真夜中の

【「真夜中の電話はいつも」(一) 】

「本当にもう、ダメなのか」

 僕の言葉に電話口から聞こえる彼の声は
「ああ」という一言だけだった。

 真夜中の電話はいつだって突然で、いつだって心惑わされる。

 僕の数少ない友人の内の一人であるAは大学を卒業後、二年程した頃に彼の勤め先のデザイン会社の知人の紹介で知り合ったという二つ年上の女性と結婚をした。
 都内のこじんまりとしたレストランを借り切っての披露宴は若い二人には慎ましくとも、とても華やかに見えて、思わず少し涙ぐむ僕にAは真っ白なドレスに身を包んだ彼の伴侶を紹介しながら、はにかんだ笑顔を見せた。 
 
「親権の話とかもだいぶ付いててさ、そのうち届出の証人に二人分のサインがいるらしいんだけど、その時はお願いしてもいいかな」
「ああ、いいよ。そうか、そこまで話が進んでいたのか」
「ごめんね、久しぶりの電話がこんなで」
「大丈夫、気にしないで。またいつでも電話してくれていいから」
 
 Aとの電話を終え、僕は指を折って数えてみた。
 そうか、あれからもう10年以上が経つのか。
 男女を問わず僕の周りでは20代の半ばで身を固める人間が多くて、当時はまだまだ映像制作者として駆け出しだった自分はそれらを遠くから眺めながら、わずかな手取りをやりくりしながら精一杯のお祝い金を包んだりしたものだった。
 
「結婚はいいよ」
「君も早く結婚したらいいよ」
 そう口々に僕に告げた彼や彼女たちも、30歳を過ぎたあたりから、
「独身って時間があっていいね」
「独身ってお金を自由に使えていいね」
 などと、本心ではないにしろ独身の身軽さについて羨む声を上げるようになった。
 隣の芝生はどうにも青く見えるようで、自分が選ばなかった選択肢は「もしも」という想像の余地があるぶんだけ輝いて見えるらしい。
 僕にしても嬉しかったことや悲しかったことを誰かと分かち合う悦びを少なからず知っている分だけ、眠れない夜の長さを独りで感じても同じことが言えるか?などと悪態をついてみたりもした。
 そうして気付けば、また独りの人生を選ぶ人間もちらほらと現れるようになった。
 しばらくすると携帯電話からピンッという音がして、 
「昨日はありがとう。すごく気分が楽になりました、また相・・・」
 というメッセージが表示された。
 そのメッセージを開き、短めの返事を打ちながら軽いため息をつくと、僕はちらりと部屋の隅のソファーに目をやった。

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