、水族館部のある愛媛県立長浜高等学校がニュースで取り上げられていたが、月1回、校内にある水族館の一般公開日に親や先生以外の大人と触れ合い対話するのは、社会と繋がる良い機会だと思う。

就活することになって給与や有休など数字を見てもピンとこない。何がいいのか基準を持っていなかった彼は「家に近い」という基準で水道・ガスのメーターをつくる会社に就職した。全国各地に営業所を持つ業界大手企業であっても、入社7年目にあった出向の話にウンザリし転職を決意した。

彼は仕事以外に楽しみを見つけるようになる。サッカー観戦や旅に興味を持った。「ブルートレイン」に乗りに大分まで行ったのが旅の始まりだ。1998年9月、多国籍ツアートレックアメリカの旅に参加した彼は、うちの隊員から「地球探検隊」を知り、ツアーで一緒だった隊員と一緒に来店した。当時24歳のトムは別のエージェント(旅行代理店)からトレックアメリカツアーに参加していたのだ。さんざん海外を一人旅して、29歳で初めてトレックアメリカに参加した俺でも、「世界中から参加者が集まる、こんな面白い旅があったのか?」と驚いたが、トムにとって初めての海外旅行がトレックアメリカと聞いて驚いた。白夜は終わっていた時期なのに、22時くらいまで明るい夜、氷河を目の前にキャンプして、そこを流れる川に手を入れると指が切れそうな冷たさに驚いた。紅葉の始まったデナリ・ハイウェイで車を走らせると、走っても走っても風景が変わらない。赤や黄色に変色した紅葉の広がる絶景が続いた。「世界は広い!」と思えた。デナリ国立公園ではグリズリー、ムース(ヘラジカ)、カリブー、ドールシープと遭遇する。さらに最も見られないオオカミも目撃した。仲間との英会話には苦労するも、手つかずの自然が残るラストフロンティアに魅了された旅となった。状況によって次々と旅程が変わっていく。トムの中で「ツアー」という概念が崩れた。旅の話をしてる時の俺の声、弾んでる。旅が終わって、7年後にツアーメイトの結婚式で再会した。多国籍ツアーではよくあることだが普通のツアーでは考えられない。「旅は手段であって目的ではない」「旅は終わってから始まる」って地球探検隊の旅のコンセプトの基になっているのは、すべて多国籍ツアーで俺が体験したこと。「行き当たりばったりじゃなく、行き当たりバッチリ」も 笑。イギリス人のツアーメイトがサッカー観戦のチケットを取ってくれて、トムは初めてリアルで観戦できた。英国のスポーツに対する寛容さ、理解度の違いを肌で知ることができた。

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その後、「違う自分になってみないか?」と友人に誘われ、3年間演劇をやることになった。最初は乗り気ではなかったものの、9月から1ヵ月ちょっとで10月の舞台の本番というタイトなスケジュールをこなした。演技は上達しなかったが、小学生から80代の方までの幅広い年齢層の人との交流は楽しかった。演じることで、自分だけでなく、自分とかかわる人と、どうやったら上手くやれるか、自分を客観視して全体を見る力を身に着けた。人生って、人との関係性をつくる旅だと思う。

演劇以外で夢中になれるものを探した。今年84歳で亡くなった野田知佑(ともすけ)氏の日清チキンラーメンのCMを見て影響を受け、10年前くらいからシーカヤックを始めた。バランス感覚、海から陸を見る視点の変化を楽しむようになった。道路と違い交通ルールもない。制約のない自由を手に入れた。やってみて初めて「自分はこういうことが好きだったんだ!」と思い出す。「同じ場所に行っても、一度として同じ景色にはならない」、「何もしてなくてボーっと海上にいるだけでも何だか心に体に充電されてく」。ベタ凪の静かな海、向かい風、追い風、イルカの仲間スナメリが海面を跳ねる・・・自然が見せてくれる表情の違いに心引かれた。

カヤックが海の散歩なら、陸の散歩、ウオーキングにも惹かれた。近所のカフェのオーナーに「運動不足なんで何かないですか?」と聞かれたことがきっかけでウォーキングを始めた。参加した人に続けてくれと言われ、もう3年やっている。小学校の登下校で友達と話しながら歩く心地よさを思い出し、トムはアルキニスト(歩き二スト)となった。遊びを通して学んでいくのが俺の子育ての基本だが、大人になっても、遊びって大切だ。いくつになっても遊びから学べることは無限大なのだ。「もう、いい大人なんだから、無茶しよう!」そう言い放ったのは、友人で作家・哲学起業家の阪本啓一さん

彼は友達が集まって居酒屋でどうやったら夢が実現できるか話して実現していく、ひすい こたろう(著)「世界一ふざけた夢の叶え方」を実践していきたいという。これからは、小さくとも心通い合うコミュニティを持っているかが大事になってくると思う。心豊かに生きることに繋がるからだ。きっと、トムは、これからも仲間の夢を応援しながら、自分の夢を叶えていくと思う。

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トムと対談して一番大切にしていることを思い出させてくれた。「全ては目の前のたった一人を喜ばせることから始まる!」という俺の原点。トム、ありがとう。そして、これからも、よろしく!

 幸せは結果ではない。
 ワクワクして夢に向かって頑張る時間。
 それが幸せってもんじゃないのか?
 指くわえて待ってても幸せは訪れない。
 あれ、俺ちょっと いいこと言っちゃった?
 恥ずかしい〜。
 NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』より


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